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異説・天草四郎~悪魔と見る島原の乱  作者: 北田 龍一


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悪魔の権能

 思った以上にあっけない。悪魔の権能を借り、敵兵を蹂躙した四郎はそう思った。

 多少の被害は出たが、こんなものは物の数に入らない。また村々に迫り『我らに加われ、さもなくば殺す』と言う文言を、さもそれらしい聖人の字句じくで訴えればいいだけの事。命の危険をちらつかせられた上に、元々溜め込んだ圧政への不満を発散する機会を見せてやれば、大体の民衆は従うだろうから。


「四郎様! やりましたな!」


 ドス黒い内心と計算を引き上げ、肩を叩く一揆衆に対応する。聖人の面を被り直して、彼らに付き合った。


「えぇ。皆さんのおかげです。ありがとう」

「とんでもない! 四郎様の奇跡の賜物たまものでしょう!」

「あぁ神よ……感謝します」


 腕を組み祈る信者。その頭上では、天草四郎が呼び出したソロモンの悪魔・ハルファスがケタケタとしわがれた老人の声で嗤う。彼らが奇跡と信じているのは、悪魔の力だというのに。


「まさか……『瞬時に兵を別の位置へ移動する奇跡』とはな……」

「装備もそのまま、人員の消耗も無しに、一瞬で相手を包囲できるなんて!」

「我らキリシタンの手によって、神罰を下せとのことでしょう!」


 起きた事を、それぞれが思うがままに解釈する信者たち。四郎は発言こそしないが、天を仰いで視線で尋ねた。


『かーっかかカッ! 全く好き勝手言いやがるゼェ‼ テメェらが移動出来たのは、この悪魔ハルファスの権能だっつーの‼』


 戦を得意とする『ソロモンの悪魔・ハルファス』――その権能は主に三つあり、そのうちの一つが『兵員を任意の場所に転送・移動させる』能力だ。『敵勢力に見られている位置には移動できない』制約こそあるが、戦場の死角などいくらでもある。神出鬼没の機動戦術を可能とした。


「改めて、大いなる存在に感謝を捧げましょう。そして――この勢いで島原を制圧し、我々が良く生きていくための楽園パライソを築くのです!」

「うぉぉぉおおぉぉお!」


 各所から上がる雄たけびは、もうキリシタンのみではない。最初こそ乗り気でなかった村人たちも、目の前で起きた奇跡にきたっていた。


「いける! いけるぞ!」

「もう重税とはおさらばだべ‼」

「んでんで、今までさんざ苦しめた代官どもを、今度はこっちがこき使ってやろうじゃん!」

「生き残ったヤツはな。戦場に出てきた奴は八つ裂きだ!」

「おうおぅおぅ! あたぼうよ!」


 最初は乗り気でなかった者達も、一度勝利を味わった事で完全に心証が一揆衆に寄ったようだ。何より……今まで味わった苦しみを『やり返せる』と知って、暗い高揚感に呑まれている。それを正当だと信じて、地面に溢れた敵兵のしかばねに笑みさえ見せて。

 神の名の下に作られる地獄を、悪魔は満足げに眺めて声を紡いだ。


『まァ、これぐらいは勝ってもらわなくちゃ困る。オレサマはお前たちが信奉する天使じゃねぇが……お前らがどう人を殺し、どう人に殺されるかは見届けてやるぜェ……』


 奇妙に一致した利害のもと、悪魔の加護を受けたキリシタン達は……いくつかの敵集団と接敵しては撃退していく。その戦いぶりを見て……村々を巡れば、参加する者達の割合も増し、時には敵であった筈の兵でさえ主を裏切り、一揆衆に加わり始める。その規模は空高く見下ろす悪魔の見立ての通り、既に一万を超えつつあった。

 しかしそうなると――一つ問題が発生する。


「これだけ人数が膨らむと、指揮や統制も難儀するな……」

「それに全員が安心できるような場所もない。村々も焼いてしまいましたし……」


 これだけの人員を部隊として、常に戦場で運用し続けるのは……合理的とは言い難い。また、立てこもりに使えるであろう村は自分たちで焼いてしまっているし、野戦陣地を築こうにも、この人数を収容するのは……ただの急ごしらえでは限界が見える。


「兵糧や武器、弓矢や火薬に弾薬の事も考えますと……どこかに『陣地』か『拠点』が必要ですな」

「と言われてもな……甚兵衛殿、何かありませぬか?」

「ならば、廃城となった『原城』に向かいましょう。石垣などの城の基盤は残っているはず。あそこは海を背にした堅牢な城……武器庫の中は空でしょうが、地形は申し分ない」

「使えますか?」

「島原城の建築が始まってから放棄された城ですから……まだそこまで老朽化は進んでいないはず。補修すれば十分に機能するでしょう」

「よぅし!」


 かくして、島原の一揆衆は方針を決定。村々を巡るのをやめ、放棄された『原城』に向けて進軍を開始する事になる。

 その時……総大将である天草四郎は、何もない虚空に手を伸ばす。まるで鳩を手に取るような所作のあと、鷹揚おうように頷いた。


「四郎、どうした? また何か……?」

「どうやら……その決断は、大いなる者の気に召したようです。また授かった奇跡を使う事が出来るでしょう」

「おぉ……! して、どのような?」

「原城に到着してから、実際にお見せしましょう。それと、籠城を考えるのでしたら、っ兵糧の蓄えが必要です。仲間たちに集めさせて下さい」

「うむ!」


 会話を終えると同時に、鳥を放すように手を動かす天草四郎。彼が何と話していたのか、奇跡が『悪魔の権能』とは気づかぬまま。

まず、創作の部分……厳密には悪魔の元ネタですが、記述によると三つの権能を有していたようです。その内の一つが『兵士を好きなように転送させる』能力。要は味方の兵を自由自在にワープさせる事が出来る能力です。悪魔の力に文句言ってもしょうがないですが、割と反則では?


次に史実の部分。一揆衆の行動ですが……延々と村を焼き続けて回る事はできない。接敵も増えて来たことから、彼らは防衛拠点を欲します。そこで彼らが向かったのが原城はらじょうです。島原城の建築で不要となり、放棄された城ですね。

島原城を新築する際、建材を城から城へ移したとの記録もありますが、完全に解体していた訳でもなく……手入れはされていないものの、石垣などは残っていたようです。それに目を付けて、一揆衆が占拠・拠点として利用したのでしょう。

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