接敵
「さぁ! 我々と共に武器を取って‼ 古き暮らしを、古き信仰を捨て、私達の国を! 楽園を! 大いなる父の下に築くのです‼」
島原一揆勢は、次々と村々を巡り、人を集め、参加しない者や村々、そして神社仏閣を壊して回った。
前述の通り、すべての者がキリシタンだったかは怪しい。中には摘発され、改宗を迫られた際、キリスト教を捨てて暮らしに戻った者もいる。けれどことこの武装蜂起に置いて、捨てたはずの信仰を再び掲げ、天草四郎や一揆衆に加わる者も少なくなかった。
「坊主共を転がせ!」
「キリスト教こそが唯一救われる道ぞ!」
キリスト教において、他の神々や信仰は邪教や異教とされている。元々当時のキリシタンの問題行動の一つとして、これら破壊活動は……島原の一揆が起こる前からでも記録に残っている。不満を爆発させた彼らが、勢いに乗じて破壊活動を開始したのだ。……その上空に、悪魔が笑っているとも気づかずに。
キリシタンで無い者も、少なからず藩政に不満を抱いていた。そして神々に対しても……いつまでも苦しい生活が続き、救ってくれない癖して、ご高尚な事ばかり口にする坊主や神主者達に思う所があったのだろう。積極的に破壊したかはともかく、止めはしなかった。
いや、あるいは――
「ついていくしかない……よな?」
「あぁ。とても逆らえる雰囲気じゃない」
「てか、人質取られている人もいないか? これ?」
島原・天草で勃発した一揆は、全員が積極的に参加した訳でもない。暴動を起こす者達に参加せねば、村ごと焼かれたり殺される危険性が目に見えていた。身の危険を察して消極的に、あるいは『長い物に巻かれろ』の精神で加わった者もいる。同調圧力に屈した形だが、それでも士気は高かった。領主の松倉勝家に対する悪感情は、それほどまでに高かったのである。
『くくく……全く上手いやり方だゼ! 数の圧力で強制参加させるとはなァ! やんわり不満持ってる奴も、これでバッチリ仲間入りだ。これ、最終的に一万を越えるんじゃねェーの?』
一万単位の一揆自体、あまり例が存在しないが……最終的な記録を見るに、これはまだ序章に過ぎない。しかしこれだけの規模の暴動となると、島原藩とて黙っていない――
「四郎様! 前方より敵兵が来ました!」
「そうか……父上! 軍議の時間を!」
反乱分子の蜂起を聞きつけ、その被害と横暴を黙って見過ごす訳がない。村から村へ移動する最中の天草一行の前、平野の前に小規模の兵が展開していた。
戦闘経験や訓練を積んだ浪人の者達が中心となり、進路を阻む兵への対応を考える。一旦は行進を止め、偵察の者を出し、規模や配置を確認した。
「思ったより少ないな……」
「まだ足並みが揃っていないのでしょう。加えて、島原藩主に付き従う者も減っています。軍を率いれる将の頭数が足りていないのか……」
「士気も低そうに見える。我々の事情を知って、同情しているのやも」
「誰がどう見ても悪政でしたからな……」
口々に推論を述べる一揆衆。まだ距離もあり、向こうから攻撃の気配はない。浪人上がりの主導者が悩む間、一瞬だけ総大将の口角が上がった事に気づかなかった。
方針を決めかねる大人に対して、天草四郎は一歩踏み出して言う。
「対立しているのでしたら、戦うしかないでしょう」
「四郎? ここは父に任せてくれ。消耗を避けられるなら、それも悪くない」
一見それらしい発言だが……現状を鑑みると、危うい選択である。少し四郎は考え込んで、つらつらと自分の意見を述べた。
「……確かにそうかもしれません。ですが今は戦闘を回避できても、各所で私達が人を集め、武器を取り、この一揆の火が広がれば……いずれどこかで、本格的に戦闘する事は必至。ならば向こうが体制を整える前に、先んじて兵力を削ぎ、相手側の駒を減らしておくべきではありませんか?」
「うぅむ……」
敵は叩ける時に叩くべき……古今東西、戦闘の基本である。そして天草四郎が懸念しているのは『自軍側』にあった。
「それに一揆に参加した者達は、まだ覚悟を決め切れていない者も……改めて我々の『仲間』として、この一揆の一員として、一度戦地に立たせるべきかと。怖気づく者や、逃げ出すような者は使えません」
「なるほど……」
「うむ。四郎の言い分にも一理ある。さしずめこれは……本当に我らと共に戦う覚悟があるかどうかを問う『踏み絵』にもなる訳か」
仲間たちから失笑が漏れる。幕府側が『キリシタンかどうか?』を判別するための方法が一つ、聖女を模した鉄版を踏ませる行為は、彼らの身に覚えしかないからだ。キリスト教を信ずる者にとっては、どうしても躊躇してしまう行為である。仏教徒が仏像を汚そうとしないように、日本の古き神々を祀る鳥居を、壊したり穢したりしないように。
何にせよ――性根を問うのに、精神に負荷のかかる環境は適切。命を賭けた殺し合いの場に引き出せば、否応なく本心を曝すだろう。
「父上……少数ですが、兵をお借りしても?」
「どうする気だ、四郎よ」
「私の奇跡……その新たな力の一端、試してみたく」
今まで天草四郎は、数々の『奇跡』を起こしてきた。だがそれらはすべて、他者を害する目的で用いたことはない。傷を癒したり、鳩を手から出したり、海の上を歩いたりと、いわば平和的な物だった。
その奇跡をもし、合戦で使えるならば――これほど心強い事はない。父は数度頷いて答えた。
「ほぅ……!」
「新たな力と?」
「――きっとこの戦を、天は聖戦と認めて下さったのだ! だから四郎様に新たな奇跡をお与えになって……!」
「して、どのような奇跡を?」
「戦のための新たな奇跡を、三つほど授かりました。その内が一つを、ここで振るって見せましょう。どうか敵軍をしばらく足止め、いや睨み合いに持ち込んでいただきたい」
「承知した!」
四郎の言葉に士気を上げ、一揆衆幹部が高揚する。新たな奇跡を『神の啓示』……神の意志が自分たちを見守ってくれていると信じて。
自分たちの頭上を飛び交う、鳩の悪魔には気づかないままだった。
一揆衆が一枚岩だったかどうかですが……先の話でも触れた通り、熱量や方向性に、差があったのは確かです。ですが半分暴徒に近い形で蜂起した面もあり、長い物には巻かれろ精神で、一揆に参加した者も少なからずいたとか。人質取られて仕方なく……って人も、ゼロでは無かったようです。




