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異説・天草四郎~悪魔と見る島原の乱  作者: 北田 龍一


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一揆衆の横暴

 どれほど優れた扇動者がいても、すべての人間を賛同させるのは難しい。それが反感であれ忌避であれ、満場一致を得るのは困難だ。多くの人が武器を手に立つ中で、疲れ果てた顔の農民が言う。


「勝手にしてくれ。もう……もう疲れた」

「何を言ってるべ⁉」

「悔しくないのかよ⁉ アイツらに……代官や役人どもに、俺達の怒りを思い知らせてやらなくていいのか⁉」


 周囲の人々は怒りと憎しみに呑まれている。こうなるだけの下地はあったから、虚ろな顔の農民は感情を否定しない。


「……皆の気持ちは分かるよ。何したって報われないような……報われたいと思う事さえ、馬鹿馬鹿しくなるような収奪っぷりだ。でも……もうどうでもいい。神様とか代官とか、もう勝手にやっててくれ。生きるのなんて、とうに億劫おっくうだ」


 あぁ……希望をすべて失った人間は、かくも悲しいモノだろうか。真に希望を失った眼差しは、この世の何にも救いを求めていない。信仰も人間も、何もかもに絶望しつくした虚無だけが広がっていた。

 そっと彼の傍に近寄る民も、何人か存在する。それはキリスト教に対する疑念か、夢も希望も吸い尽くされた残骸のような人間か……

 しかしここで、一揆衆は穏便な事は言わなかった。黙ったままじっと見つめるうちに、農民の誰かがこんな事を言い出す。


「お前……オラ達の事を代官に伝える気じゃ……?」

「え?」


 疲れ果て、やせ細っていたのは誰もが同じ。けれど怒りと憎しみの矛先を得た村人は、この一揆に参加しようとしない者に対し疑念を向けた。


「そ、そうだ。これだけの事されて、こんな目に遭って、平気でいられるなんておかしい!」

「きっと裏で代官から袖を通されたんじゃろ!」

「密かにおら達の事見張ってたのか!?」


 罵る言葉に根拠は薄く、感情だけが高まっていく。後押しするかのように、一揆衆の中の敬虔なキリシタンが言った。


「私達キリシタンも……村全体の行事の際、代官の目はありました。けれどもしかしたら……こっそり代官の味方をして、キリシタンだと告げ口する人がいたのかも……」


 ――宗教的な事は耳に残らず、煽られた民衆は『代官の味方をしていた』単語だけが、彼らの脳裏に反響した。


「そうだべ……そうだべ!」

「おかしいと思ってたんだ……あんだけ細かく税だ税だっつーから、逃れるためにこっそり誤魔化したり、隠してたのに……時々バレる奴がいただろ?」

「いたいた! こんな税制度やってらんねぇって、お互い隠し合ってたのに……そうか、村の中に裏切り者が!」

「くそっ……‼ お前らが密告してたのかよ!」

「ま、まて、落ち着――」

「黙れッ‼」


 追い詰めらた人間の、なんと悲しい視野であろうか。

 擦り切れ疲れた者と、擦り切れながら怒りと憎しみに身を委ねた者。違いはあれど立場は近い。なのに武器を手に取った彼らには、武器を手に取らぬ者がこう見えた。


「これだけの事をされて、これだけの事があって……なのにわしらと同じ気持ちじゃないなんておかしい!」

「やましい事があるんだべ!」

「人々が立つというのに……自分だけは安全な場所で閉じこもり、待つと言うのですか?」

「代官に知らされるぞ! その前に……」


 武器を手にした者達が、一揆に加わらないと表明した者達にジリジリと寄る。一触即発の気配の中、聖人・天草四郎は言った。


「――皆さん」

「四郎様!」

「残念ながら、この人たちは私達の仲間にはなってくれないようです。そして……もしかしたら、裏切り者かもしれない。そうでなくても、今外に出て行っている村の誰かも、裏切っているかもしれない」

「では、四郎様はどうお考えで……?」

「村に火を付けましょう。それと同時に、寺を、神社を、焼きましょう」

「「「⁉」」」


 それはあまりに過激な発言、過激な行動に思える。唐突なその言葉を受けた村人たちだけど、彼らが冷静になる前に天草四郎は続けた。


「私達はこの一揆で楽園パライソを……私達のための楽園を作る。ならば、古い家、古い帰る場所は必要ありません。むしろ……辛くありませんか? 今まで自分たちが虐げられてきた象徴のような物ではありませんか」

「……それは」

「打ち壊しましょう。古い秩序と生活を。そして得るのです。新たな生活と、新しい私達の人生を。そのために、古い神や生活の名残は、捨て去らねばならない。今まで通りの信仰では、今まで通りの暮らしでは、私達は救われない……」


 さも鎮痛の面持ちで語って見せる天草四郎。既にブレーキが壊れかけた民衆でも、まだほんの少しの躊躇が見える。最後の後押しをしたのは……密かに信仰を広めていたキリシタンだった。


「皆さん……あなたたちの神は、あなたたちを救ってくれましたか?」

「…………」

「私達が立つまで、どれだけの人が犠牲になりました? どれだけの人が苦しみました? 仏も、古い神々も、あなたたちが死んでいくまで……何もしなかったではありませんが。何も寄り添わなかったではありませんか」

「っ……!」


 ――キリストの教えを信じたわけではない。しかしこの苦境と現状に至るまで、確かに民は圧政に苦しみながら、時に拷問されて死んでいった。

 敬虔な神道や仏教徒の者だとしても……ことこの事態においては信心が揺らいだ。揺らがざるを得なかった。あまりに無残な現実に対して……仏教の寺院も、神道の神社も、それらに類する清き習慣も……ただただ傍観するだけで、救いの手を伸ばさなかったように見えたのである。胸に溢れた怒りに満ちた心は……さも正当な復讐のような思いが胸に湧いていたのだ。


「そうだ。やろう!」

「あぁそうだ。日本のカミサマなんてアテにならん!」

「ぶっ壊せ! 見てるだけで偉そうな奴らなんて……!」

「お、おい! それは流石に不敬じゃ――」


 止めようとした言葉は不参加を表明した者達から。言葉が途切れたのは、鈍い鈍器の音でかき消されたから。傍観を選んだ者たちに向けて、決起した農民たちが手ごろな道具を凶器に変えて襲い掛かる。もはや、感情に呑まれた彼らを止める手段はなく――その行動は、見方を変えれば暴挙であった。

 酷い手段暴行を正義と執行し、弱り果て、息も絶え絶えな傍観者どもを捨て置き……一揆衆は村に火を放つ。

 その炎は周辺地域の神社と、寺院にも広がり……坊主も神職をも殺して回った。当然建造物も破壊された。中には、地蔵の首だけを跳ね飛ばして回る者もいたと言う。

 燃え広がる暴動と暴挙は止まらない。一揆衆は村々を巡り、決起した者を取り込みながら……参加を拒否した者をその村ごと焼き払って回った。

 その光景を眺める、一羽の鳩が――しわがれた老人の声でわらう。


『くくく……人数はちと物足りねぇが、悪くねぇ余興だ。怒りと憎悪からくる、残虐性の発露……何よりそんな醜いザマを、棍棒振り下ろす側が正義と謳っている所が秀逸だなァ‼ おまけに、キッチリ神社や寺の奴らも八つ裂きに焼き討ち! これで確実に、この土地の神格の勢いは削がれただろう。オレサマも仕事がしやすくなる』


 仮契約に近い形だったソロモンの悪魔、ハルファスが上から地獄の光景を眺めて上機嫌だ。契約を結んだ天草四郎が、ちらりと天を仰いで太々しく笑う。いよいよ始まる戦争の気配に、まるで天使が吹くラッパの如く悪魔の声が響き渡る。


『前菜は受け取った。異国の観光気分で、ぶっちゃけ期待してなかったが……天草四郎。オマエの作る地獄に興味が出て来たぜ。好きなように戦に挑み、存分にオレサマの力を利用しろい! 積み上がる屍の量も質も、期待しているぜェ?』


 しわがれた老人の声の悪魔は、くるくると炎の上空を飛び回る。

 反乱の戦火は、ここから各所に燃えて広がった。

 こちらですね……信じがたいかもしれませんか、かなりの割合で『史実』です。

 まず一揆衆の構成員ですが、全員が全員キリシタンだったか……と言われると、少し正確ではありません。当時の島原や天草地方は、キリシタンが多かったのは事実です。ですが、信仰の熱量への差は結構大きかったと考えます。何せ日本人って昔から、仏教と古い日本神話の神道をごっちゃにしちゃうような民族でしたので……ガッチガチに信仰しているキリシタンと、ぼんやり『そんなもんかぁ……』ぐらいの認識の層がいたのでしょう。


 それらが一まとめに蜂起したのは、何度も述べているように『圧政』です。言わば『共通の敵に対する反旗』って動機を与えてしまったのですが……かといって、全員が賛同するってのも難しい。じゃあその人たちどうしたの? って話になるんですけど……この時一揆衆の人たち、村を焼いて回ったり、賛同しなかった人間を殺害・排除したという記録もあるんですよねぇ……これは一揆と言うより、派手な暴動の時に起こるケースに近いかもしれません。


 また、仏閣や坊主を殺して回ったのも『史実』です。キリスト教の価値観として、別の宗教って邪教扱いですからね……調べた所によると、この時お地蔵様の首を壊され、首なしになってしまった地蔵が、現代の寺にも残っているとのこと。

 大体の宗教って別宗教を受け入れにくい性質を持っているので、むしろ日本人の『とりあえず神様に祟られると怖いし、別宗教や宗派でもまつっとけ』スタイルの方が、世界的に見ると少数だったりします。


 島原・天草の乱について……同情的な見方の資料も多いですし、実際作者も同情できる部分はありますが……しかしこうした『神社仏閣への被害』は一揆の前から、キリシタン達の問題行動の一つとして挙げられていました。彼らが潔白だった……とも言いきれない事は、覚えておきたいですね

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