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異説・天草四郎~悪魔と見る島原の乱  作者: 北田 龍一


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決起の始まり

 島原・天草の乱の始まりは……不明瞭な所もあるが、お代官様の居座る屋敷へ、一揆衆が襲撃から始まったのは間違いない。ここから始まった理由は明白だ。何せ――


「妊婦や……お腹の子まで……一緒くたに水責めで拷問を……‼」

「こいつら……こいつら人間じゃないべ!」

「もう限界だ!」

「代官共は皆殺しだぁぁぁあああぁぁああっ‼」


 度重なる重税、度重なる残虐な拷問……民の溜まりに溜まった島原藩への、圧政に対する不満がついに爆発。まるで今までの鬱憤を晴らすが如く、城下町は地獄と化した。


「わしらから取り立てておいて……自分たちは贅沢三昧か⁉ アァ⁉」

「奪え! 根こそぎ奪い取ってやれ!」

「そんな殺生なぁ……」


 ついに起こる反乱。襲われた城下町の者達が悲鳴を上げるが、その哀願はむしろ火に油を注ぐ結果を招いた。


「ふざけるな! 俺達農民から……まともに生きれないくらい絞っておいて……!」

「そうだ! 奪い返せ! 奪い取られた物を!」

「焼け! 焼けっ!」

「わしらの怒りを思い知れぇぇええっ‼」


 島原城の城下町……そう、民から重税を取り立て作り上げた豪奢な城の足元に討ち入った一揆衆は、次々と建物に火を放ち、奪われた物を奪い返すが如く、徹底した略奪を行ったとされる。控えめに言って、その光景は悲惨な地獄そのものと呼んで差し支えない。

 だが……城下町に住まう人々は、いわば武家の関係者と商人だ。搾り取って来た税を使って暮らす者が多い。今までの憎しみをブチ撒ける対象としては、これ以上ない相手と言えよう。

 その上空に、悪魔の鳩がケタケタ笑いながら飛んでいたのには、誰も気づかなかった。


『天草四郎! おっぱじめたようだぜ! いやァ、オレサマ好みの地獄って感じだ!』


 転移の権能をもつ悪魔ハルファスは、ひとしきり生じた地獄を堪能した後……島原で勃発した反乱をすぐさま天草四郎に伝えた。

 待ちわびた火の手の上がりに、16歳の少年がニヤリと笑い席を立つ。


「そうか。ではこちらも始めよう」

『しかしどうやって決起を促す気だ? オレ達以外に知りようがないが……』

「どうとでもなる。神のお告げとでも偽るさ。集中したいから少し静かにしていてくれ、ハルファス」

『あいよ。聖人のフリね』

「あぁ。――父上!」


 報を聞いた天草四郎もまた、父親が密かに組織していた一揆衆へ決起を促す。妖術を奇跡と称して披露し、既に『預言の子』として人心を集めていた彼にとって……それは決して難しい事では無かった。

 いよいよこの時が来たと、武器を取る浪人たち。出立の準備を進める大人たちを他所に、彼は村の中心で演説を始めた。……悪魔を呼び出した時の本性を隠し、聖人のつらを被って。


「みなさん……わたしは先ほど、天からのお告げを聞きました。島原の代官の悪行に耐えかね、ついに城下へ討ち入ったようです」


 ざわっ、と村人たちがどよめく。手紙や伝令が無ければ、遠方の情報がまともに伝わらない中で、まるで遠くの事を知っているかのような物言い……彼がキリシタンかどうか、預言の子かどうか、疑う者もいなくはないが……彼の自信に満ちた所作と内容が、村人の中に染みていった。


「薄々ご存じの方もいるでしょう。私は……私は、国に禁じられたキリストの教えを信じる、キリシタンの一人です。私を信じられないのは、確かに仕方のない事でしょう。ですが見てください。今、この島原の光景を、天草を覆う悪行の数々を。この有様が、こんな行いが、果たして正しい行いだと言うのでしょうか?」


 それはまさに……重税と圧政に苦しむ島原の民にとって、常々感じずにはいられない事だった。魔法のように、天草四郎は演説を重ねていく。


「税を納められない民も、キリストの洗礼を受け、教えを信じた民も、等しく島原藩城主の松倉勝家が実行した、残酷な処刑によって死んでいきました。今回の決起のきっかけも……身籠った妊婦を人質に取られ、子ごと水牢に閉じ込められ、流産の果てに死んで……耐えかねた夫が激情のまま、代官を殺した事が始まりだそうです」


 村人から悲鳴と怒りの声が上がる。徐々に日々の苦しみと理不尽への反感、そして天草四郎の流暢な言葉と容姿に引き込まれていく。

 本来ならさほど関係なかった『キリシタンへの弾圧』が……民への圧政と重なってしまい『信仰はどうでもよく思っているが、重税に苦しむ民』にまで、彼の演説が届く下地を作ってしまったのだ。

 しばし口を閉じ、民たちに各々が抱く苦しみと怒りを想起させ……十分に感情が溜まった所で、まるで膨らみ切った水袋を、針を刺して破裂させるように、促す。


「今こそ……私達で国を作りましょう。楽園パライソをここに築きましょう。島原の代官に、私達の命や生活を握られてはなりません! 賛同する人は……武器を取り、私達の決起に加わって下さい!」


 その言葉と同時に、ぞろぞろと後ろから武器を握った浪人たち……天草四郎の父が密かに集めた一揆衆が現れる。その瞳には皆、少なからず圧政に対する怒りの炎が灯っていた。


「そ、そうだ……代官どもにあんな税を納めることない!」

「絞るばかりで……このままじゃわしらの未来に希望なんてないべ!」

「おれの子も人質に取られるかもしれねぇ……」


 積極的に乱を起こしたのは、確かにキリシタン一派や浪人だった。しかしその反乱の火を大きくしたのは、間違いなく島原藩の圧政にある。キリシタンでもない農民たちも、次々と武器を取り一揆に加わっていった。だが――

決起のきっかけですが……主に語られている説は二つ。そのうちの一つが、本編でも上げた『妊婦を水牢に入れて子供ごと殺された事が引き金』とする説です。本当に引き金かはともかく、エグい悪政と拷問・処刑だらけの島原藩ですと……実際にやったか、近い事はやってるでしょうね。少なくても調べた限りでは、否定できる要素が無いです。

もう一つ説がありまして、こちらは村で密かにキリシタンが集会を行っていた所、代官が現場を押さえて、宗教的な絵画を焼いた所……信者たちがブチ切れ、代官を殺害。もう後戻りは出来ぬと決起した……という説です。

どちらもあり得ますし、起こり得る環境が整っていました。だから、どちらか片方が真実……と言う訳でもなく、両方とも史実なのかもしれませんね。

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