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異説・天草四郎~悪魔と見る島原の乱  作者: 北田 龍一


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戦の悪魔との契約

 西洋から取り寄せ、森宗意軒に手渡した書物は……彼の妖術によって変容していた。

 外見上に変化は無い。ただしそこに書かれた文字だけが、綺麗にすべて日本語に書き換えられていたのである。妖術師本人の注釈まで付け加えられ、非常に読みやすい形だ。


「口では否定しておきながら……全く、弟子想いのジイサンだよ」


 原本を妖術で翻訳したのか、それとも妖術で新しく複製したのかは知らないが……これであれば、天草四郎にも読み解く事は可能だ。仮に文字を読めた所で、他の人間にはまともな術理も分からぬに違いない。怪しげな魔方陣や奇妙な怪物がいくつも描かれたその本を読み進め……天草四郎は『ソロモンの悪魔』への理解を進めていく。めくったページの一角、なぞらせた手を止めた項目にはある存在が記されていた。


「ハルファス……戦の悪魔、か」


 72柱もいるのだから、悪魔一体一体ごとに特性や能力、性質が大きく異なる存在もいれば……同時にこれだけ存在していると、部分的に性質が重なったり似通う事もままある。そんな中で『ハルファス』が目に留まった最大の理由は……コイツが求める対価にあった。

 ――この悪魔ハルファスは、戦争を好む。能力も戦争に向いた異能を持ち、力を貸す対価として求めるのは――『戦争で起こる地獄の光景そのもの』とのこと。自分が関わった戦争で、人間が死んでいく場面と姿こそが、コイツにとっての対価らしい。


「……コイツはいいな」


 適した魔方陣を描いて、召喚直後は動きを封じておくとか、正しい捧げものを用意するとか、言葉に気を付けるとか……このソロモンの悪魔たちは、一体一体で注意すべき点がまるで異なる。優れた力や知恵を持つ分、契約違反と詰め寄られたり、反乱をおこされようものなら被害は尋常ではない。

 その点コイツなら……対価は天草の隠された本性と合致しているし、極端な注意点も無さそうだ。彼は一人で山小屋に舞い戻り、呼び出すための術式……魔方陣を描いていく。祝詞代わりの口上を、記された本の通りに読み上げ――西洋の悪しき妖怪、悪魔を召喚すべく儀を執り行った。


「来たれ……ソロモンの悪魔が一柱、戦魔ハルファス!」


 怪しげに揺れるろうそく。

 立ち上る暗黒の煙。

 輝く床の魔方陣。

 室内とはいえ、昼間にも関わらず光は吸われ夜のような暗黒が小屋を満たす。

 天草四郎以外いなかったはずの小屋に、異様な気配が満ちて。

 威厳あるしわがれた老人の声が響き渡った。


『オレサマを呼び出すのは誰だ……って、どこだココッ⁉』


 煙を突風と共に振り払い、現れたのは一匹のハトのような姿の存在。しわがれた老人のような声で、きょろきょろと首を動かしている。。解読した本に書かれた通りの悪魔に、すぐさま天草四郎は教えてやった。


「ここは日ノ本、島原だ」

『日ノ本? 島原ァ⁉ マジでどこだよッ!?』

「お前は……南蛮で語られる悪しき妖怪、悪魔だったな。ソイツから見た日ノ本の位置は……遠い遠い東の島国って所だ」

『どーりで空気が違うワケだ……なんかそこら中から怪異や神の気配……いやナンだこれ? 色々とごちゃごちゃの気配が……』

「その話は後でいいか? オレとお前の話をしたい」


 取り乱した悪魔に対して、天草四郎は真っすぐに目を合わせた。西洋の悪しき存在の中には、目を合わせただけで危険な輩もいるらしいが……ハルファスにそうした権能は無いらしい。真摯な声色を聞きつけてか、ハルファスは一つ咳払いして応じた。


『悪い悪い。オレサマとしたことがブザマを見せちまったゼ。ふぅむ、きちんと準備してるのを見るに、オマエはオレを何か分かった上で呼び出した……ってコトだな?』

「そうだ。戦を好み、戦で起こる地獄のような光景を対価とする悪魔……ハルファスと承知の上で召喚した」

『ほぅ? だがオマエは指揮官や、それに仕える魔術師にも見えねぇナァ……随分と小綺麗こぎれいじゃねぇの。戦場を知っているヤツのニオイもしねぇ。ナメてんのか?』


 天草四郎は感心した。コイツは本物らしい。戦争を専門とする悪魔なだけあり、血と臓物の匂いがしないと瞬時に見抜いたようだ。対して四郎は、僅かに唇を歪める。


「複雑な気分だ」

『何?』

「お前が戦争専門の悪魔だと確信できたが……オレに誤魔化されているのはどうか、とな」

『…………言ってくれるじゃァねェの。ならどんな戦いをする気なのか、計画を話してみやがれ。つまらん内容なら契約しねぇぞ』

「他言は無用だぞ」

『あァ。それは約束しよう』


 悪魔とは、基本的に嘘を吐けないらしい。約束や契約も破る事は難しいと。しかしだからこそ、契約の隙間から反逆を起こし、術者を破滅に導くとも言われている。ただ、この段階でならば信じてもいいだろう。四郎は今、天草・島原で起きている事を悪魔へざっくりと説明し……こう締めくくった。


「つまり今、この地に暮らす民は圧政に苦しんでいる。キリシタン関係なく、な」

『へへぇ……そいつはお気の毒! 不満や恨みもたっぷりだなァ……』

「加えて、宣教師殿が都合よく『預言』を残して下さってる。俺はその『預言の子』だそうだ」

『ハッハー! 積極的に妖術を習って使って、その席を奪いに行ったヤツが言ってやがるぜ‼』

「後は……オレの父親が武家との繋がりがあってね。要は反乱組織を裏で結成済みだ。後は何か一つ。何かきっかけ一つが起これば、野火を放つが如く――不満と怒り、憎悪は一気に燃え広がる。そこで――」

『預言の子たるオマエが、人々を扇動して地獄を作る――ってワケだ』


 くっくっく……とハルファスが笑う。四郎が提示した計画は、中々お気に召したらしい。既に乗り気なのか、鳩の姿の悪魔はケタケタ笑って頷いた。


『いいだろう! ちょっとした異国旅行としても悪くない。お前の戦に手を貸してやろうじゃねェか』

「では……ひとまず契約成立、だな」

『あァ』


 借りの形だが、悪魔と契約を取り付ける事に成功した天草四郎。そのまま彼は話を続けた。


「悪魔ハルファス。細かい所になるが……いくつかいいか?」

『なンだ?』

「進軍を進めるにあたり、お前の権能を借りる事になるだろう。それによる『奇跡』を『預言の子が起こした奇跡として』……要はお前の権能をオレの物として扱い、功績を奪う形になるが、問題ないか?」

『あァ、問題ない。オレサマの前で、オレサマの力で、人々が殺し合って地獄を作ってくれるなら構わねぇ。扇動プロパガンダとして大いに利用しろい』

「出来れば事前の仕込みとして……お前の力を利用した演説もしたい。こちらは?」

『んー……そこまではチョット対応外だな。自前でやってくれ』

「より燃え広がる火が、派手になるとしても?」


 しばし唸った鳩の姿の悪魔は、首を横に振った。


『オレサマを誑かそうとしているかもしれねぇ。その疑念が残ってる以上パス!』

「そうか。残念だ」

『あァそれと、こっちは契約違反になりかねねぇから話しとくわ。事前の仕込み云々についてなんだが……懸念がある』

「懸念?」

『どうもこの国……雑多な神やら怪異やらの影響や力が、色濃く残ってやがる。遠くから呼び出されたオレサマは本調子じゃねぇし……逆に向こうはこの土地に根強く居座ってやがる。オレサマが権能を振るおうとした時に、何らかの干渉されるかもしれねぇ』

「つまり?」

『あらかじめ、何らかの方法で力を削いでおくと安心できる。無理にとは言わねぇが、なんか思いつかねぇか?』


 悪魔が言うには『この土地に住まう神々に邪魔をされるかもしれない』とのこと。それこそ悪魔の嘘かもしれないが、ここで天草四郎は、内側に抱えた邪悪さをにじませて笑う。


「そうか。それなら……ふふふ」

『なんだよ気持ち悪ィ! 悪魔みたいな笑い方しやがって』

「くっくっく……いい方法を思いついてな。お前にとっても面白い余興になるだろうよ。ただ少し待ってくれ。最初の火が燃え上がるまで、な」

『いいだろう。それまでお前の『仕込み』とやらを見させてもらう。ついでに近場を少し観光させてもらうぜ。必要ならすぐに名を呼べ』


 かくして……天草四郎は密かに、ソロモンの悪魔たるハルファスと契約を果たした。

 彼らが待ちわびた『きっかけ』は……それから一月を待たずして起きた。

えー流石にコレはほぼ間違いなく創作ですね。『ソロモンの悪魔』を呼び出す書物を解読も、入手だって難しい。船に間違って混入したとか、悪魔側が移動するために船に忍ばせたとか……何にせよ結構な無理筋ですな。

悪魔ハルファスについてですが……こっちは伝承に近い性質で書いています。鳩、あるいはコウノトリの姿で現れ、しわがれた老人の声で喋るそうです。

能力や性質は……戦争を好み、戦争を有利に運ぶ権能を持つ悪魔。対価として求めるのは『自分の力で激しく戦争し、人々が殺し合う光景』そのもの。要は『人間のコロシアイ! 面白ッ!』って喜ぶような性質の奴です。それを見たいから、自分も手を貸す……ってタイプ。

ソロモンの悪魔そのものが、有名な悪魔ではありますが……いきなり江戸時代の日本に召喚されたら、どの悪魔でも混乱するでしょうねー……

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