その後の話・後編
あれから――三百年以上の月日が流れた。
時代は昭和、二十世紀。まだスマートフォンどころか携帯電話すら出現していない時代。けれど悪魔ハルファスからすれば……今までと比較して、すさまじい速度で文明が成長していると実感していた。
『ここの景色も、随分と変わっちまったモンだな……』
場所は原城が見える雑木林……だった場所。今では周辺の開発が進み、小さな公園ができている。城はほとんど壊されて、ほんの少しの石垣しか残ってない。住宅は木造もちらほらあるが、それでも昔に比べはるかに頑丈で優れた住居が立ち並んでいた。
しみじみと口にするハルファスの傍に、一人の子供がぼんやり立っている。おずおずと彼は口にした。
「ハルファスさん、急にここに来たいって……どうしてなの?」
『天草ァ! 呼び捨てにしろって言ってるだろォ⁉』
「って言われても……目上の人には敬語を使わないと」
『真面目だなァ! 下の太一って名前の通り!』
「あんまり関係ないんじゃ……」
『と・も・か・く! オレの事は呼び捨てにしやがれィ!』
「は、はい……ハルファス」
『ちょっと歯切れ悪ぃのが気になるが、まァ良しとしてやる!』
ぎゃあぎゃあと喚くしわがれた老人の声は、少年以外に届く事はない。この世ならざるもの……『悪魔』に類する存在は、霊的な感覚が無ければ認識不能。そんな超常の存在に敬語を使わない方が怖いが、どうもハルファスはタメ口の方が好みらしい。礼儀作法は弁えて、慎重に子供が尋ねた。
「それでここ、なんなの? 特に何の変哲もない寂しい公園だけど、ここに来たいって……?」
誰が遊びに来るのかも分からないような、小さな小さな公園。大通りからも遠く、人がいる事自体が珍しいように思える。幼子が一人自発的に来るような場所じゃないが、積極的に行きたがったのがハルファスだ。
その場所、そこに着いたら話してやる。理由はすべて隠されていたが、やっと真相を知る時が来て、僅かだが少年も高揚していた。
粛々と、ハルファスが真実を語り出す。
『ここは、俺達にとって特別な場所でね。お前の遠い祖先とオレが最後に話した場所だ。人間の感覚で言うなら……墓が近いのかね』
「ぼくの祖先……ハルファスと契約した人のこと?」
『そうだ。オレを呼び出して、島原の乱を起こした天草四郎ってヤツ。オレはアイツに生き残って欲しくて、一度この場所に転移させたんだ。ここを知ってるのはオレと『天草の血筋』だけ。オレもお前たち以外には絶対に教えない』
喋り終えると、ハルファスは沈黙し……公園に残った一本の木を見つめる。向ける視線は、老人が懐かしい物を見る目つきに似ている。少年も同じ場所を見ていた。
「助けようとしてくれたんだ」
『あぁ。でもダメだった』
「どうして? 助けたかったんだよね?」
『……悪魔ってのは厄介なことに、契約を破れない。だから四郎を説き伏せて契約を変更、合意の下に助けたかったんだが……断られちまってね。泣く泣く、総攻撃で皆殺しになる城に戻すしかなかったよ。まァ、アイツが予言した通りの流れになったし、間違っちゃいなかったんだろうけど……』
明らかな後悔が滲んだ声色。ハルファスが自分たち一族に付きまとうのは、過去の契約者……天草四郎を守れなかった事からだろう。けれど『墓』と呼ぶには、あまりに寂しい公園だ。率直に想ったことを少年は口にする。
「お墓って言ったけど……天草四郎はここに埋まってないよね?」
『あぁ。遺体は別の場所にある。何も知らねぇヤツはそっちにお参りするだろうが……』
小さな子供が首を傾げる。やや悩んだハルファスが、彼なりの考えを述べた。
『墓ってモンは……この世にいる奴が、死んだヤツに思いを馳せる場なんだろう。死体の入ってない墓だってあるが、だからって墓参りしないわけじゃねぇ。ほとんどのヤツにとって遺体が埋められているトコがそうなんだろうけど……オレにとっちゃ、ここがそうなのさ』
「ぼくに教える理由は?」
『アイツの子孫にも、知ってて欲しいっつーオレのワガママ。悪いな、付き合わせて』
「じゃあ、ばあちゃんや父さんも知ってるの?」
『祖母さんは知ってるな。未だにオレとも仲いいだろ? 親父さんは……信じられないぐらい霊感が無かったみたいで、オレの姿も声も見えやしねぇ。お前は祖母の資質が出たんだろう』
彼だけの……いや、彼と『自分たちの先祖』が最後に会話した場所。子供に話すのはまだ早いと、太一少年には詳細を聞かされていない。祖母にもそれとなく訊ねてみたが、苦笑いするばかりだった。祖母から見ても『そういう内容』らしい。幼いなりに、今を生きる天草は気を使った。
「ちょっと、近くを散歩してくるね」
『ん……悪いな』
自分がいては、話せない事もある……察した少年が距離をとったのを確かめてから、静かに悪魔が一人、天草四郎に向けての呟きを始めた。
『四郎……戦争は随分変わっちまったよ。今じゃ接近戦なんてほとんどやらねぇ。そりゃ、お前のいた時代から火縄銃やら弓やらあったけど……今じゃ遠隔で殺し合うのが普通になっちまった』
寂しさを多分に含んだ声。ぼやきに近い呟きは、誰にも届くことはない。
『感情は一方通行のままぶつけ合ってるのに、殺しの規模だけが馬鹿みたいにでかくなる。技術が必要だった砲は徐々に廃れて、今じゃボタン一つで狙いすませる。殺しが簡略化し過ぎて味気ねぇ。
しかも通信やらレーダーやらで、敵味方の位置が簡単に分かるし……相互連携も難しくなくなっちまった。おかげで、オレが転移能力を使うための『敵のいない場所』なんざほとんどない。あったとしても……ンな不自然な移動があれば、オレの存在が露呈しちまう。そうなりゃ退治屋どもがすっ飛んでくる。おかげで契約するヤツが減っちまって……暇で暇でしょうがねぇよ。人間の業自体は、そんなにかわっちゃいねぇハズなのにな……』
戦争に与し、流血を好む悪魔としての本音。まだ小さな子供には、とても聞かせられない内容。性根なんて早々変わるものでもないのだ。
『お前の子孫が生きてくれているおかげで、退屈しのぎは出来るが……ここ近年、人間の進歩は凄まじい。不思議な事、怪異の仕業だっとされた物まで、ドンドン科学で解き明かされていく。出来る事も増えたモンだから、どんどん俺ら怪異は肩身が狭くなってくる。全く寂しい時代だぜ』
時代の変化、世界の変化。激動の20世紀を、悪魔ハルファスはそう語る。恐らくは……他の怪異たちも少なからず、人間の急激な変化に戸惑っているに違いない。居場所を失う神や怪異も、これからもっと増えていくだろうか? 苦みを噛み締め、無言で古い一本の木を見つめるハルファスは、そこに四郎の面影を見ているのだろうか? 一つ風が吹いた所で、彼の血を引く子孫が戻って来た。――手に、小さな野花をいくつも抱えて。
『気を使わせて悪かったな。ちょうどキリのいいトコで……なんだその花?』
「お墓なんでしょ? だったら……必要かなって」
『……そっか』
大小様々な花を手に、ハルファスが見つめていた樹木に近寄る。その中の一本をハルファスに渡し、鳩の姿の悪魔は嘴で挟み掴む。
誰もいない寂しい公園の樹木、その根元に色とりどりの花をちりばめる二人。無言で目を閉じ、二人して遠い誰かに向けて祈りを捧げる。ともなくして、ゆっくりと目を開けた。
『悪いな。付き合わせて』
「いいよ。でもその代わり、大人になったら色々聞かせてよ?」
『構わねぇが……ドン引きすると思うぜ? 何せオレは……悪趣味な悪魔様だからよォ!』
「いいよ。それでも。だって……大事だったんでしょ。ハルファスにとって、ぼくのご先祖様は」
『ははっ! まぁな! 悪友ってヤツさ! もうチョイ大きくなったら、色々と真実を聞かせてやるよォ!』
ケラケラと笑う悪魔ハルファスの目は、未来に何か希望を宿しているように見える。ひとしきり明るく騒いだ後、彼はこんな事を呟いた。
『オレら怪異も……人間との付き合い方を、改めたり考える時期なのかね』
「そうなの? ハルファスはハルファスだと思うけど」
『分かったような口を聞くんじゃねぇよ天草ァ!』
「……前から思ってたけど、なんでずっと苗字?」
『そりゃお前……いや、やっぱやーめた! おっきくなるまで教えてやんねー!』
「えぇ~⁉」
意地悪な悪魔答えを焦らして、重くなった空気を払うように飛んでいく。慌てて少年……天草太一は後を追う中で思う。
たとえハルファスが悪魔だとしても――言葉も意思も、通じない訳ではない。気難しい所はあるけれど、自分たち『一族』にとっては……ひねくれているけどお喋りで、愉快なヤツだと思う。
後々、自分の先祖の所業を聞いてドン引きし、彼も彼で『怪異とどうかかわるか』で迷う事になるのだが……天草の忘れ形見『天草 太一』にとって、それはまだ未来の話である。
はい! 本作はこれにて完結となります! ご愛読ありがとうございました! 思いっきり創作の話で終わりなのどうなの? と、我ながら思わなくも無いですねハハハ……
あ、それとここから、宣伝兼既存読者の方に向けたフェイスに入ります。余韻を味わいたい方は、ここから下は見ない方がよいかもしれません。まぁ、気が向いたら見てやってくださいな。
さて、私の作品の『コドクな彼女』の話になるのですが……web版のみ読了済みの人は本作を読んで『いやこれ外伝じゃないじゃん!』となってしまった事でしょう。なろうさん内部での短編コンテストとして投降した『コドクな彼女』では、天草太一及び悪魔ハルファスは出演していないですからね……
書籍版として出版する際、怪異に対する解説役が欲しいなと思いまして。そこで登場させたのが『天草太一』さんなんですね。何分web版では文字数が足りず、そこまで話を広げられなくて……文字数に余剰が出来たおかげで、怪異に対する解説役、助言者役を関わらせるスペースが生まれたわけですな。
なお、天草太一・悪魔ハルファスは両方とも脇役ですので、本編内で掘り下げるのが難しく……なのに妙に設定や経緯だけは頭の中にあるものだから、死蔵するのはもったいなぁとなりまして。そうして投稿されたのが本作となります。
そんな作者の書籍化作品『コドクな彼女』ですが……話の雰囲気は、web版だけでも掴めると思います。完全無料で七万時近くを掲載しておりますので、よろしければ本作の目次からシリーズに飛んで、読んでいただければ幸いです。いやもちろん、買っていただければ嬉しいですよ? 嬉しいですけど! でもお金を出すに値するかどうかは、ねぇ? ちゃんと各々の目で確かめていただいてからの方が安心ですし。
ともあれ、何にしてもです。あとがき含め、ここまで読んで下さりありがとうございました!




