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異説・天草四郎~悪魔と見る島原の乱  作者: 北田 龍一


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その後の話、前編

 一揆を制圧した幕府軍は、しばらく野戦陣地に駐屯していた。

 理由はいくつかあるが、最大の目的は落ち人狩り……決戦の日に外に逃れた者の残党狩りだ。元々大規模な戦闘だったのと、一部が功を焦って仕掛けたのもあり、綿密な連携や包囲を敷けていなかったのに加えて……人間どれだけ覚悟を決めていても、いざ自分の目の前に死が迫れば、本能が生存を優先させてしまうもの。もっとも、逃げ出したはいいが……長らくの兵糧攻めで飢餓状態に陥り、結局逃げ切れずに命を落とす者も多かった。

 もう一つの大きな活動は、原城はらじょうの完全な取り壊しが挙げれるだろう。

 元々は放棄された城だったが、基盤が十分に残っていたのと、一揆勢の補修工事によって復活。結果的に幕府を大いに苦しめた。この堅牢な城塞が無ければ、三か月近く一揆勢が粘る事も無かっただろう。


「ちゃんと放棄しておいてくれよ……」

「いい城なのは間違いないが……ったく」


 既に周囲から人々は引き上げており、この地域の価値は低い。戦略拠点としての有用さは身に染みたが、これからは天下太平の世が来るのだ。あるとすれば……また反乱分子に占拠されて利用される可能性のみ。となれば、もう二度と使われる事がないように徹底的に取り壊すべき。上様の指示だが、この城に辛酸を舐めさせられた現場の人間も、誰も異論なし。苦しめられた鬱憤をぶつけるように、完全に原城は基盤ごとに撤去された。

 現場の人間も働いているが、将たちには別の仕事もある。端的に言ってしまえば『幹部格の死亡確認』である。


「身なりの良かった者の首頭になります。検分を」


 戦国時代の名残である。敵将の首をとり、それが何者かを調べる行為。戦乱の世であれば、こうして持っていった首が大将首であれば、褒賞や出世が約束された時代もあった。

 今は……一揆勢の幹部を全滅させられたかの確認している。森宗意軒や三会村金作、益田甚兵衛などの浪人勢が今回の一揆を率いていたのは既知の通り。もしも首がここに無く、それらしい目撃証言がないのなら、逃げられいる可能性もある。となれば、徹底的に山狩りして仕留めなければならぬ。一人一人確実に照合し、死亡確認を続けていた。

 だが――ここで困った事が起きた。一人だけ幕府軍では、知った顔でない相手、照合できない人物がいたのだ。

 今回の一揆の総大将……天草四郎の顔を、幕府は誰も知らなかったのである。だから――


「……この中に、天草四郎はいるか?」


 事情聴取のため、そして人質のために捕縛していた……天草四郎の母親を呼びつけ、首の検分に参加させた。大量の首が並んでおり、噂どおりの『若い美形の少年・青年』がずらりと並んでいる。しかし立たされた天草四郎の母親は、どこか余裕さえ見せていた。


「無駄よ。あの子は神に選ばれた子なの。奇跡の子なのよ! こんな所で死ぬわけがないじゃない。馬鹿な人たち」

「なら見れるはずだな。とっとと検分してもらおう」


 ずらりと並んだ、天草四郎候補の首頭達。渋々ながら、ねめつける様な目で一瞥し興味を見せない。しかし――ある一つの首を目にした途端、目を大きく見開き、半狂乱で叫び始めた。

 何事か聞き取れないが、激しく動揺し取り乱しているのは分かる。言葉にならない言葉で喚き散らし、暴れ出した所を慌てて押さえ込む。引きずられるように部屋を退出させられたが、母として自然な反応だろう。我が子の生首を見せつけられて、どうして錯乱せずにいられようか。

 しかしだからこそ、嘘偽りのない反応に違いない。幕府は彼女が反応を示した頭部を、天草四郎と断定。長崎の交易口、出島付近にてさらし首にされたようだ。

 後に人質となっていた天草四郎の母……洗礼名・マルタと、四郎の姉妹全員も罪人として斬首刑に処される。幕府に仇を為し、キリシタンをまとめ上げ、大規模一揆……否、大規模な反乱事件を発生させたのは、彼女の息子と夫である。一族を根絶やしの判断を下すのもやむなしだろう。

 また、斬首刑に処されたのは彼女たちだけではない。一揆が起きた責任を問われる者がいたのである。


「松倉勝家……此度の一揆について、何か申し開きはあるか?」


 島原藩当主……重税と圧政を敷いてきた彼に、江戸幕府三代目の徳川家光が鋭い眼光を向ける。必死に平謝りする松倉勝家は、必死に縋りついた。


「た、確かにキリシタンに対し、過剰な弾圧をしたのは確かですが……それもこの日本を思っての事! 上様の方針に従ったまででして……」

「キリシタンに対してはな。だが貴様……平素に暮らす領民までをも拷問し手にかけているな? 忍びの報告によると……貴様の代官所から死体がいくつも……」

「ち、違います! それは代官共が勝手に!」

「代官からの証言も得ている。もし迂闊に逆らえば、今度は自分が拷問……否! 拷問めいた処刑される側になるやもしれぬ。その不安から逆らえなかったと! まともな者は静かに離れたのも気づかなかったのか?」

「う……ど、どうかご勘弁! ご勘弁を!」


 それでもなお、反省の言葉一つ口にしない松倉勝家に……いよいよ上様が激怒した。


「ならぬ! 此度の一揆、貴殿の責は明々白々(めいめいはくはく)! 腹を切って許されると思うな! 松倉勝家! 貴様を斬首刑に処す‼」

「あ……あぁぁ……!」


 それは大名として、武士として、自らの手でけじめをつけ、これで手打ちとする『切腹』とは異なり――天草の血筋の者と同様に『罪人として断ずる』という意味合いだ。武家社会においてこの差は大きい。

 なお、天草地方を納めていた寺沢堅高てらさわかたたかも責任を問われ、天草領4万石の没収に加え、後の出世の道を完全に絶たれるという処罰を下された。これもこれで重い処罰なのだが、松倉勝家に比較すれば軽い。ただし彼も彼でこの処罰に絶望し、後に自殺している。


 そして……今回の事件を受け、ますます江戸幕府はキリスト教への恐怖を増し、ついに鎖国政策を完成させることになる。以降百年の月日が経ち、ペリーが来航するまで、天下泰平の世は続くのだ。


『…………ホントに、もう乱なんて起きようがなくなっちまったな』


 どこからか、しわがれた老人の声が寂しげに響く。

 その視線の傍らに、どこか美少年の面影の有る幼子がいた。

 ほぼほぼ全部史実です。

 一揆勢を殲滅した幕府軍は、残党狩りを進めつつ原城を完全に解体します。この城が復旧可能な状態で残っていたのが、島原・天草一揆が長引いた最大の理由ですからね……もう二度と使えないようになるまで分解されました。


 また、中々惨い話ですが……天草四郎の母親、洗礼名マルタに対して、天草四郎候補の首をずらりと並べて検分させたのも史実です。彼女が取り乱し、泣きだした首がある事から、天草四郎の死は確実視されています。そして天草の母親と姉妹もろとも、全員罪人として斬首刑に処されています。


 そして今回の事件が起きた原因……島原藩当主、松倉勝家にも処罰が下されます。武家社会において切腹と斬首はかなり別者でして。要はこれ上様直々に『てめぇ腹を切って許されると思うなよ』とブチ切れられたって事です。

 なお、巻き添え気味で処罰された、天草を統治していた方の状況を現代的に例えるなら『流れ弾で左遷・降格処分喰らった上に出世の道も途絶えた』レベルの罰です。一応重税気味ではあったものの、島原藩が度を越していたせいで飛び火した感があって……ちょっとかわいそう。

 なおこの寺沢堅高てらさわかたたかって人ですが、十年後ぐらいに発狂したとか絶望したとかで自殺。間違いなくこの一件が尾をひいたのでしょうなぁ……


 あ、最後の数行だけ創作です。

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