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異説・天草四郎~悪魔と見る島原の乱  作者: 北田 龍一


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総攻撃

 天草四郎とハルファスが、最後の会話を終えて数日が経った。

 状況はますます悪化の一途を辿り、幕府軍はじっくりと腰をすえて原城攻略を進めていた。ここで、時系列を整理して動きを見て行こう。

 板倉重昌が戦死した正月の攻勢以降、搦め手を使って糸口を探していた幕府軍。それと並行して、着実な手も打っていた。

 二月上旬には……原城外周の三の堀を埋める工事を開始。二月下旬ごろには、原城を睨む野戦陣地の設営が完了。焦った一揆勢は、陣地への攻勢に出る。

 それは逼塞ひっそく感を嫌っての行動か、今までの勝利で『自分たちは勝てる』と慢心したのか、あるいは敵から、物資を奪って持ち帰る算段だったかもしれない。様々な面から理由が考えられるけれど、結果を見れば散々たるものだ。ものの見事に撃退され、一揆勢は撤退を余儀なくされたのだ。

 さらに言えば幕府軍との戦闘では、有利な陣地と地形でのみ一揆勢は戦っていた。攻めと守りでは必要な技術が違う。加えて幕府軍は英気を養っており、敗北は必然。

 これ以降……一揆勢の一部は、いよいよ敗戦の臭いをかぎ取ったのか、城から逃げ出そうとする者が増加。士気の乱れ、敵方の焦りに気づいた幕府軍は、近いうちに総攻撃に映る事を決定した。しかし――


「雨か……」


 攻撃を予定していた2月26日は、あいにくの雨模様。幸い、時間をかけても幕府側にリスクはない。攻撃を明後日に伸ばそうとしたが、ここで幕府軍内部の一部が、功を焦って先駆けて攻撃を開始してしまう。

 この時、総大将の松平信綱は『武功を焦って死んだ、前任の板倉殿の二の舞だろ……』と愚痴ったとか、愚痴らなかったとか。

 けれど……一度始まった攻撃は止められない。戦には戦の勢い、流れが存在する。下手に止まるより、勢いに任せてしまった方が良い場面もあるのだ。こうなったらどこかの馬鹿の先走った突撃を、後付けで正解にするしかない。腹をくくった松平信綱は、全軍に大急ぎで通達した。


「えぇい、ままよ! 攻撃開始! 原城を落とせ!」

「うぉおおおぉぉおおおおぉ!」


 待ちに待った総攻撃に、戦いのときの声が上がる。雪辱を晴らすべく一気呵成に攻撃を仕掛け、立てこもる一揆軍へ迫る。彼らの勢いはとどまる事を知らず、まさに破竹の勢いで進軍した。

 一方の一揆勢は…兵糧攻めによる食料切れ、相次ぐ脱走によって士気は大きく低下。いくら天草四郎が励ました所で、言葉で腹は膨れやしないのだ。動きに精彩を欠いた一揆軍は、次々と幕府軍によって打ち倒されていく。


「いける! いけるぞ!」

「一揆勢の奴ら、消耗しきってやがる!」

「押しつぶせぇっ‼」


 天草四郎の『奇跡』も特に起こらず、食糧不足でやせ細った一揆勢を、次々と蹴散らしていく幕府軍。今までの長い膠着状態……その鬱憤を晴らすが如くであった。


「一人も逃がすなよ! ここに残っている奴らは……!」

「分かっている! キリシタン共は殲滅だ!」

「板倉殿のかたきぃ!」


 三度の攻撃失敗の痛手もあり、戦意は誰もが高い。だが……ここで彼らは、信じられない者達を目にすることになる。


「え……」


 やせ細った子供と女性たちが、膝をついて祈りを捧げている。

 瞳は……虚ろなのか、はるか遠くにいる『キリストの神』に目線を合わせているのか知らないが、幕府軍を見ても逃げ出す様子はない。明らかな非戦闘員だが……幕府の将の一人が言った。


「……信仰を捨てるぐらいなら、死を選ぶ気概の者たちだ」

「で、でしたら腹を切れば良いではありませんか」

「……キリシタンにとって、自死は殺人より罪が重いとされているそうだ。だから……切られるのを待っている」

「そんな……」


 武士と言えど、戦闘員ならともかく……既に抵抗する気のない者を手にかけるのは、気が進まない。しかし視線を見ればわかる。幼子なりに、そして彼女たちなりに、とうに覚悟を決めた上で……ここに佇んでいるのが。

 兵たちも流石に躊躇したものの……将の一人が前に出て、腰の脇差を抜い掲げ、全軍に伝える。


「情けは無用ぞ。彼女らもまた、一揆に加わった者たち。火縄銃があれば、彼女らも立派に武士を討ち取れる。それを忘れたか?」

「それは……ですが、これはあまりにも……」

「ためらいがあるのならば……介錯だと思え。せめて、楽に」


 逃げもせず、戦いもせず、死を既に覚悟した者達……ならばここで切らぬ方が不作法というもの。ならば自分たちでけじめをつけ、腹を切ってくれと思うが……キリシタンたる彼女らは、徹底して自死を拒む。

 だから待っているのだ。他者によって、自分に死の刃が振り下ろされるのを。もたらされる死を受け入れる事を。対峙する者にできるのは……せめて苦しみを一瞬で終わらせてやるだけだ。


「…………くっ!」


 総攻撃が始まる前に、隙を見て逃げ出す者もいたのだ。この場に残った者は、全員が死の覚悟を決めた者達。非戦闘員も、そして……今も戦っている者達も。

 食糧不足で、気力が底をつきかけている中でも……浪人衆や、松倉家に対する反感で死を恐れない者達もいた。半分死にかけの死兵だけれど、油断した幕府の兵の何人かは道連れにして死んでいく。

 だから……生きてこの城を出られた一揆勢は、ほとんどいない。戦って死んだ者、戦わずして死んだ者、決戦の時に原城にいた者の行く末は、ほぼ全員が黄泉へと旅立っていった。


「「「「「…………」」」」」


 やがて……原城を占拠した一揆勢は全滅し、おびただしい死体が積み上がった。三か月以上に渡って続いた一揆の結末は、たった一日の総攻撃で決着した。

 なお――『どこか空高くからか悲しげな、しわがれた老人の声が聞こえた』と証言する者もいたという。

 原城の亡霊が囁いたとも言われているが、真相は定かではない。

 原城の総攻撃については、ほぼほぼ史実通りです。

 2月26日に予定されていた総攻撃は延期、しかし先走った将が攻撃を仕掛け、それに続く形で幕府軍は原城へ総攻撃を開始。兵糧攻めによる食糧難、さらに本作内ではハルファスが関わっていたので描写しませんでしたが、実際の一揆勢は武器弾薬も切れていたようです。


 また、攻撃の最中に……女子供などの非戦闘員に対して殲滅しにかかったのも本当のようですね。

 しかも……本作では躊躇うような描写を入れましたが、実際は……その、ほとんど撫で斬りといいますか、残ってる人々に一切の慈悲も容赦なく、四肢や死体をブチ撒けながら殺して回った挙句、埋葬も適当だったようで……そのため現代でも原城跡やその周辺で地面を掘ると、たまに出るそうです。人骨が。

 この戦いでの死者数は……資料によって前後するのでなんとも言えません。1万7千人とか、2万5千人とか、多いので確か3万7千人だったかな……かなりブレがあるので明言が難しいです。ですが、ともかく凄い数の人が死んだのは確かでしょう。幕府側も千人ほど死者を出したそうです。凄惨ですねぇ……

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