最後の会話
天草四郎の覚悟は固い。死ぬまで生き足掻くより、死を前提にした一瞬の輝きを求める姿勢……どちらかと言えばキリスト教の発想ではなく、日本人的な思想だろう。ただしそこに、天草四郎個人の感覚も乗っていたが。
「ハルファス、人間には死に時がある。生きてさえいれば何とかなるとか、いつか希望が見つかるなんてのはまやかしだ。生き足掻いた分だけ悪化したり、苦しみだけが長続きする事だってあるんだよ」
『……実感が籠ってるように聞こえるのは気のせいかね?』
「まぁな。いつか自分の行いが人々に認められ、俺も含めて救われる……なんて言い方で母親に慰められた事もあったが、全く虫唾の走る言葉だ。生きれば生きるほど、、他人の勝手さにうんざりする羽目になった。だから俺は……希望に踊らされたザマを見せてやりたかった。俺の行いによって証明してやりたかったんだよ。こんな事になるくらいなら、こんな事を起こすくらいなら、とっとと俺なんて死んでしまえば良かったってな」
結果だけ見れば……天草四郎を総大将とした島原・天草一揆によって、多くの人が巻き込まれ血を流した。複数の要員や背景があったとはいえ、彼の存在や振る舞いが、規模を拡大させた面も否めない。彼はさらにこう続けた。
「俺達の関係だってそうだよ。ここで生き長らえた所で……次なんてやって来ない。無理に争い起こそうとした所で、満足できない半端な結果で終わる。そして思うのさ……『こんなつまらん結末になるくらいなら、島原で関係を終わらせておけばよかった』ってな」
ハルファスは……俯くばかりだ。四郎の言い分も、嫌と言うほど分かってしまう。戦争に手を貸す悪魔だけど、存在自体は紀元前まで遡れる。人間にさして興味がなくとも、人間の行動には一定のパターンがある事は知っていた。
恐らくだが……予言した通りの事が起こる。そのことを確信させられたハルファスは、もう一度深々とため息を吐いた。
『どうしても……生きてはくれねぇか、四郎』
「あぁ。どうか飲んでくれハルファス。俺も……お前に憎まれたくない。どっちに転んでも後悔はあると思うが……綺麗な結末を、迎えさせてはくれないか」
四郎の言葉を受けて、ハルファスはある事に気づいた。天草四郎だからではなく、この国に生きる人間の在り方を。
『なるほどね……城の奴らもそうだったが、この国の人間ってのは、美しい散り際を欲しがるらしい』
「俺達は日本しか知らないが、海外は違うのか?」
『自分で腹を切って責任取ります! なんて言い出す民族は、見た事無かったな……誰だって命は惜しがるモンだぜ』
「誤解するなよ? むやみに粗末にする気はない。だが、惜しむ物であるからこそ……使い時や死に時がある」
『いやいやいや! 悪魔的客観的には理解できるけどよォ……いざその時が来たからって、ンな潔く覚悟キメれねェんだがな。それをやれちまうのが、この国の人間ってコトなんかね』
ハルファスなりに、この国の人間への理解は深めたらしい。テコでも動きそうにない四郎の決意を汲んだが……ハルファスの諦めが悪かった。
『しゃーねぇ……お前は諦めるよ。でもお前の血を引くガキの事まで、諦める気にはなれねェな』
予想外の発言に、四郎は鳩が豆鉄砲を食ったよう表情だ。きょとんと呆然とし、視線を泳がせ……やがて心当たりに行きついた。
籠城中、戦局が動かない退屈な時期に……確かに彼は何人か抱いている。向こうから言い寄って来たり、政略結婚に近い形の妻もいた。彼女たちの誰かに、四郎との子供が出来ている可能性もある。すぐさま四郎は聞き返した。
「誰か身籠っているとか、お前分かるのか……?」
『悪ぃ、ソッチ系の権能は別の悪魔担当なんだ。生命について無茶苦茶詳しいヤツとか、未来の事を預言出来るのもいるんだが……オレはからっきしでね。不得意な分野ってヤツ。今の所さっぱりわかんね』
「どうする気だよ?」
『まずはこの場を切り抜ける所からだな。四郎と関係持った女たち全員を、オレの権能で戦地から脱出させる』
「素直に聞いてくれるかどうか。俺と同じように、覚悟を決めている者も……」
『でも、ソッチはキリシタンなんだろ? 加えて、お前の子を身ごもっているなら……それが縁になって、夢の中でなら干渉できるかもしれねェ。ソッチ系も不得意だが、他に良い手も無い』
「悪魔が告知天使の真似事か……」
皮肉な展開に、ハルファスも四郎も笑ってしまった。しかし現象だけ見れば『危険な戦地で覚悟を決めた所、受胎を告知した上で自分を救って下さった』のだから、守護天使めいた行動に違いない。この方法なら、確実に四郎の子を宿した人間を脱出させられるだろう。ひとしきり笑った後、四郎はぽつりと漏らす。
「資質は子に受け継がれる……か。改めて、他人に指摘されると恥ずかしいな」
『てめェが蒔いた種だろうか!』
「やかましい。上手い事いったつもりか?」
下らない言葉に、下らなく笑って……けれどそんな関係性さえ、四郎もハルファスも築けていなかった。この心地よい関係性を守るために……四郎はここで、死ぬと決めた。
「正直、ろくでもない人生だったと思うが……最後にこうして、本音を吐ける相手がいたのは良かったよ」
『それが悪魔でもか?』
「趣味が合うなら、人間かどうかなんてつまらない問題だ。だからハルファス……俺が八つ裂きになって死ぬところも、笑って見届けてくれるか?」
それがハルファスの嗜好。人間の流血を好み、時に契約者であろうと容赦しない。悪魔の趣味を知った上での発言だが――『友人』として、真っ向から否定した。
『馬鹿野郎。有象無象なら笑えるが……気の合うダチが死ぬ所を見て、笑えやしねぇよ。戦争自体は愉しませてもらうが……お前の死にざまだけは見てやらねぇ。それだけは、ごめんだ』
「そうか……そう、言ってくれるか」
『あぁ』
会話を切りたくない心象が、ハルファスから滲んでいる。言葉を切ってしまえば、いよいよ天草四郎を死地へ戻さなければならないから。
あぁ……けれど悲しきかな。悪魔は契約を破れない。だから天草四郎を、自分の力で原城に戻すしかない。
別れを惜しむハルファスは、中々踏ん切りがつかなかったが……やがで仰々しく、告げた。
『これで……これでお別れだ。喋ってると、つい助けちまいそうになっちまうから……もう四郎と関わるのは、やめとく』
「……そうだな。これで、お別れだ。すまない。そしてありがとう」
『……おう、じゃあな。オレの……悪友』
その言葉を最後に、四郎をもう一度『原城』へと、転移の力で送り返す。
以降ハルファスは、天草四郎との接触を、完全に絶った。
天草四郎の子孫が生き残っているかどうかですが、結論から申し上げますと『証明不能』ですね。
まず、この説を成り立たせるには『助命があった』事が前提になります。そして天草四郎が籠城中に、行為に及んでいるかどうか……こちらも資料等は残っていません。
が、状況的にはあり得るのは、少し前のあとがきでしたと思います。キリシタンによる独立国家を作ろうとした彼ら。そのトップの人間と政略結婚の流れや、玉の輿狙いの人が寄って来ていても不思議はありません。
ただなぁ……仮にそこで子供ができていたとしても、兵糧攻めの期間が重なっているので栄養状態悪いんですよねぇ……まだ小さい状態とはいえ、ですがね。
さらに、少し話が別の方向に行くのですが、公的な記録では『幕府軍は一揆勢の助命は行っていない』事になっています。かなり前に『助命を行ったとしても記録に残せない』とお話ししましたが、本当に助命を行っていない可能性もあるんですよ。
――だって女を逃がしたら、その中に一揆勢の誰かの子を宿した人がいて、再起を図るかもしれないでしょ?
禍根を完全に絶つために殲滅する……キリスト教を危険視する幕府であれば、その選択もあり得るかと。
ただしいずれにしても、事実を証明する事は難しい。……悪魔にでも、囁かれない限りはね。




