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異説・天草四郎~悪魔と見る島原の乱  作者: 北田 龍一


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預言の子と妖術師

 重篤なキリスト教の弾圧が始まる前……徐々に徳川幕府が規制を強め、宣教師の国外追放が始まった頃の事だ。

 まだこのころは、いきなり処刑したりはしなかった。警告と法の施行が行われ『従わなければ』処刑する……といった形。この段階で日本国外に出ていくならば、命までは取られなかったのである。

 そんな中、マカオに退去を決めた宣教師の中に……ママコス神父と言う男がいた。1612年に、彼はこのような預言を残したという。


「今から25年後……島原・天草は乱れるが、16歳の天童が現れ人々を救うだろう」と。


 まさしく……この予言から25年の時期、島原・天草の世は乱れに乱れていた。キリシタンへの弾圧と、民に対する過剰な重税……もはや隠れキリシタンだけでなく、普通に生きている者でさえ『救世主』の到来を心から待ち望んでいた。そして――それは奇跡が偶然か、確かにこの時『16の天童』と思しき人物が出現していたのである。


「四郎サマ! わたし、目が見えるようになったよ!」

「そうか。それは何より。でも気を付けるんだよ。眩しさも、暗闇も、まだ君は慣れていないのだから」

「うん!」


 ――小さな女の子が、元気いっぱいに感謝を伝える。視線の先にいるのは美形の青年……当時の基準で成人になりたての、聖者のような人物がいた。

 彼はただの美形の青年ではない。様々な『奇跡』を起こしたとされている。海の上を歩いたり、視力を失った少女に、手をかざしただけで光を取り戻して見せたりなどなど、様々な『奇跡』の伝承がある。キリシタン達は、彼こそが『預言の子』と信じてやまなかった。

 端麗な容姿だけでなく、父親も惜しむことなく文化的教育や教養を授けていた。益田甚兵衛という男だったが、彼もまたキリシタンだったとされている。日本式の教育だけでなく、西洋の教養も授けていたとの説もある。


「ごめんね、次の人の所に行かないといけないから。気を付けて帰るんだよ」

「はい! 四郎様!」

「『様』はいらないよ」


 物腰柔らかく、少女に手を振って見送る天草四郎。誰もが彼を神聖視する中で、しかし天草四郎本人に関する情報や資料は意外と少ない。一時は創作とも疑われたそうだが、実在は濃厚らしい。

 謎の多い人物、天草四郎……そんな彼を探る中、様々な背景や様相から多くの創作が生み出された。そのうちの一つとして、妖術師からも学びを得たとも言われている。森宗意軒もりそういけんと呼ばれる人物だが、彼もまた島原・天草の乱に参陣したと歴史には残っており、一説によれば四郎の『奇跡』は妖術ではないかとの話もあるようだ。

 四郎は少女を見送った後……誰もいない森の奥、小さな山小屋に移動した四郎は、老いた姿の森宗意軒と対談していた。


「ふぉっふぉっふぉっ……『聖人のフリ』も堂に入って来たのぅ、四郎や」

「アンタが教えてくれた妖術のおかげだよ。自分を『そうだ』と思い込んでいるだけだ」

「謙遜するでない。お主の才覚と研鑽けんさん賜物たまものじゃろうて」

「アンタもアンタで、つまらん奴には教えないだろうに」

「うむ。我が妖術を扱えるのは才ある者のみ故」


 誰が見ても『浮世離れした仙人』としか思えない人物……森宗意軒。妖術師との説もあるが、実際にはよくわからない。こちらも実在の人物のようだが、日本の神に使える神司かんづかさだったとも、船が難破した際に救助され、オランダや南蛮文化を学んだとも、中国で誰かの師事につき知恵を学んだとも言われている。創作に携わる者としては、狂言回しや黒幕として使いやすい背景の人物だろう。

 ――ここから先は、大いに作者の想像力を振るわせてもらう。


「で、その才能ある妖術師様。オレの渡した本はどうだった?」

「うむ。呪物では無かった。だが呪法が書かれた物と断ずる。我の雑な理解だが、西洋の悪しき妖怪たちの名と、それらを呼び出し使役するための方法が記載されておるようだ」


『キリシタンから天童』ともくされていた天草四郎にとって、西洋の品々を取り寄せる事はたやすい。まだおかみにバレていない者達から、用途不明な本や道具を受け取っていた。そしてそれらを、妖術の師にして達人たる森宗意軒に流したのである。


「悪しき妖怪? 南蛮にもそんなものが?」

「ふぉっふぉっふぉっ……人あるところに神があり、人あるところに悪しき超常もあるのだろう。ただ、我らとは考え方が大きく事なる。清浄なる者、神たる者は一片の穢れも無く清浄で……悪たる者、悪しき妖は一片も善性を持ち合わせぬ……という考え方のようだ」

「ふぅん。清濁併せ持つ、なんて発想じゃねぇ訳か」

「然り。故に悪の煮詰めた存在として扱われておる。ここにあるのは『ソロモンの72柱』と呼ばれる存在達と、それを呼び出す術理のようだ」


 17世紀の日本で、ソロモンの悪魔を認知する日本人は早々いないだろうが……何の偶然か必然か、悪魔を呼ぶ書物を解読し、扱いうる人間が揃ってしまったのだ。

 古びた本を捲りながら、森宗意軒が渋い顔で続ける


「ただのぅ……こやつら、扱いや能力が随分とまばらだ。興味は尽きないが、我が呼び出す気にはなれん」

「珍しいじゃないか。西洋の妖術を知りたいって、色々オレに集めさせたのに?」

「過ぎた力を思わせたり、代償を伴うとなれば別よ。呼び出す妖怪……この書物によると『悪魔』と言うらしいが、意図的に術者を破滅に導こうとする輩もいるとか。契約を正しく結ばねば、まともな取引や使役すら叶わぬ」

「……正しく扱えれば?」

「この72柱の悪魔を使役した王は、栄華を築いたとされておるが……」


 森宗意軒の口調からは、明らかなためらいがある。『悪魔を呼び出す本』の返却を求める四郎に対して、妖術の師は苦々しく確かめた。


「……四郎よ、お主の本性は知っておる。お主がコレを使って、何をするかも想像はつく。その上で改めて問う。我が弟子としてこの道を……『りつ』を究める気は無しか?」

「無い。確かに俗世も下らんと思うが、この星の事だの、自然のことわりなんぞに興味も持てん。アンタなりの言い方するなら……オレもまた自然が、星が、りつが求めた存在なんだろう。感謝はしてるが、他を当たってくれ」

「酷な事を。お主ほどの才覚持ちは早々見つからんわ。まぁ良い。事が起きれば我が分身くらいは送ってやろう」

「……感謝する」


 飄々と語った老人は鼻を鳴らすだけだった。一つため息を吐き、指先でくるりとつむじを巻くと、どこからともなく木の葉が風に舞って老人を渦状に包み込む。

 風がやんだ時にはもう、森宗意軒は消えていた。

 今回は……そうですね、創作と史実部分が混じってます。まず『預言の子』については『史実』です。

 また、天草四郎の実在と奇跡についても、確かに記録が残っています。ただし、奇跡については諸説ありますね。――キリスト教ガチ勢の方なら、もしかしたらピンと来るかもしれません。

 次、創作が多分に含まれる部分……森宗意軒についてですね。

 この方自体は実在します。経歴もかなり特殊で……中国か朝鮮半島に向かう途中だったか……ともかく船旅中に難破してしまい、南蛮船に救助され、その後は海外を巡り学びを得ながら、日本に戻って来たそうです。

 この史実の経歴は話を作る側としては、メチャクチャ使いやすいです。彼を有名にしたのは、ある小説が発端です。『魔界転生』って作品でして、聞いた事ある人も多いでしょう。よくこの人を見つけて起用したと感心します。彼も島原の乱に参戦し、死亡したとされていますが……

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