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異説・天草四郎~悪魔と見る島原の乱  作者: 北田 龍一


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四郎の本心

 戦地から離れた場所で、雑木林の影で、鳥の姿の悪魔と天草四郎が向き合う。しばし無言で、ハルファスの申し出を噛みしめる青年。すぐに言葉が出ないのは、彼もまた初めての情感に戸惑っていたからだ。


「どう、言えばいいのかな……俺もハルファスと近い気持ちかもしれない」

「せっかくだ。全部ぶちまけちまえよ。ここなら誰にも聞かれやしねぇ」

「……そうだな」


 他に誰もいない場所、二人きりでしか打ち明けられない事もある。誰にも明かしていなかった、天草四郎の心情を……彼は初めて、開示した。


「俺も……気の合う友人なんて相手はいなかった。趣味が合わないのもそうだが、俺の場合は父親の方針だった」

『益田甚兵衛だっけ? お前の親父さんの。ちぃとだけ聞いたが、確か四郎は……『預言の子』となるべく教育されたんだっけ』


 それは25年前の話、神父ママコスが残した預言。16歳の天童が現れ、天草地方を救うであろうという預言……与太話と流されるようなソレを、四郎の父は利用したのだ。


「ただの浪人にしては、教養や作法をきっちり叩き込まれたよ。言葉遣いはもちろんの事、文学や兵法に至るまでな。で、これだけ時間を取られていたら、他の子と遊ぶ事もない。おかげで子供集団でも孤立したが……逆に俺を『特別な人間』のように演出できた。それも含めて、父上の計算通りだったかもしれん」

『預言の子を意図的に作る……か』


 松倉家によるキリシタンへの弾圧・圧政は……徐々に深刻さを増していった面はあれど、キリシタン弾圧自体は、預言が成された年代から始まっていた。圧政と弾圧が無かったならば、最初から宣教師が国外に逃げる必要もない。

 そして松倉家の圧政は、年を追うごとに酷くなっていった。そこで預言を覚えていたならば……計算して自分の子息を作り、預言を真実にするのも不可能ではない。キリシタンの益田甚兵衛は、圧迫に耐えかね、預言を真実に変えるべく動いていたのだろう。


「見ていたから分かるだろう? ハルファス。俺の父とその同志は、決起計画自体は練っていたんだ。予定より早い形で『暴発』した面はあるが……それはそれで『預言の子』の話を利用できる。偶然が絡んでくれていた方が、より深く信じ込んでくれるからな」

『……』

「なんとなしに『俺が特別な子だ』ってのが、周囲に浸透してからは……友達なんでできっこない。俺も俺で知り合った妖術師に、珍妙な術を習って身に着けて、自分で奇跡を演じた物だからますますな」


 預言を成就する子、奇跡を実現させる子……様々な面で『奇跡の子』に近づいていった天草四郎は、普通の人間から遠ざかった。


「どいつもこいつも……救世主としての俺を慕うばかりの、何も知らん盲目馬鹿信者が嫌いだった。そんな信心や預言を利用している父も吐き気がした。友情なんて物は知らないし、家族愛だって歪んだ形でしかしらない。そんな俺の気も知らないで……勝手に崇めて、信じていれば救われるなんてのたまう奴らは、一人残らず死ねばいい」


 それが「預言の子」に加工された、一人の青年が抱いた絶望。父親は……父親なりに計画があり、理想があり進めた事とは理解できても、抗う選択肢もなく『なるしかなかった』天草四郎にとって……苦痛を押し付けられた側でしかない。それに加えて『キリスト教』が、ますます四郎を苦しめたのだ。


「生きてるのがずっと苦しかった。息苦しくて、自由を感じたこともない。加えて何度も刷り込まれたキリスト教も気に入らない。これだけ息が詰まる人生を、最後まで生き抜けだなんて……ふざけるなだ。苦しいだけの人生を、必死に最後まで生き抜けだなんて。俺の人生の苦しみの原因は――少なからず、キリスト教だってのにな」


 預言を残したのも、父親が弾圧された原因も……すべては『キリスト教』に因果がある。天草四郎はそのように解釈していた。


『そうか……それでオレを呼び出すのにも躊躇ちゅうちょなかったワケだ。キリシタンがあがたてまつる四郎様が、まさかキリスト教なんて一ミリも信じちゃいないなんてなァ!』

「当然だと思わないか? キリシタン共は俺こそを救世主だとか、預言の子とかはやし立てやがったが……肝心の俺の事を救ってはくれなかった。俺に重圧ばかり押し付けて、自分は「のほほん」と妄信してる奴ら全員、死んでしまえばいいと思った。何より気分が悪くなったのは……この思想は俺の父親と共通してる部分がある所でさ。キリスト教を利用しているのは、俺も父も変わらない」


 救世主にかかる重圧……誰もが『我に救いを』と求められる存在。それに応じる天草四郎の心に、どれだけの負担がかかっていたかを、誰も想像しなかった。ますます彼は深く絶望し、内側に毒素を溜め込み、結果『聖人の皮を被った絶望者』が誕生してしまった。


「……俺はこの乱を利用して、みんな死なせてやるついでに、俺も死んでやるつもりだった。ここで生き残るのは本意じゃない」

『四郎……』

「それに……もう一度花火を上げろと言うがな、今回以上の混乱を起こすのは無理だ。江戸幕府は今回の一件を受けて、徹底的にキリシタンを弾圧するだろう。顔が割れてないとはいえ、俺の事は絶対に警戒する。だったら……ここで一つ、派手に散ちらせてくれよ」


 四郎の言葉には芯があり、彼の決意が固い事が伝わって来る。自分では変えられないと悟ったハルファスは、悲しげなため息を吐き出すしかなかった。

これは……どうなんでしょう? 作者の解釈全開な部分もありますが、絶対にありえないとは言い切れない面もあります。

何せ「天草四郎」に関する資料や情報は、あまりに少ない。確定しているのは『16歳の美少年だった』『家族や血縁の構成情報』『カリスマがあった』『キリシタンだった』『預言の子と思われていた』くらいです。彼の心象や内面に踏み込んだ資料は、ほとんど存在していません。一般的な解釈としては、信心深い聖人だったとされているようですが……史実はどうなのか分からない。だからこそ、創作物で様々な解釈やキャラ付けしやすい人物でもあるのでしょうなぁ……

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