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異説・天草四郎~悪魔と見る島原の乱  作者: 北田 龍一


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初めての感情

 それは何度か目にした光景ではあった。悪魔ハルファスの権能『兵士を好きな位置に転送できる』能力。富岡城を攻めた『天草一揆』と合流し、原城に居座ってからは奇襲に用いた力だ。


「何のつもりだ、ハルファス」


 今まで他者に行使したことはあっても、自分に使った事はない。直接的な戦闘経験の薄い上に、形だけとはいえ総大将だ。様々な意味で前線とは無縁の彼は、初めてその力のすさまじさを知ったのである。

 場所は……少しだけ木々が茂る雑木林。遠巻きに原城が見える地点。幕府軍の厳重包囲の外側に、あっさりと脱出していた。どこでも味方を好きな地点に転送できる能力……それを応用すれば、戦地からの離脱だって難しくないのは想像がついた。


「もう一度聞く。何のつもりだ?」


 契約を交わした悪魔、鳥の姿の悪魔へ四郎は問い詰める。

 悪魔とは、基本的に契約を破れないモノだと呼び出す書物に書かれていた。そしてハルファスの特徴は……戦を好み、流血をたしなみ、残酷な戦場を望む悪魔。故に戦乱を起こす目的であれば、それを対価に力を貸す。

 それらの記載から、天草四郎はある仮説が思い浮かぶ。ハルファスは……戦争や流血に繋がる以外の形で、力を行使する事はないだろうと。実際、召喚直後に『人心を掴むために力を行使したい』と提案した際は、にへも無く断られていた。

 なのに……今回の行動は極めてハルファスらしくない。ただただ問いかける四郎に対して、悪魔もまた感情的に吠えた。


『何のつもりだ? だと? てめェ分かり切った事を聞くんじゃねェよ! オマエを生かす以外にあるか!』

「⁉」


 言葉をすぐに噛み砕けなかった。激情を発露したが、悪魔が持つ邪悪な圧は感じない。誰もが持つような人間臭い『情』が、ハルファスから溢れていた。

 予想していなかった発言に、四郎は驚き戸惑いを隠せずにいる。固まったままの彼に、ハルファスは言い訳めいた言葉を並べ始めた。


『今回の戦争は……悪くなかったよ。中々滑稽な人死には見れたし……これから城への総攻撃が始まりゃァ、それはそれは凄惨な地獄が見れるだろうさ。だがそこに、四郎が加わる事はねェ』

「ふざけるな。あるに決まってる。周囲の奴らが用意していた面もあるが、この戦争はオレの意志だ。負けた癖しておめおめと生き残る気はない」

『キリシタンなら『最後まで生き足掻く事』が美徳なんだがな。ホントに信仰とかどうでもいいのな、お前』

「敬虔な信者なら、悪魔を呼び出すものかよ」

『そりゃそうだな。カカカ』


 ハルファスが愉快そうに笑う。気安く話しかける様子に、いよいよ四郎の困惑は深くなった。


「どういう心変わりだ? お前は……人の死を、流血を望んで好む悪魔じゃなかったのか?」

『その通りだよ。人間が激しくり合う光景はたまらない。ソレ見るために力を貸す。オレサマと人間の関係は、たったそれだけだ』

「だったら、なんでオレを逃がそうとする? オマエの趣味に反するだろう? お前にとって……契約した奴も、他の戦地にいる人間も、等しく人間に変わりない。違うか?」

『くくく……分かるか。そりゃ四郎だもんなァ……』


 何故……何故ハルファスは苦笑しているのだろうか? 何故、妙に親し気な雰囲気を醸し出しているのだろうか? 悪魔の心情が読めない四郎は、いっそ少し不気味がっている。そんな彼を意に介さず、ハルファスは過去の事例を開示した。


『まァ、今まではそうだったナ。契約したヤツも、そうでない人間も、等しく人間に違いない。だからよォ……『戦場から逃げるために転移を使おうとした』場合と、オレサマ呼び出しておいて、流血がツマラネェ規模だったら……もれなく敵地の真ん中に飛ばして、中身をブチ撒けるトコを見て留飲を下げてた』

「……なら、なんで?」

『分かんねェか?』


 質問を質問で返す声色には、妙な女々しさを含んでいる。心情に気づいて欲しいと言わんばかりだ。しかし正直、さっぱりである。観念したように、ハルファスは己の心証を吐き出した。


『オレさ……トモダチや仲間いないのよ』

「何? 何を言い出す?」

『悪魔同士の会合でも、オレは流血沙汰以外に興味がねェモンだから話が続かん。かといって人間の場合、契約したヤツとは取引ビジネスだけの関係性でさァ……必要な時以外喋ったりしねェのよ。四郎だけなんだよ、オレが気楽に話せたのはサ。戦勝の酒を共に飲もうってヤツだって……一人もいなかったよ』

「…………」


 たった、それだけの事。取るに足らないような事だが……悪魔ハルファスにとって貴重な体験だったらしい。


『一般的な友情ってヤツは、オレにはよく分かんねェが……多分、これがそうなんだろうよ。お前にゃ死んでほしくねェんだ。今は逃げて……そうだな、また何かもう一回派手に戦争をおっぱじめようぜ。オレ達二人で……出来る限りで、死をまき散らし続けようじゃねぇの』


 あまりにも最悪な発言だが――天草四郎であれば、決して嫌わない事をハルファスは知っている。自分を呼び出し、他者の死を笑い物にし、そんな悪魔と共に酒を飲む……そんな人間だと知っている。

 ただそれだけの初体験が、ハルファスにとっては新鮮だった。あくまで『戦争の手助けする存在』として、人間とはただの契約関係しか築いてこなかったから。

 けれど天草四郎は違った。いつもと違う関係性……最初こそ契約を交わしたいつも通りだったが、途中から悪趣味の仲間として……共犯者感覚で今回の戦争を楽しんでいた。初めて抱いた情……一般的な友情とは違うが、天草四郎を死なせたくないと言っている。一度こうしてハルファスの意志で安全圏に連れ出した所から……嘘ではあるまい。

 死なずに済むと言われた、天草四郎。希望を示された天草四郎だが――

この回はほぼ100%創作ですね。言わずもがなですが。

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