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異説・天草四郎~悪魔と見る島原の乱  作者: 北田 龍一


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最後の選択

 一揆勢の状態は悪化し続けていた。

 尽きる食料、包囲された自分たち、展望のない未来を突きつけられている一揆衆。となれば……一部の人間は食料を獲って来るとか、幕府軍との小競り合いの際に、そのまま帰ってこなくなった。いよいよ下がり切った士気だが、一揆勢内部への文句は少ない。

 何せ誰もが、松倉家の統治に対する反感は持っており……だからこそ城から逃げだしても、一揆衆の内部を裏切って崩そうとはしなかった。

 しかし、全く状況を好転させる要素ではない。軍議に参加する者の顔つきは一様に暗く、揃えたつらの頬もこけ疲弊している。上層だろうが下層だろうが、餓えは等しく人を苦しめていた。


「……もう、命運は尽きたか」


 議題は無く、好転の要素も無い。そして少し前に密使が訪れ、無抵抗の者であれば見逃すと通達した。

 言い換えれば『これ以上抵抗を続けるなら、容赦なく貴様らを殲滅する』との最後通告である。日本人同士の戦であれば、総大将が腹を切って決着をつけるのが主流ではあるが、その選択は、二つの意味であり得なかった。


「この場にいる我らは、一人残らず逃げれん。幕府は一揆を主導した者を『反逆者』と認定している

「だろうな。温情にも限度はあるし……俺達がした事の規模を考えれば、お咎めなしの方がおかしな話だ」

「……そもそも、私達は覚悟の上で一揆を起こしていますからね」


 幕府に対する反乱・反逆行為だとは……承知の上で起こした行為だ。今更逃げる気もないし、逃げられるとも思っていない。日本人であれば『潔く腹を切る』と頭をよぎるものだが、キリストの教えがそれを許さなかった。


「私達に自死は許されません。それは人を殺すより重い罪業です」

「あぁ。最後まで生き抜いた上で死ぬことが正しき道」

「ならば幕府の連中に、目にもの見せてくれる。一つあだ花、咲かせて見せましょうか」

「おうともさ」


 キリシタンの彼らは、自殺を良しとしない。彼らの宗教観・死生観では――『最後まで精いっぱい生き抜いた上で死ぬべき』との教えがある。それを投げ出して自死するなど、逃避に他ならぬと禁じているのだ。


「しかし、この決意は我らの物。松倉家への恨みつらみで行動を共にした者まで、巻き込むことはない」

「あぁ。まだまだ未来のある子供や、さほど戦う気の無かった女子たちまで、命運を共にせよと言うのは流石にな……」

「助命の条件として『キリストの教えを棄却する事』と命じられましたが……仕方ありますまい。誰かが生きてさえいてくれれば、希望は繋がる」

「うむ。最後まで全身全霊をかけて生き足掻く事。それこそが我らキリシタンの美しい生き方故。真に正しきものは、早々に滅びたりせぬよ」

「益田殿……四郎様の説得はどうでしたか?」


 益田甚兵衛……預言の子の父に問うと、ほろ苦さと喜び、そして皮肉の混じった笑みを浮かべながら首を振った。


「……信心篤あつい者も少なからずおってな。一時でも信仰を捨てて生きるくらいなら、我らと命運を共にすると」

「…………」

「島津藩……松倉家に恨みを抱いた者達の中にも、頭下げて生き延びるくらいなら刺し違えてやる、という気概の者もおるようでして。私もその場にいましたが、思った以上に四郎が心を掴んでいたようです」

「口惜しいな……ここまで人の心を掴めるたなら、何か一つ城を奪い取るか、海外の信仰篤き国と結べていれば、あるいは……」


 形だけの総大将……最初こそ誰もがその認識だったが、彼の人望は決して偽物ではない。誰が見ても絶望的な戦況で、逃げ道を用意されたにも関わらず……最後まで、ついて来る者が多いようだ。

 何か一手、何か一つ違っていれば、一揆勢は本当に独立自治を勝ち取れたのかもしれない。だからこそ江戸幕府も、本気で島原・天草一揆を潰しに来た。彼らにとって最悪の事態を、封殺するために。


「過ぎた事を言っても仕方ありますまい。最後は派手に散ってやりましょう」

「ところで益田殿……四郎様の説得は出来ましたか?」


 助命の話が出てから、一揆勢はある計画を練っていた。それには、天草四郎本人の同意が必須事項。多くの者がある事を願っていたが、益田甚兵衛の様子は良くない。


「四郎の決意も固くてな。この原城で果てる気のようだ」


 大人たちが一斉にため息を吐く。助命を利用して天草四郎を逃がそうとしていたが、肝心の本人が首を縦に振らなかった。


「幕府は四郎様の容姿を知らぬ。美形の方だ。厚化粧すれば女に化ける事も不可能ではありませぬ。それで外に逃がせると考えますが」

「そうだ。奇跡の子である四郎様を死なせる訳には行かない。元服もしたばかりだ」

「何より彼であれば再起も図れましょう。何とか説き伏せて下さい」

「……期待はしないでくれ」


 若さゆえの頑なさか、信心の深さから来るのか、それとも……形だけでも総大将に据えられた以上、その責を果たすつもりだろうか? 生きてここの出る気のない自分の息子の下へ、重い足取りで益田甚兵衛が天守へと歩く。

 何かと話しているかのような声が、聞こえて来た。


「……ルファス、お前まで……何度も言わせ――」

「――四郎?」


 そっと戸を開け、息子に声をかけようとした。

 ――まばゆい光と共に、天草四郎が消える場面が見えた。

これは後々判明する事であり、事前に助命が行われたかどうかのノイズになっている部分です。

史実を知っている方であれば、この後一揆勢がどのような末路を辿るかを、ご存じかと思います。その時どうも……女子供も若い人も残っており、資料によってブレはあるものの、かなりの人数が死亡しています。このことに加え、公的に助命した記録も残っていないので……勧告なしに攻撃が決行されたとの説もあったり。

本作内では『助命の通達が秘密裏にあった』線で話を進めていますがね。

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