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異説・天草四郎~悪魔と見る島原の乱  作者: 北田 龍一


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降伏勧告の是非

 原城の完全包囲から一か月が経過した。

 時期は二月。まだまだ冬の寒さは厳しく、硬直状態に幕府側の兵たちもれた心情が見え隠れしているが……確実に戦況は有利に働いていた。


「やはり一揆勢、完全に餓えている。胃の中にほとんど何も入ってない」


 幕府軍の総大将、松平信綱は……死んた一揆勢の死体解剖を行っていた。護衛兼検分補佐の忍びが、彼の傍で静かに呟く。


「我ら忍びや、他の大名に任せても良いでしょうに」

「君らの忠義を疑っている訳ではない。しかし己が立てた戦略の効果は、己自身で確かめたいものだ。それに、前任の板倉重昌の討死もあってか……他の大名たちは、私が前線に出るのを嫌がる。過保護なもので、いよいよやる事も無く暇を持て余し気味だ。加えて君らには君らにしか出来ない仕事があり、大名諸侯は前線を見張ってもらいたい。となれば、それがしが手を動かすべきであろうよ」


 松平信綱……幕府から派遣された大物であはるが、彼の立ち回りは実に地に足の着いた堅実な物。出来る事を自分でこなし、空いた手数で着々と戦局を詰めていく。非常に隙の少なく効率的な立ち振る舞いに……忍びは胸に敬意を抱きつつ別件の話に入った。


「松平様、拙者せっしゃ達の仕事を報告しても?」

「島原藩の調査だな。どうだった?」


 松平信綱は……一揆勢に応対しながら、同時に『今回の一揆はなぜ起きたのか』の実態調査を忍びに指示していた。今は戦闘に集中しているが、時が経てば証拠を隠滅される恐れもある。籠城戦の硬直状態もあり、手の空いた忍びに情報収集を任せていたのだ。

 死体検分の後片付けに入りつつ、松平は報告に耳を傾けている。忍びは……冷静になるよう努めて、事実を報告した。


「真っ黒です。誰が見ても……このような統治では、反乱が起きるのは必然と思えます、キリシタンだから云々の話ではござらん」

「……松倉や島原藩傘下の者が、妙によそよそしかった。やましいものがあるのだろうとは感じていたが……証拠は当然押さえたな?」

「勿論です。税収帳簿やお触れ書きに……死体まで」

「死体? 何故死体が証拠になる?」


 すぐには繋がりが読めず、聞き返す重鎮。純粋な疑問に返す忍びの声は、無意識に怒りが滲んでいた。


「代官所から、税を納められなかった者や……人質に取られた者が拷問死した遺体が発見されたのです。複数個所で発見された事から、島原藩内では日常的に行われていたと見て間違いありませぬ」

「――……九割の税制だの、事細かに税を課す体制があるとも噂で聞いた。尾びれ背びれが付いただけと予想していたが……実態はどうなのだ?」

「真実です。信じたくないような内容が」


 松平が深々とため息を吐く。これで――一揆を制圧する前と後に、もう一仕事しなければならない。そのことが確定した。


「松倉家は厳罰……情勢と事態の大きさを鑑みると、家の取り潰しは避けられんだろう。しかしどうしたものかな……何とかキリシタン以外は、見逃してやりたい気持ちもあるが」

「此度の一揆勢の処遇ですね」

「あぁ。一揆勢の中には……キリシタンではない者も少なくない。長いものに巻かれるような形で断り切れず……そういう立場の者もいる。だから兵糧攻めで干上がった城から、逃げ出す人間も出始めている訳だ」


 固い信仰によって結束しているように見えて……微妙な綻びがあると、矢文でのやり取りで気が付いた松平信綱。兵糧攻めに切り替えた理由もここにある。だからこそ一つ、彼は新たな課題に悩んでいた。

 ただこのまま、武力で制圧する形は望ましくない。暗に示す松平に、忍びはある事をすすめた。


「でしたら、降伏勧告を行うのは? 代表者や指揮を執った者の切腹を持って、残りの者を助命すると……」

「その方法は……問題点が二つある。まずキリシタンは腹を切らん。キリストの教えによると、殺しより自殺の方が重い罪と記されているらしい。故に、キリシタン大名に切腹を命じても断った。一揆を仕切っている者達は強い信心を持っている。同様の事が起こるであろう」


 これは史実である。なのでキリシタン大名が切腹を断ったなら、斬首刑を執行せざるを得なかった。日本式の『腹を切って詫びる』死生観と、キリスト教の死生観は全く別物なのだ。


「二つ目は?」

「上様が『キリシタンに対して断固たる応対』を望んでおられる事だ。此度の一揆もあり、いよいよ上様はキリスト教と海外勢を締め出す。故に『寛容に許した』と公的に残したくない。むしろキリシタンに対し、一切の慈悲なく断罪に処すと示さねばと……」

「しかしそれですと……今も原城に立てこもる、四万人近い者を皆殺しにすることになりませぬか?」

「うむ……仮に一揆を鎮圧したとて、これではその後の領地運営に支障をきたす。上手い手はないか?」


 政治的事情から……原城やキリシタンに対して、表立って投降や降伏勧告をする訳にはいかない。けれど『参加せざるを得なかった一揆の衆』の者もいるし、皆殺しを決行すれば、今後の統治に支障をきたす。忍びも目を閉じ、ため息交じりに進言した。


「では……情に厚い将が殲滅を良しとせず、密かに誰にも言わずに、一揆勢の一部を逃がしたとするしかありませぬな。おおやけに残せない以上は」

「そこに紛れて、何人かの『キリシタン』にも逃げられる危険もあるが……仕方あるまい」

「しばらくは、踏み絵や監視を厳しくするしかありませぬ。ただしあくまで『キリシタンのみ』の取り締まりに留めるすべきでしょうな」

「でなければ、此度の二の舞……乱を終息させても、それで終わりではなさそうか。お前たちにもまだまだ働いてもらうことになるだろう。しっかり交代で休んでおくように」

「御意」


 一揆を鎮圧してめでたしめでたし。それで済むならどれだけ気楽な事か。

 しばし続くであろう後始末の面倒さに、忍びと松平の両名は、白い吐息を深く吐き出した。

 総大将の松平信綱ですが、自ら検死を行い、一揆勢の胃を確かめたと記録に残っています。現代人と比べれば、生臭いのも平気な時世でしょうけど……よーやりますわ。

 また、一揆勢に対しての降伏勧告ですが、公的な記録には『勧告を行った』との記載は発見できませんでした。しかし一説によると『投降を認めて一万人近く助命された』との話もあります。


 いやいや『一万人の見逃しが、公的記録に残ってないのはあり得んじゃろ』と思うでしょう。が、ここで後々の歴史の流れや政治的背景を加味すると……『助命した事を公的記録に残せなかった』可能性が出てきます。

 後々幕府は『鎖国』を完成させます。オランダと中国を除いで貿易を禁じ、海外勢及びキリスト教の禁止を決定する流れです。この島原・天草一揆も理由の一つでしょう。キリシタンが起こした大々的な反乱事件……これも大きなきっかけとなり、いよいよ海外勢力を完全に追い出す流れになるのです。


 が、本作を読んだ方でしたら、それはあくまで一側面。一揆の原因には『圧政・重税』も大きな要因だと理解していただけるかと思います。

 にもかかわらず私達の感覚としては『これはキリシタンによる反乱』の印象が強い。それは何故か?

 作者が考えるに――徳川幕府が、この事件を『キリシタン・海外勢力許すまじ』の動機として、強く喧伝したからではないか? と考えます。


 元々江戸幕府は……キリシタンに対しての弾圧、ひいてはキリスト教・海外勢力の追い出しに躍起になっていました。そこで『キリシタン達の武装蜂起』の事件が起きたなら、『皆殺し』以外の選択肢がありません。要は『お前らキリシタンが信仰を捨てないなら、江戸幕府は一切慈悲なくブチ転がすぞ』と、国中に示す必要があった。言葉ではなく、武力と実行力で。なので……『降伏勧告を行った』『助命した』との記録は残せなかった。『キリシタンに対する江戸幕府の容赦の無さ』を、国中に示すために。


 ですが同時に、薄々『島原藩のやり過ぎ』にも気が付いていた。ただの信仰に対する弾圧だけで、この規模まで膨れ上がるのはあり得ませんからね。さほど本気で一揆に加わっていない層がいる事も、矢文でのやり取りで主張にブレがある事実から認知していた。

 だから、キリシタン以外の領民に対しては助命を考えたい。しかし江戸幕府としては助ける訳にもいかず……板挟みの状況があったように思えます。

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