孤立する一揆勢
「益田殿……! これは……これはどういう事ですか……⁉」
最初の大砲による攻撃が行われてから三日後、一揆勢の上層・浪人衆の間でも動揺が広がっていた。しかし誤解しないでいただきたい。きっかけは砲撃ではあるものの、それによる人的被害・物理的損害に怯えているのとは違う。彼らが狼狽しているのは、自分たちが抱いていた目算が外れてしまったからだ。
「どうして……どうして海外の船が我々を攻撃するのですか⁉ 敬虔なるキリシタンたる我々を守り、その庇護下に加えていただけるのでは……」
「そうです! 我々が築く楽園の後ろ盾になってくれると……その彼らが何故……」
「部下のキリシタン達にも動揺が広がっています。海外の、キリスト教本場の人々が……同じ信徒であるはずの我々を、こんな苦難と困難の中で、信仰を守り続けている我々の事を見捨てるのかと……」
彼らの動揺を誘ったのは――『海外の船から攻撃された』事だった。教えを広めていた海外の者達が、自分と同じ信心を持つはずの彼らが、この決起に無関心なはずはない。清い信仰を説いていたのに、それを信ずる自分たちを見捨てる筈はない、と。
だが現実はどうだ? 連日に渡って海上から砲撃が飛んでくる。この時代の日本に、砲を積んだ船は存在しない。つまりあの船は外国製の艦船で確定。精度が荒いとはいえ、城と言う目印があるのに、敵味方を誤認する訳もなく……自分たち一揆勢を狙ったのは明確だ。
「何とか……何とか海外の誰かと連絡を取れませんか……?」
「……難しい。今は幕府軍に原城は包囲されている」
「しかも警戒も厳しい。アリの子一匹通さない体制だ」
本気を出した幕府軍は、原城を徹底して包囲封殺の構えを取っている。衝突は小競り合い程度で、さほど盤面は悪化していないが……先の砲撃が一揆勢の士気に悪影響を与えていた。『我々は海外のキリスト教勢力に見捨てられた』と。
実は――彼ら一揆勢の認識には誤解がある。それを説明するには、海外情勢の背景を語る必要があるだろう。
当時この時代、海外では既に『キリスト教』とひと括りに出来ない情勢だった。約一世紀前の十六世紀ころ、ルソーが始めた宗教改革によって……伝統的信仰派と新世代抗議派に分裂していた。彼らは対立し、果ては一部地域で戦争にまで発展し、この時期はドイツで戦乱中だ。
江戸時代の日本人が、それを知らないのも無理はない。海外勢は全く無関係の土地に、交易と信仰を広めるために来ている。その信仰の解釈で戦争になっているなど、どうして進んで開示するのだろうか? その情報を得ている層は、江戸時代の日本ではごく一部だけだろう。
それを重ね合わせると、今回の『砲撃』の一件は見え方が異なる。
初期の頃日本と積極的に交易し、キリスト教の布教を行っていた主勢力のポルトガルは伝統的信仰派で――今回原城に砲撃したのは、後の鎖国下でも日本と交易を続けたオランダであり、新世代抗議派が主流だった。
早い話、オランダ勢からしてみれば……原城に立てこもっているキリシタンは『大元は同じでも今は敵対的な宗教勢力一派』に映る訳だ。江戸幕府に金を積まれ、砲撃を依頼されれば断る理由はない。
そんな機微や関係性、政治的な背景を知らない日本のキリシタン達は……『味方から攻撃された』『海外から見捨てられた』と解釈した。いやせざるを得なかったのだ。
恐らく江戸幕府か徳川家光は、そうした心理的効果・背景を見越した上で、外国船からの砲撃を依頼、実行したのだろう。士気が高いのならば下げてしまえばいいし、力攻めが通用しないなら、力攻め以外の方法で陥落させれば良い。現に一揆勢の心情と士気は、ここから悪化の一途を辿るが……その中で天草四郎は動いていた。
「戻りました。父上」
「四郎……どうだった? やはり下の者たちは動じていたか?」
「はい……特に信心深い者ほど『外国船に攻撃された』事に深く傷ついている様子でした。ほとんど当たらなかったとはいえ、砲撃の音や衝撃も不安を煽りますから」
「そうか……」
「――やはり討って出るべきか?」
「馬鹿な。それこそ敵方の思うつぼだ。籠城以外の選択肢はない」
「しかし……このままでは士気も下がる一方だぞ……」
具体的な打開策を考えるが、良い案は見つからない。元々、追い詰められて決起した一面はあるし、外国のキリスト教信徒頼みだった側面もある。理想としては、富岡城か島原城を陥落させたかったが……それも叶わなかった。幕府と交渉するには、一揆勢は手札が少なすぎる。一揆勢を主導する者達には、現状が如何に危険かを理解できていたのだ。
不安が広がる中、天草四郎は現状を父親たちに報告する。
「どうにか皆を宥めて、今は落ち着いています。これからも私が、彼らに声をかけ続けます」
「すまない。頼むぞ四郎」
人心を引き付けるカリスマがあったとされる、天草四郎。残された記録の中でも、彼は士気が下がり続ける原城内で、人々を励まして回ったと書かれている。
だが――悪魔と契約していた彼は、既にその後の結末が見えていた。
八方ふさがりの大人たちの軍議を他所に、一人ため息交じりに天守閣に登る四郎。一匹の鳥の悪魔が近寄ると……四郎は、壮絶な顔つきで笑って見せた。
「ハルファス。大勢は決したよ」
『……何言ってやがる』
「戦の悪魔なら、分かるだろう? 当てにしていた援軍は期待できないし、味方になるであろう勢力は外に無い。そんな中で籠城したって――このまま兵糧攻めで干上がるか、弱り切った所を攻め込まれておしまいだよ」
どんな堅牢な城に籠っていても、外部からの援軍が無ければ、いつか必ず陥落する。これは日本に限らず古今東西、戦場の基本的な事項だ。
戦争の悪魔たるハルファスも、知らない筈はないのだが……鳥の姿の悪魔は、不快に顔をそむけたように見えた。
砲撃を受けた原城内部では、士気の低下と激しい動揺が起こりました。
本編内でも語られていますが、この攻撃を『海外の勢力に見捨てられた』と解釈する者が多かったのです。物理的な打撃より、心理的動揺を狙って江戸幕府はこの作戦を決行したと思われます。
これは、ここより少し未来の話になりますが……この砲撃依頼の際に、江戸幕府とオランダの間で、何か契約が結ばれていたら面白いですね。オランダと中国だけが、鎖国下でも交易を許された相手ですので……ここで信用できると判断したのか、砲撃の代わりに交易を許可したのか、それとも……江戸幕府がオランダ側に仕掛けた『踏み絵』だったのか……うーん想像が広がりますねぇ!




