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異説・天草四郎~悪魔と見る島原の乱  作者: 北田 龍一


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23/33

海外への憧憬と

 にらみ合いが続き、動きと言えば一揆勢と幕府軍の小競り合いのみ。激しい戦闘は行われず、停滞感が漂っていた。

 状況の読めない不安はあれど、幕府軍に叩き潰されていないだけマシだ。これからきっと、南蛮のどこかがキリシタンの弾圧を知って、自分たちを助けてくれる。訪れる救済を夢見て、今の不安や苦しみは試練だと考えているようだ。

 天草四郎は……大人たちの政治的な話からは蚊帳の外にされているのもあり、下々の所に足を運んで、様子をよく聞いていた。元々『預言の子』ともくされ、実際に『奇跡』も起こし、幕府軍を一度撃退した功績が、ますます彼を神聖視させていた。


「大丈夫? 何か不足している物があるなら言って欲しい。出来る範囲で努力しよう」

「四郎様……! なんとありがたい事か!」

「んだんだ! 四郎様についていけば、きっと楽園に行けるべ!」

「四郎様……ポッ」

「こらっ! 恐れ多いぞ!」

「ははは……」


 美少年の救世主となれば、民からの信望も厚い。その瞳の中には、もはや本来のキリストの信仰よりも、天草四郎こそを信奉するような気配もある。『そう思われるように』立ち振る舞って来たのもあるが、誰も彼の本質を知らなかった。

 ――ある一人の悪魔を除いて。


『本当に上手く騙すモンだ。ハンニバルの野郎もこうやったのかねェ?』


 ソロモンの悪魔、ハルファス。キリシタン達の救世主と崇められる彼が、いくさを起こすからと呼びつけた悪魔だ。流血を好む悪趣味なヤツだが、四郎との関係は悪くない。周囲を気にしてから、悪魔の呟きに応じた。


「過去に契約した誰かの名か?」

『うんにゃ。契約したヤツの敵対相手。千年以上前の海外ヨーロッパの人間』

「随分遠い話だ。記憶力がいいのか? ハルファス」

『あんまし人間の個体名は気にしねぇが、ハンニバルはマジで別格イレギュラーだから頭に焼きついちまった』


 人間よりずっと長い時を過ごしてきた悪魔。人智を超えた存在の悪魔。そんな上位存在の一柱は、明らかに畏怖と敬意を込めた口調で、特定の人間の名を呼ぶ。遠い異国の昔話……四郎も興味を引かれた。


「そんなに凄まじい将だったのか?」

『ヤベェとしか言えん。敵地に飛び込んで物資略奪して回りながら、他民族や現地民を取り込んだ混成軍を率いて、反乱一つ起こさせなかった』

「人心を引き付けるなんてぬるい次元じゃないぞ、それは。悪魔とでも契約して心を操ったと疑いたくなる」

『分かる。すごく分かるが、純粋な人心掌握カリスマ技能だけだ。オレサマが言うんだから間違いない。おまけに、オレサマの権能込みでソイツと戦って、契約者様がぼっこぼこにやられた』

「冗談だろう? こんな『反則』があって?」


 兵を別の場所に移す異能があるのに、一方的に敗北するなど……よっぽどの事が無ければ難しい。しかしハルファスは大まじめに語って見せた。


『最初の一回の転送は奇襲したが大して崩せなかった。二回目の転送で迎撃・応対されて効果が薄かった。三回目で……こっちが転移する地点とタイミングを先読みして、完璧な逆包囲で全滅させられた』

「……化け物か?」

『まごう事無き化け物だ。まるで上から、戦場全体を俯瞰しているかのように兵士を動かしてやがった。飛んで見ていたから分かる。ありゃもはや……芸術とすら思えるような戦術・戦略殺戮だった。これはオレが悪趣味だからって訳じゃねェ。軍師や戦略家であれば、一人残らず『美しい』って言うだろうよ』


 戦争に手を貸す悪魔に、ここまで言わせる人間がいるのか。世界は広いものである。巨大な船を浮かべて、長旅の果てに有る地でも……変わらぬ営みはあるらしい。

 その時ふと、天草四郎は海に目をやり、あるものが気になった。

 大型の帆を張った船が見える。ゆっくりとだが、こちら側に近づいているようだ。大きさや形状からして日本国内の船じゃない。外国船だ。

 四郎の目線の移りに合わせて、ハルファスも船を認識し、上機嫌な声を出した。


『おっ? あれってもしかして……お前らが期待してた『海外の救い』ってヤツじゃねェの?』

「……それはない。いきなりここに外国船が来るのは妙だ。港が無いし、まず前段階の話し合いが必要で――」


 政治的な事を口にする天草四郎。一方、悪魔のハルファスは目を細めて……船が装備し、装填しているモノを見つめていた。


「どうしたハルファス? 目を凝らして?」

『アレは……大砲か。火薬と砲弾も詰めて……って大砲⁉』

「どうした? さっきからうるさいぞ」

『四郎マズいぞ! 屋内に入れ‼ 外の連中が使ってる穴ぐらでもいい‼ 砲撃が来る‼』

「⁉」


 遠雷が轟くような音が、原城周辺の海域を揺らした。続いて、何らかの質量が風を切る音と共に、真っ黒い球体の影が落ちてくる。直後、大地を揺らすのは金属の塊。人どころか城や設備を破壊し得る砲弾だ。

 一応、大阪冬の陣・夏の陣で大砲は使われているが……当時の日本に普及していない。特に生粋の農民は……何が起こったかが分からず慌てふためいた。


「な、何が起きた⁉」

「火縄銃か⁉」

「にしては大きすぎる! 雷……⁉」


 動揺が広がっていると知り、天草四郎はマズいと判断。混乱を起こさないように、そして人的被害を出さぬために指示を出す。


「皆さん! 落ち着いて! 恐らく幕府が購入した大砲です! 音が鳴りやむまで、屋内か住居用・潜伏用に掘った穴の中に避難して下さい!」

「は、はい!」


 この日以降……原城の海側に艦船が現れ、大砲による砲撃が何度も行われた。物理的な被害はさほどなかったが、ここから一揆勢に暗雲が立ち込める事になる……

幕府軍は原城に対し大砲による砲撃を実行しました。外国船に砲撃を要請し、海上から原城敷地内を照準し大砲を発射。本編内では描写を省きましたが、地上陣地からも砲撃を開始。物理的な被害は少なかったですが……ここから一揆勢の雲行きが怪しくなっていきます。




おまけ ハンニバルについて。

軍事オタクが早口で解説を始めるであろう人物です。このお方。

敵地に飛び込んで十年以上荒らして回ったとか、アルプス山脈を象を随伴させて乗り越え越境して攻め込んだとか、現代の戦術・戦略にまつわる教本に、未だに名前が載るほどの包囲殲滅陣形を考案・実行した方でして……創作だとしてもやり過ぎなレベルの無茶苦茶を、紀元前の時代にやってのけた方です。

なお、この人物に十年以上蹂躙されて国家の形を保っていたローマって国家と、この方の戦術を喰らって生き延びて、戦法を学んで直接ハンニバル本人にやり返したスピキオって方もいたり。なんだこのバケモノの乱立⁉

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