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異説・天草四郎~悪魔と見る島原の乱  作者: 北田 龍一


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生じた綻び

「これも効果無しか……」


 松平信綱は頭を抱えた。原城を包囲して一週間以上が経過したが、全くと言っていいほど進展がない。忍び込ませた忍者は二日と経たずに露呈し、掘り進めた地下道も瞬時に把握され崩落した。何度目かの軍議だが、参加する武将たちも表情が苦々しい。


「敵方の応対が早すぎる……こうも早く露呈するものか?」

「まさかとは思うが……こちらに間者が潜り込んでいる可能性は?」

「それについて報告は直接、忍びに聞くとしよう……どうだ?」


 松平信綱が問いかけると、すぐに脇に控えた忍びが口を開く。今回は最初から同席を許されていた忍者が、静かに首を振った。


「複数の組に分け、相互に監視し、独自の査定で調べましたが……我ら幕府側に間者はいない。そう判断せざるを得ませんでした」

「確かか?」

「間違いありません。我々忍者同士でさえ、内通者の存在を疑いました。その上での結論です。ただ……」

「ただ?」

「天草四郎なる者についてご報告を。情報を集めた所……その……どうも天草四郎は『奇跡』を起こせるとの噂がありまして。あり得るとすれば『奇跡』とやらで察しているのやもしれませぬ。眉唾な話ですが、参考までに」

「そんな馬鹿なと言いたいが……疑いたくもなるな」


 どんな手品か知らないが、忍びの潜入も地下道も効果無し。手品か妖術か、それとも本当に奇跡を起こしているのか? 考えても仕方ない事を頭の片隅に追いやって、次の報告を松平が将に求めた。


「一揆衆側からの矢文の返事ですが……どうも不安定といいますか、微妙に文言が違いまする」

「どのように?」

「まず『自由にキリストの教えに従い、独立したいからこれ以上の干渉をしてくるな』と言い張る者達がいます。こちらは、森宗意軒や益田甚兵衛などの名が書き連なっておりますな」

「知れた名か?」

「この地域の浪人と裏が取れております。率いているのは彼らでしょう」

「一揆衆のかしらと見るべきだな。しかしこれは……あまりに行き過ぎた要求だろう。日本からの独立など認められる訳が無い!」


 やっと豊臣家が天下を統一したのに。大坂夏の陣を終えて、戦乱の世が終わったと言うのに、再び分断の戦火が上がるなど許されない事だ。しかもキリシタンが絡んでいては、国内だけでなく外国をも巻き込んでの形になる危険性もある。武士としても江戸幕府としても、絶対に呑めない要求だ。

 一通り武将たちが憤り、感情を吐き終えると、続けて忍びが報告した。


「大将の『天草四郎』は益田甚兵衛の子息だそうです。既にかの者の母や姉妹の存在も把握しており、所在も割れてます。キリシタンのようですが、いかがなさいますか?」

「捕らえて情報を吐かせろ。使えそうなら人質に」

「御意」


 女、子供であろうと、敵方であるなら容赦はしない。それが今回の事件の首謀者であり、キリシタンならば猶更だ。続けざまに松平信綱が問う。


「キリシタンが絡んでいる事は確実か。忍びよ、上様にご用命していた例の件は?」

「まもなく実行できるかと。さらに増援を送るそうです。これで軍勢は十万を超えるでしょう」

「おぉ!」

「それだけの大軍を投じて何を?」

「忍びの潜入が難しい以上、もう外部との繋がりを完全に断つ。こちらからも入れないが向こうも出れん。そして大軍で包囲すれば、他の地域の者が決起し、合流するのも難しくなるだろう。最悪、余剰の戦力を派兵させればいい。一揆衆は守れても、打って出るほどの練度は無い。そう判断した」

「原城を孤立させる、という事ですな」


 本格的な包囲を敷きつつ、松平は次の一手を用意している。増援も期待できるなら、幕府軍の士気は落ちていない。話題が落ち着いた所を見計らい、一揆衆から受け取った別の矢文について将が報告を上げた。


「上の者どもはそのようなこころざしでしょう。賛同するキリシタンも異論は無さそうです。けれど一揆衆の全員が、そのような目的ではないようですぞ」

「別の矢文には?」

「『松倉勝家の首さえ持ってくるなら、即座に腹を切っても良い』とも。重い税や弾圧をしていたとの陳情……いえ、もはやこれは恨み節としか……」

「キリシタンだから、ではなく?」

「はい。どうも領民全体への圧政があったようで」


 島原藩の者は反論せず、そっと目を逸らした。申し開きも無く、嘘とも言わない。事態の収拾が済んだら、彼らにも厳罰は下るだろう。とはいえ今は後回しだ。さらにこうも続く。


「さらに……『一揆勢が村を焼き、反抗的な者に対して暴力的であったために仕方なく』とか『身内を人質に取られている』との矢文もありました」

「全員が全員、心から望んだ形でもないと?」

「少数ながら、そうした層もいるようで。場合によっては助命嘆願も受けつけますか?」


 松平信綱は顎に手を添えて、小さく喉を鳴らしてから答えた。


「まだ早い。が、やっと一つほころびが見えた」

「おぉ……さすが松平殿! して、策は?」

「長期戦……兵糧攻めを仕掛ける。さすれば、先ほど述べたような『消極的な者達』逃げ出すだろう。そうでなくとも、相手方に増援や救援の当てがない」

「お待ちくだされ、海外の者が出しゃばって来る危険は? キリシタンへの弾圧となれば、奴らにとって口実になるやも……」

「案ずるな。既に上様が『干渉不要』と釘を刺しておられる」

「流石ですな!」


 江戸幕府の動きは早い。下手に介入される前に、敵の増援の芽を潰している。迅速な援護に、将たちも安堵の表情を見せた。


「これで包囲戦を仕掛ければ、奴らはいずれ干上がる」

「仲間が逃げ出した上に兵糧もなければ、内部の士気はいずれ落ちるでしょうな」

「時間はかかりますが、良い策かと存じます」


 もう幕府に油断は無い。力押しをやめ、腰を据えた持久戦へと切り替える。

 さらに用意した『もう一手』を放つのは、この軍議の数日後の事だった。

 ほぼほぼ史実です。

 最初こそ何らかの突破口を探していた幕府軍ですが、原城が固いと知り、持久戦の構えに切り替えます。江戸幕府との連携や、一揆に参加していなかった天草四郎の母や姉妹を捕縛、増援により軍をさらに膨らませ……最終的には12万近くの幕府軍が原城を包囲していたとの記録もあります。

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