協力的な悪魔
幕府軍と一揆衆の対立は、小康状態に入った。
三度の敗戦を受けて彼らも学んだらしい。無理攻め、力攻めを控えて、遠方から原城を睨むような形をとる。さらに矢文もいくつも打ち込まれ、こちらと交渉するような姿勢が見えた。
「これなら……幕府からの独立も勝ち取れるか?」
「いやいや、それより先に松倉勝家の処罰を求めよう!」
「先に海外との繋がりを取る方が先で……」
いくつかの意見が出てくる。周囲は『奇跡を起こし、カリスマ性のあるリーダー』と天草四郎の事を認識しており……事実、あまり政治的な動きに興味を持っていない。確かに一度は戦火が落ち着いたが、だからこそ天草四郎はある懸念を持っていた。
「父上、皆さま、まだ気が早いのではありませんか?」
「四郎様?」
「まぁまぁ四郎、ここは父や皆にに任せておけばよい。四郎は人々によく目を配って欲しい」
天草四郎は、つい笑いそうになってしまう。要は『お飾りが調子に乗って口を出すな』を、機嫌を損ねないように丁寧な言葉で包んだだけの事。まぁ、天草四郎本人も、政治的な出世をする気はあまりないし……彼が警戒しているのは、もっと実直な危機にあった。
「幕府が私達の討滅を諦めた……そう判断するには、早いのではありませんか?」
「…………」
三度敵を跳ね飛ばし、快勝もしたが……幕府は軍を引いていない。敵方が武力制圧を諦めていないのは事実だろう。
「もちろん次の展望を考えるのは大事です。しかしだからこそ……この緩みを幕府軍は狙ってくるかもしれません」
「む……確かに意識が少しそれていたが……四郎よ、例えば何を仕掛けて来ると?」
「そうですね……例えば間者を潜り込ませてくるやも。私達の分断を狙ったり、何らかの工作活動で私達の首を狙う、でしょうか?」
「うぅむ……確かに我らの人数は四万に近い。その中に密偵を潜り込ませるのはあり得る」
「力攻めで城を落とせない以上、次は搦め手で攻略を狙うか」
「……逆の立場でもそうするな。確かに」
一揆衆の中に、忍者の潜入させる……ありがちな手口の理を認めた四郎の父は、顎に手を添えてしばし考える。まかりなりにも父と子、益田甚兵衛は息子と目を合わせて問うた。
「四郎、できるのだな? 間者の洗い出しが」
「えぇ。私達の信心を持ってすれば」
「心強い。応対を任せるぞ」
「はい」
言葉はそれだけで十分だった。彼らも彼らで、政治的な事を詰めたいらしい。四郎に仕事を押し付けつつ追い払った……そんな所か。
『ケッ! 醜い大人どもだゼ!』
天草四郎と契約した悪魔、ハルファスが彼にしか聞こえない声で愚痴る。周囲に誰もいないのを確かめてから、16の少年も口を聞いた。
「そう言うな。オレも情勢を把握している訳じゃない」
『とはいえよォ~ッ……こうも露骨だと腹が立たねぇか⁉』
「ま、この一揆が上手くいけば……後々オレにも、最低限オイシイ思いはさせてくれるだろうよ」
『一番うまい所を齧った後じゃねェーの⁉』
「かもしれないが……どうしたハルファス? 妙にオレの肩を持つじゃないか」
戦にしか興味がない……そんな言動をハルファスはしていたし、今までもあまり天草四郎の言動を気にしていなかった。なのに突然、急に態度を変えたように見える。彼の言葉にハルファスは頭を掻いた。
『元々期待して無かったが、この前の殺戮は愉しめたんでね。近いのがまた見れるなら、多少の肩入れはするさ』
「ふぅん……」
『あっ! 信じてねェな⁉ そういう態度ならよォ……さっきの裏切り者云々について、オレサマの力を使った裏技があるんだけど、教えるのヤメちゃおっかなァ~っ⁉』
「思わせぶり過ぎるだろう。人間関係築くの下手か?」
『う、うぐっ! 悪趣味なモンで、悪魔の中にもトモダチいないんだよォ~ッ‼』
「くくくっ、だろうな。オレだって心を許す相手なんざいない」
周囲を窺い、一人きりなのを確かめ、ハルファスの言う所の『裏技』を聞き出した。
『オレサマの『味方を自由に転送する権能』だけどよォ……言い換えれば『味方しか』移動できねェんだ。どういう意味か分かるか?』
「なるほど。もしも転移の力を使った中に忍者が紛れているなら……ソイツだけ取り残される?」
『正解!』
これがハルファスの能力、その裏技か。味方だけを移動させる能力を用いて、密かな裏切りを企む輩を炙り出せる。こんな便利な技を自分から教えてくれるとは。さらにハルファスは――
『それと、もう一ついいか?』
「まだあるのか?」
『違和感自体は小さいんだけどよォ……この城の地下が辺りからそわそわする。ちょいと前にも話したが、今この城はオレサマの神経が通ってるようなモンだ』
「そのお前の感覚、神経が何か違和感を訴えてると?」
『そンな感じ。まだ表面をひっかかれてる……みたいな?』
「場所を教えてくれ。念のため調べてみよう。『神のお告げがあった』とでも言って指示しよう」
一揆衆へ密かに差し向けられていた、幕府軍の工作。それらをハルファスの力で、天草四郎は応対した。これにより、悉く、幕府軍の破壊活動・工作活動は失敗する事になる……その未来を予想してか、冗談めかしてハルファスが言い出す。
『ハッハー! なんかこのままだと、オレサマが一揆衆の神様になっちまいそうだぜェ‼』
「何なら像でも立てて、日本式で祀ってやろうか?」
『それはそれでムズ痒いぜ。つーかいいの? キリシタン的に』
「キリシタン的にはダメだろう。が、日本人ってヤツは宗教観適当なのに、恩義には妙に律儀でな。助けてくれるなら、悪魔にだって礼を言う。これはオレ個人だけじゃないだろうよ」
『ヘンな民族!』
そうは言いつつ、まんざらでもなさそうなハルファス。事実、一揆軍は幕府の工作を跳ね飛ばし続け……長らく硬直状態を維持していた。
力攻めが通じないと理解した幕府側は、忍者を潜入させたり、トンネルを掘って地下から攻めるのを狙おうとしたのですが、それらは失敗に終わりました。理由はよく分かっていませんが……史実の天草四郎も、奇跡か何か使ってたりしたんでしょうかねぇ……?




