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異説・天草四郎~悪魔と見る島原の乱  作者: 北田 龍一


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20/33

指揮の引継ぎ

 新たに派遣された松平信綱が幕府軍に合流したのは……三度目の総攻撃の三日後とされている。すぐに前任者から話を聞こうとしたが、ここで彼は板倉重昌の戦死を知った。


「なんたる事だ……功を焦ったにしても、これは……」


 今まで幕府軍は、所詮は辺境で起きた農民百姓の、一時的な反乱と認識していた。おおよそ今までの一揆は、そのような形式が多かったのも確か。しかし現実はどうだ? 廃城だったとはいえ、強固な守りを誇る原城に立てこもり、士気も異様に高い。素人ばかりと思いきや……浪人上がりの者が部隊長のような役割を果たし、正規兵ほどの練度ではないが、確かに部隊として運用を可能としている。各種装備も揃っており、結果三度の無理攻めで約一割の兵員を喪失。それに加えて、大将に指名した重昌も討死だ。


「も、も、申し訳ありませぬ、松平信綱様……」

「農民風情にこの体たらく……!」

「我らとしても、重昌殿の命に逆らえず――」

「よい。弁明は」


 叱責に近い、強い断言に大名たちは発言を控えた。松平信綱は、既に現場の状況に多少察しがついていたから。


「派兵する前から、板倉殿では諸大名が従わぬかもしれない……そんな危惧をする声も、幕府重鎮の中にはあった。だが所詮は『農民が起こした一揆に過ぎぬ』と、侮っていたのも間違いない。故に諸兄が『農民風情』と侮るのも、それがしは責められぬ」


 前任者に従わなかった事は『落ち度』として釘を刺すが……油断した点については寛容な姿勢を見せる。新たな総大将は、事態を重く見た幕府からの派遣。実績や石高だけでなく、実務能力も確かだった。


「刀狩りも実行した以上、農民だけでは大した武具も扱えない……それがしもそのように侮り、板倉殿と近い失態を犯したやもしれん」

「かような事を申されますな」

「滅相も無い。我ら一同の不甲斐なさ故」

「殊勝な態度は良いが……諸兄を不甲斐ないとは某は考えておらぬ。代わりと言っては何だが、認識を一つ改めていただきたい」

「と、申されますと?」


 まだ現地入りして間もない松平信綱だが、彼は一つの現実を正しく見据えていた。


「これは既に、ただの一揆ではござらぬ。諸兄の敗戦は……敵の動向と内情を正しく把握していなかったが故の事であろう。本当に『ただの農民による一揆』であれば、我ら幕府が三度もおくれを取る事などあり得ぬ」

「確かに……」

「用兵も心得ているようであったし、士気も異様に高いように見受けられましたな」

「怯えて逃げ出す様子も無かった。城の復旧の早さといい、練度の有る兵士もいた……」


 大名たちは松平信綱の意見に同調する。実地で敵と直接刃を交えたのもあり、もはや『ただの規模の大きい一揆』の認識に疑念はあったのだろう。武士の誇りに傷が付いたと憤っていた時期もあったが、手痛い敗北と松平信綱の言葉が、彼らに考えを改めさせた。


それがしの手勢は多くはない。しかし、必要な人員を上様から預かっている。――来てくれ」


 彼が一言発すると、どこからともなく一人の人間が姿を現す。全く気配を察せられなかったことから、武将たちも何者かを悟った。


「忍び……ですか? いやしかし……」

「ただの忍びではござらん。本来は上様の直属の者だ」

「なんと!? そ、それはつまり――」

「家光様は……此度の一揆を極めて重く受け止めておられるのか……」


 そう、ここまで事態が大きく長引いた事で、江戸幕府は『辺境で起きた一揆』から『江戸幕府を揺るがしかねない大事変』と認識を改めていた。松平信綱を先導・護衛し、さらには現地で彼らの支援するために、有力な忍者を同行させていたのである。

 松平信綱は、全員に目を配らせて宣言した。


「三度の攻撃失敗は不問とする。上様とて、いずれ火を消し止められるだろうと、最初の内は静観の構えであったが故。

 だがこれ以降の早駆けや独断専行、功を焦った突出や攻撃などは控えていただきたい。相手を侮れば、板倉殿の二の舞になる事は必然。それがしの指揮の下、諸兄らには慎重な行動を心得ていただく!」

「「「はっ‼」」」


 流された血の重さ、事態の重大さを明確に伝えれば、やっと九州の諸侯は一つの軍としてまとまりを見せる。指揮権の掌握を実感した信綱は、早速今後の方針を全軍へ伝えた。


「まずは、敵方の情報収集を行おう。矢文を送り、相手方の要求を聞き出す。文言の中から、何か手がかりが見つかるやもしれん」

「原城は包囲しますか?」

「まだいい。あえて何か所かに穴をあけ、遠巻きに警戒する形を取りたい。後から来た村人が合流できるような形にして……忍びを内部に潜りこませる。――できるな?」

「承知」


 松平信綱の脇に控えた忍びが、一言残してつむじ風のように消える。早速準備に取り掛かったのだろう。さらに彼は、もう一つ作戦を練っていた。


「並行して、金堀かなほりの得意な者を集めさせ……地下から洞穴を掘り進め、原城への奇襲を試みる。難攻不落の要塞だが……別口で道を作れれば突破出来るやもしれぬ。各藩の中から見繕みつくろっていただきたい」

「は!」

「ただちに!」


 三度の失敗、指揮官の死亡、そして一割近い兵の喪失を受けたが……それでもまだ、幕府軍は折れてはいない。むしろこの失敗と敗戦を受け、彼らは本腰を入れて事態の収拾にあたっていった。

松平信綱が着任した時は、三度目の攻撃の後……散々たる結果を突きつけられた場面でした。流石にこれはもう、ただの田舎の一揆ではないと認識を改め、本気で事態に対処する姿勢に変わりました。

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