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異説・天草四郎~悪魔と見る島原の乱  作者: 北田 龍一


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19/33

快勝の一揆勢

 1月1日……激しい幕府軍との戦闘を終え、死傷者の手当てに追われていた。

 流石に無傷とはいかなかったが……敵軍の大攻勢を考えれば、凌ぎ切った事実が大きい。約五万を超える幕府軍を追い返し、こちらを遥かに上回る損害を与え、さらに――


「間違いありません! 敵の大将……板倉重昌を討ち取りました‼」

「おおぉ……! 一体誰が?」

「三会村金作殿の銃撃です」


 見事に敵大将の眉間をブチ抜いた人物が、照れくさそうに笑って益田甚兵衛と酌み交わす。彼らはかつて、同じ大名につかえていた顔なじみ。金作は地元で射撃の名手として知られており、その腕は全く衰えていない。敵が突撃を仕掛けた瞬間を狙い、敵総大将の眉間を狙撃して見せたのだ。


「流石ですな!」

「いよっ! 下針金作‼」


『針の穴すら狙える人物』と言われ、この一揆の前までは猟師として生計を立てていた彼。しかし重税の酷さは彼の生活にも影を落とし、今回の一揆に参陣した形だ。


「ささ! まだ戦は終わっておりませぬが……紛れもなくこれは勝利と言えよう。幾分か羽を伸ばして下され!」

「くっくっく……! 幕府に一泡吹かせてやったわ!」

「これできっと、教皇様も我らの事を認知して下さったはず……」

「この調子で、松倉勝家もブッ殺してやろうぜ!」


 一揆軍全体で、ちょっとした戦勝祝いの空気が流れる。奪った兵糧から上等な酒もふるまわれ、誰も彼もが酔っていた。

 様々な思惑、様々な背景を持つ人々の中に……天草四郎の姿もある。彼はすべての人の所に赴き、今回の勝利を労っていた。


「きっとこの勝利を、天も見届けてくれたでしょう。今日の戦で死んでいった者も、過去の悪政で拷問され、死んでいった者達も……報われた事でしょう」

「四郎様……!」

「なんとありがたいお言葉か……」

「あぁ……あぁ、そうだな。俺の息子や女房の魂も、救われた事だろう」


 この一揆に至るまでの過程は、あまりに苛烈な現実があった。すべての犠牲、すべての苦難は、今日この日、奴らに思い知らせるためにあったと確信する。これは正当なる復讐だとさえ、言い切る者さえいるだろう。

 ……それを頭ごなしに否定できない、どうしようもない悪政が施行されていたのも確かだが。

 一通り様子を見て、ひとりひとり丁寧に労いの言葉をかけた後……それとなく、四郎は父に言い残した。


「少し夜風に当たってきます。天守で一人に」

「おぉ、そうか。……気を使う必要はあるか? 四郎よ」

「特に考えてはおりません。今はこの苦難を乗り越える事が先決かと」

「何を言う四郎。元服も済んだんだ。世継ぎは早めに作ってくれた方が安心できる。この父に孫の顔を見せてくれ」

「気が早いですよ、父上」


 苦笑しつつ、天草四郎は城の一角に足を運ぶ。周囲に人がいないのを確かめたと同時に、彼と契約した悪魔が降り立った。


『カーッカカカッ‼ 見事なモンだな天草四郎!』

「上機嫌じゃないか、ハルファス」

『そりゃそうだ。オレサマが見たかったのは、まさしく今日の流血なんだからよォ~ッッ‼』


 幕府軍の無謀な突撃を迎撃し、敵側は多くの兵を失った。負傷者も含めれば、あるいは一万人に届いたかもしれない。間違いなく大勝利と言える。

 四郎もくっくと笑いながら、畳の敷かれた一角に胡坐をか。懐からそっと取り出したのは、日本酒の入った徳利とっくりだ。


「――酒は行ける口か? ハルファス」

『ん? 好きでもねェし嫌いでもねェが』

「今回の勝利、お前の力による部分も大きい。どうだ? 一献」

『こういうトコは、人間変わらねェのな』


 鳩の姿の悪魔が、四郎と向き合う形で畳に降り立つ。小さなお猪口ちょこを二つ差し出し、四郎は酒を注いだ片方を差し出しつつ、ハルファスと会話を続ける。


「こういうトコ、とは?」

『戦勝祝いで酒盛りするコト。古今東西、人間ってヤツは変わんねぇゼ。この酒は初めて見るが……あと作法も分かんねぇ』

「気にするな。人間如きに合わせなくたっていい。何なら飲まなくたって」

『オイオイオイ! 異国の酒が目の前にあるのに、飲まないヤツがいるかよ!』

「それもそうだ。では」

『お、おぅ……いただくぜ』


 器用に羽でお猪口ちょこを持って、器用に日本酒をグイッと飲もうとするハルファス。瞬間、彼はむせた。


『ゲホゲホゲホッ⁉ 辛っら⁉ 果実酒ワインとは全然違うなオイ⁈』

「はっはっは……そんな一気に行くものじゃないぞ」

『先に言え先に……って、いや、酒なんて大なり小なり、慣れてねェヤツはちびちびたしなむモンだったわ……』


 反省する悪魔を他所に、天草四郎も軽く煽る。元服したての彼もまた、顔をしかめていた。


「すまんハルファス、これは辛口の日本酒だ。もっと飲みやすいのを用意すべきだったな……」

『まァ、なんだ、そんなこともある。それに気持ちは受け取ったし、一番見たいモンは見せてもらったさ』

「人の死にざまか」

『あァ。特に敵の大将が死ぬトコはサイコーに笑えたゼ! 「え? オレ死ぬの?」って感じの間抜けつらで、眉間に穴が開いてよォ‼ オレサマ個人としては、生の感情をむき出しにして、近接戦で殺し合う場面のが好みだが……あれはあれで味わい深い』

「くそっ、オレも見たかったぞ……」

『カッカッカ‼』


 人の死を肴にして、戦勝の酒を煽る二人。両者共に悪趣味だが、しかしだからこそ……確かに通じる感情もあったのだろう。感情が落ち着いたハルファスは、眼差しを真剣に変えて四郎を見据えた。


『正直に言えば――今回の契約は、あんまし期待しちゃアいなかった。所詮知らねぇ国の、ちっぽけなしらける戦争で……オレサマと契約を結んだ奴とその仲間が、無様に死ぬトコみて留飲を下げる。多分そんな感じになるだろうなァと思ってたが……

 ところがどうだ実際? こっちは四万に届くような人数がいて、相手方の同数……いやそれ以上の敵兵を跳ね飛ばして殺し、まだ戦争を続けられる上……契約者様は、オレサマの趣味に理解があるときたモンだ』

「くくっ、お気に召したか?」

『おうともよ。オレサマの力もうまく使うし言う事ねェ。もうしばらく楽しませてもらうぜ、シロウ』

「ありがたい」


 それは酒が入って出た本音か、悪魔なりの戯れだったのか……誰もいない部屋の中で、戦争の悪魔と、預言の子とされた聖人は、二人きりでしばし、美酒に酔った。

ハルファスと天草四郎の会話は創作ですが……幕府軍の総大将、板倉重昌の眉間をブチ抜いた射手は本当のようです。

三会村金作 と言う人物ですが……どうもマジで二つ名を持ってた、銃の名手だったようです。天草四郎の父親、益田甚兵衛と同じ主に仕えていた時期もあったらしく……恐らくですがここで顔見知りになり、一揆の際に声をかけたのでしょう。

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― 新着の感想 ―
下針金作きた! 30年前に読んだ隆慶一郎作「死ぬことと見つけたり」上巻のキーパーソンじゃないですか! 三会村金作が本名なのですね、この年になって知るとは歴史沼は実に面白いです!
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