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異説・天草四郎~悪魔と見る島原の乱  作者: 北田 龍一


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18/33

討死

 板倉重昌は焦っていた。

 戦の世が終わり、徳川幕府による太平の世を築きつつある。それはつまり――『既に決まった大名の地位は、よっぽどの事がない限り動かない』と言う事だ。

 逆に言えば、今回の乱はその『よっぽどの事態』なのである。この機会を逃せば、次に出世する機会はいつになるか……自分の代で訪れるかも分からない。加えて、今回の事で招集した諸侯が、あまり彼の指示に従わなかった事も影響していた。

 板倉重昌の所領は小さく、石高も高くない。此度の一揆で諸大名をまとめきれなかったのも『九州の各大名と比べて、板倉重昌の所領が小さかったがためにナメられてしまった』一面もあったとされている。


「ここで……ここで何としても武功を上げる! 松平殿の手は借りん!」


 武士の誇りを傷つけられたからか、それとも幕府や後続の人員にさげすまれたくなかったからか……何にせよ功を焦ったのは間違いない。攻撃を控えるべきだ、後続の松平信綱の合流と増援を待つべきとの、慎重な意見もあったが……九州の諸大名たちも『農民にしてやられた』事実を受け入れていなかったのかもしれない。五万の兵員を導入すれば、今度こそ一揆衆も蹴散らせると侮っていた。

 かくして1月1日、幕府軍は三度目の総攻撃を開始した。その結果が――


「い、板倉殿! 正面を攻めた所、逆に城内に引き込まれて集中攻撃を受けておりまする! 早急に救援を!」

「ふざけるな。私の話は『よそ者の指図は受けぬ』などと突っぱねた癖して……危機に瀕してから助けてくれ? どの口で言っているのか!」

「しかし!」

「それに……むしろこれは好機ぞ。そちらに敵が集中している隙に、搦め手より攻め上がるように指示を出せ!」


 無茶ではあるが、ギリギリ戦術として成り立たなくもない指揮。いわゆる城の裏口たる搦め手は、正面突破に比べれば防備も薄い。正門で敵軍を引き付けている隙に、搦め手から攻撃を仕掛ける手法は、日本の城攻めにおいて基本形の一つでもあった。


「進め! 進め! 一揆勢を討ち取れぇぇええっ‼」


 城の裏側と正面の門、その両方から攻め上がる幕府軍。だが一揆衆の抵抗も激しい。先行する別隊に追い付くと同時に、一斉に銃声が鳴り響いた。


「うおっ⁉」


 内部の門で足止めを喰らい、軍全体の前進が阻まれている。銃口も、降り注ぐ弓矢も恐ろしいが、何より一番の脅威は前衛を張る一揆軍の士気の高さだった。


「恐れるでない! 我々の決意を幕府軍に知らしめてやるのだ!」

「その通りだ!」

「今更死ぬのが怖いもんか!」

「これは……これは我々が安寧を得るための、聖戦であるッ‼」


 幕府に対し、島原藩に対し、たっぷりと溜め込まれた怒りと憎しみが、彼らを強く結束させた。とっくに死の覚悟を決め、逃げ道を失った者……弾圧と圧政により、一揆衆はもはや死兵に近い。油断と慢心で初動を失敗し、招集をかけてもまだ甘さが抜けきらない幕府連合と比較して、あまりに気迫が違い過ぎた。


「なんでだ……どうして突破できん⁉」


 それは油断、それは士気の差、それは陣形、それは統率の差――

 要因を上げるなら、いくつも存在する。ただ一つ明言できるのは……これだけ悪条件が重なっている局面で、力攻めを行う事の愚かしさだ。

 功を焦っていなければ、あるいは冷静に危険を察知できたのかもしれないが……既に始めてしまった戦は、止める事ができない。この行動、この決断を『正解にするしなない』のだから。

 だがしかし……現実はあまりに無常であった。


「い、板倉殿! 火急の要請です!」

「何事ぞ!?」

「搦め手を攻撃していた松倉勢が劣勢! 包囲攻撃されておりまする! 救援を!」

「どうしろと言うのだ⁉ こちらは正面から攻めているんだぞ……⁉」


 複数の方面から攻撃を仕掛けていた幕府軍。正面門と裏門からの挟み撃ちだが、堅牢な城に阻まれ、一揆軍の攻勢と士気に跳ね飛ばされ、逆に危機に陥っていると言う。しかし裏門にいる部隊の救援を、どうやって正面部隊が行えるのか。無能に喚く配下に、不利ばかり続く戦局に頭に血が上って――


「えぇい! 貴様らばかりに任せて置けるか! 私も出る!」


 顔を真っ赤にして吠える板倉重昌。戦局を見るためか、それとも自らが前線に出て鼓舞こぶするためか……彼が馬を降り、一歩前に出たその時だった。


「撃てぇーッ‼」


 一揆衆の号令。火縄銃を構えた一団がどこからともなく現れ、苛烈なまでの集中砲火を浴びせる。轟く火薬の発砲音。思わず板倉重昌の伝令役は顔を伏せる。再び視線を前方に戻した時――大将の板倉重昌は、ゆらりと後ろへ倒れて行った。


「い、板倉殿……?」


 大の字で倒れる総大将の額には、赤黒い穴が開いている。目は呆然と虚ろに見開かれていて、地面に身体を投げ出してから……血が溢れ出した。

 誰が見ても、即死している。伝令役はすぐさま声を張り上げた。


「い……板倉殿が討たれた! 全軍撤退! てっ退たーい!」


 ――その言葉に、異論を挟む者はいない。既に無理攻めの気配が濃厚に漂い、加えて大将まで喪失したとなれば……幕府軍は攻勢を維持する理由がなくなったのだ。

 かくして、1月1日に行われた三度目の幕府軍の攻撃は失敗に終わる。多大な流血と大将の板倉重昌が討死したが、一揆勢に大した損害は与えられなかった。

 ――どこかで『悪辣な笑い声が、上空を飛び交っていた』との証言もあるが、真実は定かではない。

 ほぼ史実です。

 もうすぐ幕府から増員として、新しい大将の松平信綱が着任間近でしたが……功を焦った板倉重昌は、一月一日に三度目の攻撃を仕掛けます。


 前二回の攻勢と比べて、板倉重昌本人の焦りもあってか、攻勢は激しかったようです。が……ほとんど一揆勢に打撃を与える事は出来ず、それどころか大将の板倉重昌は銃撃を受けて討死。公的な記録に『額を撃たれて死亡』と残っているので、多分ですが綺麗にヘッドショットされたんでしょうねぇ……


 この戦闘で、幕府軍は4000人の死者を出したとも言われています。五万人を動員していたのを考えると『軍の約一割と総司令官を失ったうえ、何の戦果も得られませんでした!』という悲惨な結果ですね……

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