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異説・天草四郎~悪魔と見る島原の乱  作者: 北田 龍一


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16/33

予想外の苦戦と焦り

 幕府軍の最初の攻撃は……将に多少の油断はあったものの、被害はさほど大きくなかった。

 雑な攻勢ではあった。一揆衆を侮ってもいた。しかし敵軍の士気の高さと人員の数、そして何より原城の防備の厚さを思い知った幕府側は、早急に兵を退く形をとる。死傷者は出ていたが、軍全体を揺るがすほどの損害ではない。一度撤退した後に、諸侯は再び軍議の時間を取った。


「一揆の者ども……存外やりますな」

「武具も行きわたっているようですし、士気も高い。所詮ただ農民共が、不満を垂れ流しているだけかと……」

「キリスト教の下に団結している節もありますし、何より厄介なのが――」

「奴らの拠点、原城ですな。ここまで堅牢な城とは……!」


 三方を海に面した土地に築かれた原城は、城として理想的な立地を持つ。放棄されていたのが不思議なほどの強固な防衛拠点に、この場を任された板倉重昌も頭を抱えていた。


「五万も兵を預かったのに、この体たらくでは……何か妙案はありませぬか?」

「先の戦闘は油断があったからだ。もう一度数で押せば……」

「馬鹿を言うな。城そのものは侮れぬ。せめて敵の戦力を分散させられるなら……」

「いっそ海側から攻め上がる方法を考えますか?」

「……あの断崖絶壁を? 鎧や武器をしょって?」

「正兵では無理か。板倉殿、幕府からお抱えのしのびは?」

「おりませぬ。仮にいたとしても、腕利きの者でなければ難しい。となれば数も用意できず……軽い工作活動がせいぜいでしょう」


 総大将がそう締めくくると、重苦しい沈黙が場を占める。要は『幕府直々の命にも関わらず、自分たちには打つ手が見えない』と言っているようなもの。けれど任命された板倉重昌は、その現実を受け入れがたいようだ。


「――二度目の攻撃を仕掛ける」

「勝算はお有りで?」

「わからん。だが、このまま黙って見ている訳にもいかない。何らかの突破口が見えるやもしれぬし、今度は諸兄も油断しますまい」


 顔つきは渋いものの、板倉の言う事にも一理ある。このままいたずらに時を浪費するのも違うだろう。具体的な案はないし、まだ各藩の将をまとめきれてもいないが……もしかしたら、ただの一揆衆と侮らず攻勢に出れば、相手の防備を崩せるかもしれない。そんな希望的観測。

 ――後日、板倉重昌と彼に招集された九州の各大名の連合は、第二回の攻撃を原城へと仕掛ける。

 だが結果は……一回目の攻撃とさほど変わらない。一揆衆に大した損害も無く、幕府軍側は攻めあぐねていた。


***


「板倉殿……」


 何度目かの軍議、全く城攻めの目途が立たない中、どこか責める声色が板倉重昌の神経を逆なでる。苦々しく結んだ唇と表情には、隠し切れない怒りが滲んでいた。


「分かっている……分かっているとも。しかし諸兄も指示に従っていただきたいのだが」

「「「……」」」


 幕府軍側の士気は低かった。二回の攻撃に失敗したのと、各藩から招集した影響で……まだ将の心をすべて掌握しきれていなかった。統率を欠いている自軍に、失敗続きの司令官、加えて堅牢な城に攻めあぐねる手詰まり感が、彼らを苛立たせ停滞させている。それでも、彼らなりにやる事はやっていた。


矢文やぶみの返事は?」

「来ております。が……」

「どうした? 申してみよ」

「それが、内容に差異がありまして……」


 報告の者も図りかねるのか、確証のないまま内容を開示した。


「『あくまでキリシタンとして、自由な信仰とこの国からの独立をしたい』……だからもう幕府の指図を受ける気はないから、放っておいてくれという内容が一つ」


 各藩の将がざわつく。この内容は『当時の九州の大名やその配下』ならば、心当たりがあったから。


「少し前に問題になった『キリシタン大名が勝手に外国に土地を献上しようとした』案件にも似ていますな……」

「故に豊臣家はキリシタンを恐れて禁止し、徳川将軍初代の家康様もその方針は継承なされたと」

「各所でキリシタンへの弾圧も続いておりました。これは、それに対する反発?」

「と、思いきや……別の矢文にはこうあるのです。『我ら一揆衆は罰し、処刑となっても構わぬから……島原藩当主、松倉勝家に相応の処罰を求める』と。キリシタンへの弾圧もそうですが、どうも農民に苛烈なまでの税を取り立て、厳しい処罰をしていたようで……その後も島原藩への恨みつらみがびっしりと」

「………………」


 島原藩出身の将が、露骨に身を小さくして目を逸らした。詳細は分からないが、心当たりはあるらしい。


「……もしや、完全に意志の統一は為されていないのか?」

「だったらあの士気の高さに説明がつかん」

「率いている誰かがいるのか?」

「矢文にて総大将は誰か? と問うた所……『天草四郎』なる者だそうです。なんでも、見た目麗しい16の青年で、なんでも『奇跡』を起こせるとか。キリシタンの中で、人々を救う天童と『預言』されていたとの噂も……」

「……馬鹿馬鹿しい。信じられるか。そいつは傀儡で、後ろに誰かいるに決まっている」

「それは後々、捕らえた一揆衆に吐かせましょう。今は現状を打開せねば――」

「失礼! 板倉殿!」


 軍議の場の中、伝令の者が駆けてくる。重要な会議中に何事か……不機嫌な様子の板倉重昌が文を受け取ると、ぷるぷると手が震えていく……


「いかがなされた?」

「ば、幕府が増援を寄越すと……」

「ありがたい。攻めあぐねておりましたからな」

「ではなぜ、板倉殿は顔色が良くないのだ?」

「…………新たに、総大将として松平信綱殿を据えると」

「「「……」」」


 要は『今の代表の板倉では頼りない』と幕府に宣告されたも同じこと。事実原城を占拠する一揆衆に対し、二度の攻勢をかけても効果が低く、打開の手段も見つからない。素直に支援を受けるのが良いが、板倉重昌の中で何かが崩れた。


「……これ以上、幕府の手を煩わせる訳にはいかぬ。正月に総攻撃をかけるぞ!」

「板倉殿? 力攻めは無理が――」

「そうです。ここは合流を待って……」

「えぇい黙れ黙れ! 我々武士の威信を見せなくてどうするのか……!」


 二度の攻勢に失敗し、江戸幕府からの追加人員も迫る中……板倉重昌は三度目の攻撃を正月に計画し、実行しようとした。

 その焦りからの判断が、大きく彼の運命を決めてしまう事も知らずに。

幕府軍は第一次の攻撃に失敗しました。幕府から任命された板倉重昌は、まだ各大名の人心を掌握していなかった事、それと『ただの農民の一揆』と誤解していたのも大きい。実際は浪人も多くが参加し、さらに復旧工事を終えて要塞となった原城に跳ね飛ばされてしまいました。

一回目は油断したからだ……と考えたからか知りませんが、二回目もさして策も無く攻撃を敢行。しかしこれも失敗し、事態の重大さを理解した幕府は新たな大将を指名し送り込もうとしますが……功を焦った板倉重昌は、合流を待たずに三度目の攻撃を1月1日、正月に決行しますが……

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