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前日譚――圧政と弾圧

 時は17世紀……豊臣の世が終わり、徳川の世が始まった江戸時代……天草の乱がおこる20年ほど前に、ある事件が起こった。『岡本大八おかもとだいはち事件』と呼ばれるこの事変は……雑に表現してしまうなら『キリシタン大名による徳川を騙った詐欺事件』と言った所だ。事実6000両――現代基準で言えば国家予算の少なくない金額――を徳川幕府は騙し取られ、首謀者たる者達は火刑や斬首、切腹を命じられる事になる。

 しかしこの事件はきっかけに過ぎない。豊臣政権から緩やかに続いていたキリシタンへの弾圧は、これを機に加速していく事になる。被疑者・容疑者の取り調べの際、激しい尋問――現代基準では考えられない苛烈な方法で――数多の情報を吐かせていた。


「徳川政権の中に、キリスト教に改宗した者達が多く潜伏している」

「九州のキリシタン達は寺院や神社を破壊し、僧や神主を無残に殺している」

「ヨーロッパ諸国の植民地化手法として、まずはキリスト教を広めてから徐々に浸透する方法がある」


 これらは、資料によって規模に大小こそあれ――史実である事は確実なようだ。

 時の政権を握っていた徳川家康は、この事変を機にキリスト教及び宣教師を危険視。今まではギリギリ黙認していた布教活動を禁止、改宗や信仰を禁じて、徐々に一部の人間を除いた外国人を国外追放に追いやり……果ては鎖国政策に至る道をここから辿り始めた。その政策のトドメとなったのが『島原・天草の乱』と言えるが……何故そこに至ったかを語るには、情報が不足している。当時の島原・天草地方……すなわち長崎の情勢を見てみよう。


***


「さぁて、今日も処刑を執り行うか」


 1637年……島原・天草地方で行われている政策は、控えめに言って常軌を逸していた。

 元々、貿易港として開かれていた長崎は、諸外国から商人が盛んに出入りしていた。交易の条件としてキリスト教の布教活動も許可していたものだから、窓口たる港付近では宣教師の出入りも盛んだ。当然、日本人キリスト教徒の数も多い。加えて、まだ鎖国政策が完全では無かったから……商人のふりをして入り込む宣教師もいたのである。幕府によりキリスト教関連の施設が次々廃止・禁止・うち壊されている中で、だ。

 それは命を賭けた殉教行為。遥か遠くの島国に神の教えを説く情熱か……アジア諸国を侵略するための一手か、それとも混ぜこぜになり、単純な善悪で語れぬような領域かは分からない。けれど確かな事は一つ。公の場でバレようものなら、苛烈な迫害どころか『処刑対象』になる事だ。


「さて……貴様ら、この国の御法度ごはっとは知らぬわけではあるまいな? キリスト教の布教も、洗礼も、ましてや宣教師の入国も禁じたはずだ。だがこれは何だ? 地下に隠れ、聖書だか何だかを一般の本に紛れさせて輸入し、禁じた筈の教えを密かに広めようとしているではないか」

「……」


 代官は捕らえた密入国者、宣教師と他数名を縛り上げ罪状を読み上げる。既に嫌疑の段階は過ぎ、確実な処断の時が迫っていた。

 ――日本で布教活動をしていた者だ。日本語が分からないはずが無い。沈黙を守ろうとする宣教師に対して、お代官様は煽りに煽った。


「ほれ、どうした。何か申し開きをしてみよ。それとも今から教えを捨てるか? おい、踏み絵をもってきてやれ。あと焼き印も用意――」

「…………何故です」

「ん?」

「どうしてこんな事になったのです!? ここ数十年で急激に我々キリシト教徒を弾圧して! はるばる海を渡り、こんな極東までやって来たというのに……! いや、そこまではいい。長旅は覚悟の上だ。けれどここ近年の変わりようはあまりにも――」

「ふん。貴様らの胸に手を当ててみよ。その手法でどれだけの国を奴隷化してきたと言うのだ? 現に我が国の人間も、奴隷として『売り飛ばして』いるではないか。いずれ国家ごと奴隷と化すために、悪しき邪教をこの国に広めている。おかみは、将軍様はそう判断された」

「違う! 神の教えを信じ、説き、洗礼を受けた者だけが死後の楽園に行きつけるのです! このままではあなた方は皆地獄に堕ちますよ⁉」


 ……処刑寸前になってまで、信仰を捨てるどころか教えを説く宣教師。こんな江戸の時世でも、幕府の取り締まりを掻い潜って密入国し、布教に来るような人間だ。損得勘定で動かないような、筋金入りの信奉者に違いあるまい。ぽりぽりと頬を掻きながら、代官は呆れ半分に問いかけた。


「まぁ……そう信じるのは百歩譲って良いとしよう。だが何故他の宗派に対し、攻撃的な言動をとる?」

「神の教え以外など邪教です! 偽りの信仰を持ち、たぶらかされていては……仮に良い生き方をした所で、行きつけるのは辺獄リンボ止まり……悪しき教えやその象徴など、うち壊すに限る!」

「人が何をどう信じようと勝手だ。だが信じた者、信奉する物によって実害が生じるなら、その限りではない。現に我が国では、古くから続く神道も、仏教も、信奉者こそ少ないが儒教とて、他の教徒を極度には害さず共存している。だがキリスト教はその限りではない。大名の中には、勝手に他国に我が国の領土をそちらに差し出そうとする気配すらあった。だから危険視され禁じられた。違うか?」


 代官の言い分は、全くのデタラメでもない。しかしこれから行われる残虐行為の無慈悲さを考えれば、宣教師が吠えるのも無理は無かった。


「……極東の野蛮人が」

「はっ! 本性を現したな。しかし野蛮人ねぇ……どの口で野蛮と言い張る? 他国や他の宗教に敬意の無い貴様らが、他の国の人間を奴隷として買い付ける貴様らが野蛮? 面白い冗談だ」

「口減らしとして……売りつける方にも問題があるでしょうに」

「止むを得ず泣く泣く奉公に差し出すのと、敵を捕らえて商品として売り飛ばすのでは違うだろうが」


 それぞれに事情があり、信仰があり、立場があった。だから……ここでは善悪についてあまり語りたくはない。が、一つだけ主張する事があるとすれば……彼らの処刑方法は、明らかにやり過ぎだった。


「まぁいい。貴様は禁止行為を働いた上、信仰を捨てる気も無い。ならば処断以外はあり得ない。コイツは蓑踊みのおどりの刑に処せ。隣の年貢を収めなかった馬鹿は指を落とした上で全身を水に漬けろ。死体はいつも通り川に流して捨てろ」


 ――キリシタンとは異なる領民にまで、えげつない処刑が言い渡される。一方の宣教師には、当時使われたわらで作った雨合羽……乾いたみのを服の上から着せた。そして――そこに、火をつける。


「っ――!」

「さ、せいぜい踊ってくれ」


 乾燥した藁は、良く燃える。

 それこそキリスト教での『火刑』でも用いられるくらいに。

 そう『火刑』だ。彼らの教えにとって……火にあぶられて死ぬ事は、ただ死ぬよりずっと恐ろしい。先ほど述べたような死後の救済を得られなくなると考えられいたから。

 燃え広がる業火の脇で、やせ細った農民が別室に無理やり連れられて行く。恐らくこの処刑も見せしめの一環か、それとも野蛮な輩の狂った楽しみか――

 パチパチと身を包む炎の中、簡略化された火刑の中で宣教師は眼光を飛ばす。


「――何を信ずるかの話ではない。貴様らは悪魔だ。地獄に堕ちろ」

「他国の事にぎゃあぎゃあと口を出さないでくれるか。もうすぐ死ぬくせに元気なものだ」


 ――やがて藁に包まれた体が、痛みに耐えかね絶叫に変わり、酔っ払いの踊りのようにたたらを踏む。

 これとて、数多ある残虐な処刑法の一つに過ぎない。当時の長崎、肥後の国は……今まさに暗君の施政の下、多大なる弾圧と重税、そして残酷な処刑が横行していた。

本作は……創作と史実の情報がごっちゃになる場面が出て来ます。なのであとがきにて、ざっくりとした整理と史実についてお話ししましょう。

といっても、前日譚たるこの章の内容は……ほとんど脚色や創作を加えていません。それどころか、これですら序章と言わざるを得ない。これ以上はネタバレになりますので言及を避けますが、かなーりグロい内容と胸糞が含まれています。心の準備をした上で読んで頂いた方がよろしいかと。

創作の要素ですが……タイトル通り『天草四郎』に関して多大な創作が含まれます。史実を交えた過去とグロテスク、そして奇妙な友情の物語……よろしければ最後まで、お付き合いいただければ幸いです。

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