表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天と地と  作者: aaa_rabit
最終章
71/72

それぞれの想い

お待たせしました。

 訪問者がやって来たのを幸いと仕事の手を止めたヴァリアスは、眉間に寄った皺を伸ばしながら大きく息を吐いた。執務机は既に書類で埋まり、更に載せきれない書類の束が高々と山脈を作っている。やっても減ることの無い書類達を燃やそうと実行しては補佐官に止められた階数は既に両の指を超えている。そんな彼等も働き出して以来目元の隈が消えることはなく、精一杯やっていることが窺えるからヴァリアスの精神は保っているようなものだ。でなければとっくに逃げ出しているだろう。


 机の木目が見えなくなったのは何時からだろう、そう考えれば自然と思い出すのは消えてしまった彼の補佐官のことだった。欠けた紋章の耳飾りが視界に入る度に、その存在を意識せずにはいられない。



 リトルが消えてから二年が経とうとしていた。


 彼の持つ情報は計り知れず、一時はバーリアス帝国を裏切って他国に亡命したかという噂も流れたが、彼の人柄をよく知る国王その人がはっきり否定したのもあって、口さがない宮廷雀達は沈黙し、やがて話題にすること事態が暗黙の内で禁忌とされるようになっていった。人物の重要性から、未だ捜索の手は衰えてはいないものの、失踪時の手掛かりが皆無だった為に、幾ら優秀な帝国の偵察部隊といえども八方塞がりの状態だ。


 調べていく程に、彼が……彼女がいかに家族を、そしてヴァリアスを大事にしていたかを知って切なくなる。


「酷い顔ですね」

「お前も大概にな」


 それ以上の軽口を叩く気力も無く、ヴァリアスは土産に貰った、隣国で流行りだという菓子に手を伸ばした。マシュマロに似た柔らかな感触ながらすっきりとした味わいに、張り詰めていた緊張が解れていく。文句を言いながらも、共に菓子を買い歩いた日々が懐かしい。


「リトル・グルテアについての報告をします」

「ああ」


 この二年間、定期的に上がってくる報告は同じ内容だ。今回もその限りだろうと報告を促すヴァリアスだが、カップを傾けていた手が止まる。聞き流していた内容を理解するにつれ、目を大きく見開いた。


「……本当か?」

「信憑性については定かではありませんが、公爵家の者によりますと、外見的特徴が本人とほぼ一致するとの報告が」


 異国の外見が目を引いたのだろう。東大陸の住人は黒髪に黒目を持つ人間が多いと聞く。


「ジュード」

「既に真偽を確かめるべく、東大陸に渡る手配を進めております。数日中にはあちらに向かうつもりです」

「っ俺も……いや、あいつに怒られるだろうな」


 当時なら何としてでも自ら迎えに行くと言えただろう。だが、現状を考えれば軽々しく都を空けるわけにはいかなかった。リトルがいなくなった穴は、未だ塞がらずに影響を残している。改めてリトルという存在そのものが異常だと知る切欠にもなったわけだが。


「大人になられましたね、ヴァリアス様」

「煩い」


 しみじみと言われ、ヴァリアスはジュードを睨み付けた。けれどもそれは長く続かず、ヴァリアスは再びジュードの名を呼んだ。


「何か?」

「……………いや、頼んだ」

「御意」


 足早に出て行くジュードとて暇では無いのだ。にもかかわらず報告の為に一々自ら足を運ぶのは、ヴァリアスを思ってのことだろう。

一人残された部屋で目を閉じる。言いかけた言葉は結局音にすることは無く、胸の内に収まったままだ。けれどもその判断は正しかったのだろう。呑み込んだ言葉をジュードに問いかけるのは、彼を疑うも同然のことだ。リトルが実は女でリアナ本人だと教えてくれなかったのも、元を正せば自分の勘違いから始まったもので、彼等に非は無い。


 分かっていて、それでも問いかけずにはいられない。


 何故なのか?と。


 何故、お前は俺の隣に居ない?何故、お前は黙って姿を消した?


 何故、お前は何も俺に言わなかった?




 その問に答える者は誰も居ない。




 一人の時間も必要だろうと、席を外している補佐官を呼ぶことなく執務室を後にする。


 ヴァリアスの無言の問いかけを、ジュードは理解していた。何故ならジュード自身も、幾度となく自問したからだ。不甲斐ない己を責め、また何も言う事なく姿を消したリアナを詰ったことすらある。


 だが、ジュード以上に何らかの感情を抱いているであろう兄は、そのそぶりを一切見せることはなかった。ジュードは淡々と日々をこなす兄の薄情さを責めた。そこで初めてリューグはジュードを殴ったのだ。リューグはジュードにリアナが公爵家にやって来た経緯を話した上で、


 『私達があの子を信じてやらずに誰が信じてやるんだ!あの子は私達の家族だ』


 殴られた痛みが身に染みたのを憶えている。後にも先にもリューグが暴力で訴えたのはあの時だけだ。


 「何があっても俺たちは家族だ」


 そう言い切れるだけの絆がある。だから、ジュードが迷うことはない。


 再会をしたその時には、まずめいっぱい抱きしめてやろう。


 それだけを胸に、ジュードは渡航する算段を模索するのだった。

この一年間、殆どアップ出来ずに申し訳ないです。暫くこんな感じになるかと想いますが、来年もどうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ