最後の旅2
長らくお待たせした上に、相変わらず暗い……。まだ暫くこの調子が続きます。
根元を叩く衝撃はとても少女の腕力とも思えず、手から剣が弾け飛んだ。剣はくるくると弧を描き、無造作に伸ばされた小さな手の中へと収まる。
相対していた者は諦めにも似た思いで地面に転がった。少女が自らの実力を示し、あっさりと傭兵団に入ったのは一月も前のこと。以来、度々手合わせをしているのだが、二人の間に立ち塞がる実力差という壁が高過ぎた。
「康毅」
「……わーってる!次の街で焼菓子奢ってやるよ」
「うん!」
こういうところは年相応なのだが……少女から剣を受け取ると、砂埃を払いながら立ち上がった。
「おう、今日も嬢ちゃんの勝ちか?」
「情けねぇぞ、頭ぁ」
「煩ぇてめぇら!俺から一本取れるようになってから言え」
「……康毅、情けない」
憮然とする康毅に周囲は大笑いだ。
「あはは、よく言った嬢ちゃん!」
「康毅から一本どころか全部取ってる嬢ちゃんには言ってもいいわな~」
「~~てめぇら憶えてろ!」
肩を怒らせて幌の中に姿を消す康毅へと尚も一通り野次を飛ばし、男達は漸く散っていく。既に日常と化した朝の行事だった。
康毅率いる傭兵団”大鴉の翼”の主な活動は、戦闘ではなく町や村を中心とした警護だ。戦闘が泥沼化している昨今、王都や主要都市はともかく地方の治安はかつてないほどに悪く、各町村毎に徴兵を終えた者や徴兵前の若者による警備団を作るのが当たり前になっている。とは言え形成されている組織団はとても小規模であり、大規模な災害、例えば盗賊被害や軍の略奪を退けることは困難であり、そういった時に力を貸すのも傭兵団の仕事である。
リアナがこの世界で生まれ育った環境には傭兵団なんてものは無く、つくづく平和な環境だったのだと思い知らされた。どちらも同じ、人間が治める国でありながらこの差は一体何なのか。
考え込んでいると、同乗していた康毅に頭を軽く叩かれた。何だと意識を戻せば、前方で火の手が上がっているのが視認出来る。
「急ぐぞ!」
言うが早いか馬の速度が急激に増す。周囲の男達も心得たように各々駆け出している。リアナもまた回した腕にほんの少しだけ力を込めた。
煙の原因は大量に雪崩れ込んだ盗賊達の仕業であった。為す術もなく蹂躙されているところだったようで、辿り着いたリアナ達は直ぐさま火を消す者達と盗賊達を屠る者達で団を分けた。当初の予定では火を消す側に回される筈だったのだが、子供であるリアナでは力仕事をするには不向きという理由から掃討する側へと分けられている。康毅は苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、結局はリアナが康毅から離れないことを条件にこの配置を許した。康毅はリアナが手を汚すのを嫌うのだ。
「いいか、お前は殺すんじゃねぇ。絶対に、だ!」
リアナの技量を認めているからなのだろう、無茶とも言える命令だが誰も反対することはなかった。女性を組み敷いていた男の首筋に手刀を入れ、飛びかかってきた男の鳩尾に容赦なく鞘をつく。腕の感触から確実に骨の2本や3本はいっているだろう。力の加減が難しいと思いながら縄をかけて地面に転がしておく。康毅は少し先行しており、慌てて追いつく。
「康毅!一人で先行しては危ないよ」
「んな悠長な事言ってらんねぇだろう!こいつらを逃がしたら他の村にも被害が及ぶかもしれねぇ」
「全く!」
すれ違いざまに馬の足を斬りつける。彼らにはなんの罪もないが、機動力を奪う為にはそうするしかないのだ。突如倒れた馬と一緒に騎乗していた盗賊が地面に叩きつけられる。
陽が昇る頃には火の手は鎮火し、村の中央には縛られた盗賊達が転がされていた。
襲撃されてから間もなかった為だろう、犠牲になったのは自警団の若者二人と子供が一人、そして子供を庇った母親の計四人で済んだ。とは言っても、人口の少ない村では四人でも十分大きな損失である。盗賊達を取り巻く村人達の目は憎悪に満ちており、特に妻と子供をいっぺんに失った男の憎しみは誰よりも大きかった。
「殺しちまえ!よくも俺のかかぁと息子を……っ!」
今にも飛びかかろうとする男を数人掛かりで押さえつけると、村長は困ったように康毅へと目配せした。国や軍が全く期待出来ない現状では、村の采配も全てが村長にかかっている。だが殺すか否か、村長には決断出来なかった。
「こいつらはまだ手配書にも載ってねぇ。気の済むまで殴るもよし、殺すもよし。って言いてぇが……」
過去にも何度かこういう経験はしているが、そこは村人の良心に依るところが大きい。中には悪さをしないことを条件に盗賊達を迎え入れる村もあって、元は農民だった盗賊達は貴重な男手として頼りにされているという事例もある。だが、今回の場合は村人を殺していることもあって、そう容易くはいかないだろう。
「……殺せ。俺たちだってその程度の覚悟はある」
「と、言っているが?」
「むぅ……」
結局村長一人で決めることは出来ず、話し合いが保たれることになった。その間、盗賊達の見張りを頼まれたリアナ達は、数人を除いて村の手伝いに駆り出されている。
「康毅。どうして村長は殺さないの?」
「そりゃあなぁ、一度でも殺しちまったら同じ狢になっちまうからだ」
「でも、憎いんでしょう?」
「そうだな。でも同じ事をすりゃあ良いってもんじゃねぇだろう。憎しみが憎しみを繰り返して結局誰も救われねぇだけだ」
悲しげな目をした康毅はリアナの頭を軽く叩いた。暫く見張りを任せたぞと言い置いて消えていく康毅を見送り、リアナはその場にしゃがみ込む。
憎しみが憎しみを繰り返して誰も救われない、か。この戦争も同じ理由で繰り返されているのなら永劫無くなることはないだろう。リアナには康毅達の行動が無駄にしか思えなかった。ほんの一時の救いなど、大きな力の前には無力である。根元を絶たない限り、負の連鎖は消えることなく繰り返すだけではないのだろうか。
時折逃げ出そうとする盗賊達の骨を折りながら、暫くリアナは思考の海に沈んでいた。