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天と地と  作者: aaa_rabit
最終章
69/72

最後の旅1

お待たせしました。最終章です。

サブタイトルが思いつかないので適当に。思いついたら変更します。

 それは嗅ぎ慣れた臭いだ。


 風が運んでくる澱んだ臭気の中、ただ平然と立っているのは彼女だけである。感慨もなく見下ろす瞳に光りはなく、淡々とした視線が周囲を探る。


 転がっているのは肉の塊だ。焼け焦げたような、最早原型の残らない炭もある。ふと彼女は違和感に首を傾げ、掌を前に出した。


「……?」


 確かに力を込めているはずなのに発現しない。その事に眉根を寄せたところで、ある一点を凝視した。人間離れした鋭敏な感覚は敵であれ味方であれ、新たなる第三者の存在を捉える。けれどもそれらは彼女にとって取るに足らない存在であったため、即座に意識の端へと追いやった。


 程なくして金属が擦れあう音を響かせて、様々な年端の男女がやって来る。


「れあいおpv……」

「たおdぇえいtsg!」

「たあえl!れうぃせうれdfl」

「fだぇいあでdれ!」


 廃屋の前でただ立っている彼女を見つけた男が訳の分からない言語を発しながら駆け寄ってくる。神の子である彼女の知らない言語など無いはずなのに、聞き取れない。そもそもここは何処なのだろうか。記憶を探ろうとすればずきんと痛みが奔った。


「おられlらいうあfgvdf?」


 浅黒い肌の男が彼女の小さく細い身体を抱きしめる。彼女は驚きに見開いた。未だ嘗てこんな扱いをされたことのない彼女にとって、それは未知なる体験だった。


 否、彼女はそれを知っている。


 あれは確か……。


 記憶の焦点が結びそうになると再び頭痛が襲った。


 年老いた夫婦。安心出来る暖かい腕。同じ瞳の色をした人間。手のかかる上司。光り輝く美しい生き物。渡された精緻な耳飾り……浮かんでは消えていく沫のような数々。


 そうだ、これは。


 霞ゆく視界で叫ぶ男の顔を最期に彼女は気を失った。




 安行大陸。


 そこは神々の信仰を失い、己が欲望のままに戦い続ける国々がひしめいていた。

 彼女が保護されたのは、最早戦争の理由すら知らない、遠い過去からずっと争い合っている白雲国と雲母国の丁度国境付近に存在していた村であったらしい。そして現在居るのは国境から少し離れた白雲国の領土にある小さな街だった。


 というのも、その村は彼女自身が全く知らぬ土地だったのだから仕方ない。気を失ったものの数刻を経て目覚めた彼女は幾ばくかの記憶が蘇っていた。ここが彼女の生まれた世界ではないこと。彼女を育ててくれた夫妻と兄、暮らしていた村の存在。そして何者かによって意図的に記憶が消されていること。


幼少時の記憶はあるのに、現在の身体の大きさに至るまでの過程が途中から綺麗に抜け落ちているのだ。自分の身体の性能を考えれば、他者に害されるというのはほぼあり得ない。とすれば、きっと自ら受け入れたのだろうと分かるから、それ以降無理して記憶を辿ることをやめた。


「つまり、嬢ちゃんは記憶がないってぇのか」

「正確には忘れたんです」

「そうか……辛ぇよなぁ」


 おいおいと盛大に泣き出す男を前にして、酔った人間ほど扱い辛いものはないと嘆息した。出会いから口が利けるようになった今日まで早10日。彼女が漸く喋った事に男達は感涙に咽び泣き、何故かこんなどんちゃん騒ぎとなっているのだ。実際は言語習得までにそれだけの日数がかかっただけなのだが、男達が知る由もない。


 男達からすれば、あんな衝撃的な出来事を目の当たりにして言葉を失ってしまった可哀相な子供を案じていたのだった。話しかけても全く反応しない子供をあの手この手で漸く言葉を引き出すことに成功し、喜ばずにはいられなかったというわけだ。


「嬢ちゃんはこれからどうしたいんだ?望むんだったら、俺の知り合いに預けてやる。これまでにも嬢ちゃんみたいな奴を何人もそいつに預けてっから、気にすんなよ」


 彼等は戦場を渡り行く傭兵団だ。といっても国のお抱えになるほど立派な傭兵団でもなく、どちらかというと便利屋という色が濃い。傭兵と一口に言っても様々な分野があり、各地にはそんな傭兵を統括する組合があった。”傭兵”に属する者達は殆どがその組合に加入しており、仕事の斡旋を得て活動するのが主流である。


「……このまま一緒にいたい」


 今自分がここに在る理由はきっと、こういうことなのだろう?


 失った嘗ての己に問いかける。


 案の定、男は渋い表情をして駄目だ、と首を横に振った。危険だからと。子供はまだ知らなくていいのだと。


 この男は優しいのだろう。


「……地獄なら十分に見た」


 渡り歩いた戦場の数を数えればきりがない。泣いて命乞いするのを幾つも散らしてきた、刃向かってくる人間を街ごと滅ぼしたこともある。彼女にとっては、当たり前の光景だった。


「それで復讐でもするつもりか?」

「復讐?」


 男は最早笑ってはいなかった。水で薄まったアルコールを一息に飲み干すと、木のカップを机に打ち付ける。


「やめとけ。復讐なんざ碌なもんじゃねぇ」


 何を言うのだろう?


 復讐という概念は知っているが、生憎と彼女には全く縁のない言葉であった。だから戸惑う。


「……違う。貴方達に付いて行けば分かるかもしれないと思った。私がここに在る意味を」


 気付けば、周囲は静まっていた。いや、男がカップを置いた時からこちらの会話に聞き耳を立てている。


「良いじゃねぇか、頭。その嬢ちゃんが望んでるんだ」


 沈黙を破ったのは、少し離れたテーブルに着いていた団の中でも最年長の男だった。男は空いたジョッキを片手に彼女と男の中間に腰を下ろす。


「……危ねえだろうが。自分の身も守れねぇ餓鬼なんざ足でまといだ」

「じゃあ、貴方に勝てば連れてってくれるんだよね?」


 初めての笑顔に見惚れていた男達は、意味を理解するにつれ笑い出す。彼らは団長の強さを知っていた。団長の過去を知っているのは誰もいないが、それでも誰かの師事をきちんと受けていたのだろう事は分かる。幾度か戦闘に巻き込まれた時、彼らが生き延びられるのは団長の活躍によるものだ。剣も満足に扱えない子供が勝てる筈もなかった。




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