首都潜入2
『』内の会話はトリトス語(トートスで使われている言語のこと)です。
特有の合図で扉を叩けば、内側から大吾が顔を出す。一瞬驚きに目を見開かれたが、リアナの耳に揺れるもので悟ったようだ。促されて中に入る。手近な机に持ってきた食糧を置くと、そのまま衣装棚へと向かう。壁からは何十もの突起が飛び出ており、その一つ一つに服が引っかけられている。その内の一つを押して右に捻れば、衣装棚の側面が横へとずれた。まるで井戸のように下がぽっかり空いている。
「暗いから気をつけてくれ」
長い裾を踏まないようにしながら慎重に縄ばしごを降りていく。間もなく地面に足をつけたリアナだが、真っ暗で何も見えない。床の感触がなければ夢の中にでも紛れ込んだような錯覚がしただろう。とはいえ難なく闇をも見通す目は壁の位置までしっかり把握していたが。
背後でとん、と床を叩く音が狭い空間内に響く。
「どうぞ」
「すまん」
大吾が灯りを付けようとする前に、リアナが拳大の炎を手の平に出す。その光源を頼りにして、大吾が背伸びして壁の小さな石を押した。すると頭上の高さほどに人一人分くらいの狭い入り口が壁に作られる。成る程、足元に気を取られていれば気づかない。中からは僅かな光が零れている。今度ははしごを少し登って、リアナはその入り口を通った。
「ただいま戻りました」
「おう、えらい遅かったな、……ってなんやそれー!」
隠れ家の地下へとやって来たリアナを出迎えたのは、理経の絶叫だった。扉は隠されているが防音はされていないので、外まで丸聞こえである。何事かと衣装棚の入り口を守っていた兵士が血相を変えて下を覗き込む。顔を出した大吾が何でもない、と声を張り上げていた。
「あんたリトル、だよな?こらまた上手く化けたなー」
顎の下に手を当てて、忙しなく視線が上下する。それに気にするでもなく、リアナは近場の椅子に座る。しゃらりと幾重にも付けられた腕輪が鳴った。
「なんだってまた女装なんてしているんだ?」
「念には念を入れてといいますか、仲間の趣味ともいいますか……」
「災難だな」
以前に同じく女装をさせられた大吾は何となく悟ったようで、同情するようにリアナの肩を叩いた。理経はそんな二人を不思議そうに見ていたが、入り込んではいけないものを感じてそっと視線を外す。
苦笑で応えていたリアナだが、机の上に置かれた青いペンダントへと興味を示す。それに気づいたかのように、理経が今し方王宮内部の者と連絡が取れたと告げた。
「ああ、やはり。その方は魔術師ですね」
「そうやけど……なんでわかったん?」
「道中理経様から感じた微かな魔力と結界を張っていた魔力が似ているように感じられたので」
「そういうもんか」
「はい」
これ以上聞いても理解出来ないと思ったのか、理経はペンダントに向かって囁いた。それを見るともなくぼんやりしていたリアナだが、唐突に悟ってしまった。
「……成る程」
「ん?どないした?」
「いえ…お願いします」
リアナの想像する人物であるなら、相当な大物が絡んでいる。だとすれば彼等を信用しても良いのか。既に敵方の掌中にあるのではないかと懸念される。黒だと判断されたその時には……。
理経が何事かを囁けば、するとペンダントが淡く光り小さな人影が映し出される。その人影は理経に一礼し、リアナの方へと向いた。
『初めまして竜騎士殿。私は赤城と申し……?失礼、理経様の想い人様でしたか』
『飛躍しすぎだ、赤城!どこをどう見たらそうなる』
『いえ、昔理経様の仰られた理想の女性像とそっくりでしたので』
『いつの話だ!』
『あれはそう、確か殿下のあれが立派に…』
『それ以上は言うな!』
どうやら幼少のみぎりから理経を知っているようだ。赤城といえば記憶にある限り、ゴウトの側近で知られる男。まさかとは思ったが、予想通りである。この男が内通者ならば、一体何を考えている?
表面上は笑顔を貼り付けたままのまま、リアナは名乗ることにした。
『このような格好で失礼します、赤城殿。バーリアス竜騎士団所属、リトルと申します』
『では貴方が……男?』
心なしかがっかりしているように見えるのは気のせいか。
『そろそろその話題から離れろよ、赤城。それから、その理想像を植えつけたのはお前なんだからな!』
理経と赤城の遣り取りはいつものことなのか、大吾は静観の構えを見せている。これでは全く話が進まない。リアナは小さく咳払いしてこちらに注意を向けた。
『失礼しました、グルテア卿。殿下に代わって謝罪いたします』
『お気になさらず。それよりも何か私に用件があったのでは?』
一旦は別行動にした両者だが、間もなくして理経から連絡があったのだ。リアナがここにいるのは、彼等に呼ばれたからである。
『そうだった。坊主にも聞いてもらおうと思ってな』
赤城からもたらされたのは、ゴウトの動向とそして彼等が欲していた研究所の在処だった。
普段理経が鈍っているのは共通語(リエス語)の訛ってことですね。
……あれ、じゃあ大吾とかもそうじゃん。と今更ながらに気づいたアホな作者でした。