里帰り2
例の新薬は解析、生成された後直ぐさま無料で各家に配布されており、見る限りでは病は大分収束されているようだった。領土近くの砦や、人員に余裕のあるところから派遣されている兵士達が農作業を手伝っている光景があちこちで見かけられる。
「兄上から見て、兵士達の働きはどうですか?」
「俺も里帰りしたばかりだからよく判らないな。父上に聞いてみたらいか……どうだ?」
「そうですね。……ここで休憩にしましょうか」
眼前には小さな村が広がり、細い道がずっと続いていた。リアナは無言でその村を見つめている。ほんの少しの懐かしみを込めて。
色づいた葉がくるくると舞い落ちる。手綱を放した馬たちは思い思いに草を噛み、子供たちが蜻蛉を追いかけていく。長閑な光景だった。馬たちにも水を与えるために、二人は直ぐ傍の村へと立ち寄った。井戸で水を汲んでいると、村人達が親しげに声をかけてくる。
「おや、あんた達旅人かい?」
「いいえ。ディルトンから来ました」
「随分遠くから来たんだねぇ。あんた達昼はもう食べたのかい?」
「ずっと駆けてきたので、まだです」
「だったら家で食べていきなよ。お貴族様にゃ、質素かもしれないけどね」
村で唯一の宿屋を経営している女将が自分の家を指す。口を開こうとしたシャックスを制し、リアナは是非と頷いた。
「兵隊さん?ああ、随分と良くしてくれてるよ。ありゃ家の息子よりもよっぽど上手いぜ」
「ドラッド砦から来たらしいんだけど……ほんと、一体どこで憶えてきたんだか」
ドラッド砦のくだりでぴくりとリアナの表情が動く。幸いにして隣に腰掛けていたシャックスだけが気づいたようだ。
「最近では砦で畑も作ってますからね」
「へぇ?坊主詳しいじゃねぇか。あんたも兵隊か?」
「一応は。砦は戦時になれば避難場所にもなっているでしょう?そのために備蓄とは別に畑を作って栽培するようにしているんです。畑を耕すにも体力が要りますから、基礎体力を上げるにも効率がいいんですよ」
へー、と村人達は感心しているが、シャックスは確実に隣の人物が推奨したのだろうと確信していた。リアナにとって畑仕事は一番の趣味であり、別邸の庭が野菜で埋められて庭師が嘆いているのを知っているからだ。その並々ならぬ熱意が鍛錬と趣味にどうやら合致したらしい。
外から来るのは珍しいのか、村人達が次々に質問を浴びせリアナやシャックスが答えていくのを繰り返していると、入り口付近が騒がしくなった。自然と彼等の視線もそちらに向かう。
「あー、腹減ったぜ」
「ミッチェルさん、今日の昼食は何だー?」
ぞろぞろと布を首にかけた男達が入ってきた。農作業をしていたからだろう、上着を適当な席に投げて座っていく男達。
「リトル。あれは……」
振り返れば、リアナが呻くようにして頭を抱えている。よりにもよって、と小さな呟きが耳に入ってくる。
「何だよ?みんなして集まって、珍しいな」
「お疲れさん。丁度ディルトンからの客人が来ててな」
「ディルトン?」
「ばぁか。公爵様の住んでるところだって」
やいのやいのと男達が盛り上がる。今の内に出て行った方が良さそうだとシャックスに声をかけて出口に向かっていたのだが、それを防ぐようにして、兵士の一人が二人を座らせる。
「おう、坊主達か。こんなとこまで一体どんなよう……たたた、隊長殿!??」
ざわりと空気が感染し、男達は恐れるようにしてリアナとシャックスから遠ざかる。何事だ、と村人達の視線も集め、宿屋は一気に静まりかえった。
「ほら、貴方達。ミッチェルさんにあまり迷惑を……リトルさん!?」
止めとばかりに今し方入ってきた女性がリアナを見て敬礼する。それに倣って男達も敬礼し。リアナは引きつったままそれに答えた。
緊張の走る宿屋に、リアナの「今は休暇中です」の一言で空気が緩む。途端に騒がしくなる宿屋にリアナは苦笑し、そんなリアナを再び村人達が囲む。
「なんだか落ち着かないですね」
「おい野郎共!隊長から静かにしろとのお達しだ」
再び静まる店内。見知った顔は即座に息を潜め、見知らぬ顔は困惑しながらも先輩に倣っている。
「だから僕は気にしなくていいですよ、エンハス・ドゥーラ曹長」
「は、申し訳ありません、隊長殿!お前ら騒げ」
なぜだかよく判らないが歓声が上がる。もう勝手にしてくれと投げやり気味なリアナを同じ机に座ったマルーカ女史が宥める。
「それにしても、お久しぶりですね。リトルさんの活躍は砦まで聞こえてきますよ」
「そんな。僕は何もしていませんよ」
「ねぇ、マルーカさん。このお坊ちゃんは誰なんだい?」
「ああ、この方は最年少竜騎士のリトル・グルテア卿です」
一拍をおいて絶叫が響き渡る。なんて失礼なことをしてしまったのかと村人達は頭を下げ、女達は頬を染めてリアナを見つめている。
「いえいえ、先程も言いましたが僕は休暇中なので楽にしてください。皆さんも頭を上げてください」
「で、でもよぉ」
「だっても、でもも、ありません。僕はご覧の通りただの坊主です。ね、兄上」
「そうだな。普通に接してくれると嬉しい」
リトルの兄、と聞いて兵士達が興味深げにこちらを見るが、リアナの有無を言わせぬ笑顔に村人達は頬を染めながらも頷き、兵士達はさっと顔を強ばらせた。
このままだらだらと里帰り編を書くべきか、さっさと道筋を戻すべきか。うーん……。