里帰り
短めですが、一旦切ります。
まだ太陽も明け切らぬというのに訪れた来客は我が家を下から上まで驚かせた。何と主君の令嬢であるリアナ様だったのだ。すっかり若君らしく……いや逞しく……も違うな、ああ兎に角大きくなられた。とはいえ、俺は偶々里帰りしていただけだからリアナ様に会うのは精々数日ぶりなのだが。
なぜ我が家に来たかという理由なのだが、どうやら竜騎士の仕事で二、三日戻ってきただけだからのようだ。本邸では現在公爵様や若君が慌ただしく領地を見回っており、リアナ様は皇都別邸にいらっしゃると思われている。リアナ様が竜騎士になられたことを知るのはほんの一握りなので、姿を見せるには具合が悪いというわけだ。そこで、一家全員が事情を知り、且つリトル・グルテアの実家である我が家に白羽の矢が立ったらしい。
「朝早くにすみません」
「お気になさらず。少し早いが普段の起床時間と大して変わりませんからな」
朝から豪快に笑うのは父上だ。四十も過ぎているのに鍛え上げられた筋肉は衰えを見せず、鍛錬した後なのか湯気が立っている。というか父上。上半身を隠してください。
「あはは、気にするな。リアナ様なら見慣れておるわ。そうでしょう?」
「え?ええ」
頷きながらも視線を宙に漂わせているリアナ様。リアナ様に気を使わせるなんて…!すらりと剣を抜きかけた俺の前に母上が立ち塞がった。
「あなた、いい加減になさいませ。いい歳したおじさんの身体よりも若い男の身体の方がいいに決まっているでしょう!ねぇ?」
「え?ええと……」
それも違うと思います、母上。
「申し訳ありません」
両親も悪気があるわけではないんです。気にしないでと微笑んでくださるリアナ様はやはりお優しい。この御方に剣を捧げることが出来て俺は幸せだ。
「村を見て回りたいのですがいいでしょうか?」
朝食の後、リアナ様がそう提案された。形だけとはいえ、リアナ様はこの家の、戸籍上は俺の弟になる。休暇中なので散歩するには問題ないだろう。父上も母上も快く了承した。
「貴方様の故郷ですから、お好きになされば良い」
「ありがとうございます」
「ですが、シャックスはお連れくださいね」
「判りました」
いくらリアナ様よりも弱いとはいえ、一応俺はリアナ様の護衛だ。父上もリアナ様が竜騎士としての腕前を持つと理解していても、主君の姫であるという意識の方が強いのだろう。
「日が暮れる前には帰ってきてくださいね。そうでなければ晩ご飯は抜きです」
「十分に肝に銘じておきますよ。では、着替えてきます」
「門でお待ちしておりますね」
そうと決まればいつまでも呆けているわけにはいかない。身支度を調えて慌てて厩舎に向かう。鞍を乗せ、轡を噛ませている内にリアナ様がいらっしゃった。
「なぜこちらに?待っていてくだされば直ぐ参りましたものを」
「貴方だけに用意させるわけにもいきませんよ、兄上」
「ア、アニウエ?」
悪戯っぽい口調につい片言で返してしまい、リアナ様が笑っていらっしゃる。恥ずかしい。
「も、申し訳……」
「もう。だからシャスが今は僕の兄上でしょう?敬語はなしです」
「う。ですが」
「では命令です」
はぁ。リアナ様には敵いません。
「わかり……わかったよ、リトル。これでいいですか?」
「うん。でも、シャスにリトルって呼ばれるのはなんだか新鮮だな」
隣で馬を引きながら俺も同意します。俺が守るのは何時だって”リアナ様”で”竜騎士のリトル”ではありませんからね。リアナ様が王宮でお勤めされている時は、別邸の警護をしておりますし。
「僕には兄上が沢山いますね」
それは哀愁を帯びていて気になったけれど、次に顔を上げたリアナ様はいつもと変わらない穏やかな微笑みを浮かべていらっしゃった。
「では、行きましょうか」
俺から手綱を受け取ったリアナ様が勢いよく鐙を蹴った。
覚えておいででしょうか?久しぶりのシャックス君登場です。一応彼も普段は皇都にいるんですよ。