お悩み相談室
「ふぅん。ま、いいや。んで?あんたの悩みって何なん?」
髪を弄りながらの一言にヴァリアスはがくっと立てていた肘を落としかけた。
「言うことがそれか。普通、ここはどこだくらい聞くだろう」
「聞いたけどあんたらが無視したんやないか。それに、大吾も傍にいたんやからあんたらが俺を害するつもりはないんやろ?」
「判っていて先程の茶番か?人が悪いな」
「あれはホントやて。混乱しとっただけ。あんたらが人の目の前で喧嘩し出すから、冷静になれたけどな」
「これもあいつの作戦か?」
疑問に首を傾げる理経に、ヴァリアスは何でもないと打ち切った。これ以上考えても、リトルの思考など判るわけがない。小さく息を吐き、僅かな隙間へと目を凝らした。
「実は気になる女性がいてな」
「あ、ほんまに相談する気かいな。それで?」
見ず知らずの人間、いや意気投合はしたがそれだけの人間になぜ恋愛相談しているのか。甚だ疑問ではあったが、ヴァリアスは気を取り直した。知らないからこそ、すんなり話せたのかもしれない。
「彼女は強力な門番に守られている。同じ顔を持つ兄も近くにいるが、複雑な事情で妹に会えないらしい。それで、俺の甥が彼女を気に入っていて、その母親も乗り気な感じで」
「ちょ、ちょい待てや。こんがらがってきた。つまり、あんたには強力なライバルと障害があるってことか?」
「簡単に言えばそう、か?」
他にも政治的な理由とか宗教上の問題があるのだが。というかそれが一番の問題であることにまでヴァリアスは頭が回っていなかった。
「それで俺の近くに彼女に瓜二つの人間がいてな。そいつの顔を見る度に思い出されて」
「うんうん。辛いなぁ」
「遂に仕事まで支障を来すようになった訳だ。こうして話してみると我ながら女々しいな」
「そんだけあんたが彼女にぞっこんてだけやん。彼女、デートに誘ったら?」
「相手は貴族だぞ。そんな簡単に出来るわけ無いだろう」
「ふぅん。身分違いの恋ってやつか。かーっ、益々燃えるねぇ」
「燃える?」
「恋だよ、恋。あんたは彼女に恋してるんやろ?いいね。やるな、この色男」
彼がする側なので、色男は関係ないのだが、深く考え込むヴァリアスには意味をなさなかった。それよりも恋という言葉が頭で反駁される。
(この俺が恋だと?そんな馬鹿な。いや、だがこれまでの症状を恋という単語に当てはめてみれば全て辻褄が合う。しかしこの俺が恋?そんな可愛らしい思いを抱いているのか)
彼にとっての恋愛感情は、脳みそのふやけた人間達がするものだと認識している。育ての親である兄夫婦のバカップルが根底にあるためだがそんなこと知る由もない。
だが、彼は嘗て無いほどここ最近の集中力が乱れていることを悟っていた。あのリトルが休暇を取れとまで言うほど重傷らしい。自分よりも自分のことを知っている彼の言葉には信憑性がある。
「そうか。恋か」
欠けたピースが埋まったかのような、これまでのもどかしい気持ちがすとんと収まる。それは自覚したからなのか、それとも。
金属の擦れる音に続き、かちりと錠が開かれる。顔を覗かせた少年はドレスではなく、軍服、しかもこの国では知らない奴はいないほど有名な竜騎士の制服を着て現れた。後ろには大吾を連れている。ヴァリアスを一瞥し、花咲くように綻ばせる。
「適当に頼みましたが、どうやら少しは解消されたみたいですね。ありがとうございます」
「いやぁ、俺はちょっとこの人の話を聞いただけや。それより坊、あんたそれ本物か?」
「ええ。ご挨拶申し遅れました。僕は竜騎士の一人リトル・グルテアと申します。理経=トートス殿下。数々の非礼をお詫び致します」
慣れた所作で、目上の者に対する礼を取る少年に、間違いでないことを知る。纏う空気が市井の者とは明らかに違った。
「あー。まぁそう畏まらんでや。俺はただの山賊の頭やし」
「ええ、そうですね」
にこりと微笑むその顔に、ふと一人の人物を彷彿させた。理経は身を乗り出して、上から下まで眺める。
「何や自分。めっちゃあの子に似とるやん。リアナっちゅーたっけ、あの公爵家のじゃじゃ馬姫」
「リアナ嬢をご存じか!?」
「リアナ嬢!?ぷっ、あっはっはっはっは。もしかしてヴァリーの……」
「それ以上言うな!」
これ以上話させまいと実力行使で口を閉じさせようとするヴァリアスと笑いながら逃げる理経。それぞれの腹心は、顔を見合わせてがっくり肩を落とした。
「つまり、俺達の薬から経路がばれたんか。村人達は関係ないで。知らずに協力しただけや」
大体のあらましを聞いた理経が、一瞬戯けた様子を解いて鋭く睨む。判っていますとリアナは顔色一つ変えずに頷いた。胡散臭いことこの上ない。
「俺達が命を狙われとんのは理解した。あんたらが俺達を匿う理由もな。それでこれからどうする気や?」
「その前に教えてくれませんか?貴方が表舞台から消えてから山賊になるまでの空白の三年間と、なぜロクロ王の陰謀を知っていたのか」
「それを知ってどうするつもりだ」
リアナに刀の切っ先を突きつける大吾。しかしリアナは相変わらず微笑んだままで読み取らせない。隅に控えているヴァリアスも手を出そうとはしなかった。
「知りたいのは当然でしょう?例えばロクロ王と結託して、疫病を我が国にも流行らせ、予め作っておいた大量の薬で売りさばき金を得るとか、自国の兵士だけ罹らないようにしてこちらに疫病を広げれば攻めることも容易になるとか。貴方が敵でないと言い切れますか?」
「貴様っ!」
「止めい、大吾。こいつの考えは国の騎士として当然のことや。不法入国した挙げ句に三年もこそこそ怪しげな薬を作っとった。しかもそれが、四年前のトートスで広がった疫病の特効薬に類似してたんやからな。疑わない方がおかしいやろ」
大吾が渋々引き下がったのを確認して、理経は向き直る。
「すまん。こいつは過保護やから許したってくれや」
「僕も似たような立場なので判るつもりですよ」
「お前は俺が暴言を吐かれても、涼しい顔して立ってるけどな」
「僕は教育方針が違いますから」
小さく吐かれた毒にリアナも小声で言い返す。教育方針って何だよと呟いている時、床がこんこんと鳴った。扉の丁度真上にヴァリアスが立っていたので、リアナに目配せして扉を開ける。それはリアナの副官だった。ヴァリアスに先に降りるよう促してからリアナは二人に小さく頭を下げる。
「申し訳ありませんが、少し席を外します。後ほど部下を寄越しますので、要望があれば彼に。大吾殿は既にお分かりだと思いますが、特定の場所以外は立ち入らないよう。命の保証は致しませんので」
では、とその姿が消える。今度は錠がかけられない。つまり、出て行くのも自由だ。
「用心深いんだか深くないんだかよう判らんな」
鍵を閉めなかったのはその必要がない、つまり逃亡できないようになっているのだが、彼等が知るはずもない。
「これからどうされますか」
「どうもこうも、ばれちまったしなあ。あっちも動きだしたんだ。為るようにしか為らんやろ」
自国だけでなく既に隣国も巻き込んでしまっている。こうなった以上、流れに任せるしかなかった。
「適当ですね」
「どうにもならんからな。ひとまずはあいつらの説教からやな」
タイミング良く、寄越された部下がやってきた。
次は正月企画でもやりたいなぁと。クリスマス企画は別の作品でやりたいと思ってます。