青海の山賊
前半ジュード兄ちゃん、後半リアナちゃんです。やっと、本格始動します。
相棒であるリュシーを公爵家に置いたジュードは、単騎で馬を走らせ、青海の山賊が根城にしていると思われるドリト山へ来ていた。僅かだが人が通った形跡のある獣道を辿りながら登っていく。勿論迷わないように途中で枝を折っていくのも忘れない。
あくまで秘密裏に動く必要があるので、公爵領の私兵を借りる訳にはいかなかった。
近隣の村人達の話では、不定期に山を下りて手伝ってはそのお礼に食料品や衣類をもらっていくようだ。これはあくまで村人達の善意であって、あちらから請求されたことはないらしい。
随分、奇特な山賊だなと呆れた憶えがある。彼等はいつも違う方へと帰っていくので、根城の本当の場所を知る者は誰もいない。それ程用心深いということだ。今回ドリト山を登っているのは、村人の1人がこの山に煙が出ているのを見たことがあるとの情報を得たからで、確証はない。他にも幾つか候補はあり、外れであればまた別の候補に登る必要がある。こういう時に人海戦術が使えないのは痛手だ。
「机仕事ばかりで身体が鈍っているな。まさかこの程度で呼吸を乱すとは鍛錬不足だ」
スフェンネル公爵領に来るまでに、何度もリュシーのご機嫌伺いしたのを思いだし、苦笑する。ここ数日相手にしていなかったせいで、臍を曲げてしまったのだ。飛び立つ前に、嘘か本当か、リアナの通訳によって予めリュシーの心の内を教えてもらい、更に対処法まで伝授されたのでなんとかなったが、そうでなければ、今頃皇都で足止めを食らっていたかもしれない。
他のドラゴンや竜騎士の相談にものっているらしく、ドラゴンの体調管理は全てリアナが把握しているらしい。ドラゴン達も、相棒以外の人間では世話をされるのも嫌がるのだが、リアナだけは例外のようで彼女がよくまとめて散歩や訓練しているのも見かける。
「顔が見れないのは寂しいからな。早く帰らなければ」
脳裏に愛する義妹の可愛い笑顔を浮かべれば、俄然やる気が出てくる。戻ったら久しぶりに剣でも合わせたいと思っていると、ふいに視界が開けた。咄嗟に木陰に隠れるのと、眼下に男が現れるのは同時だった。
「既に一月連絡が付かない。あいつら失敗したのか?」
「まさか。俺達の国はどうなるんだよ」
「落ちつけって。今、頭領が確認しに行ってるところだよ。ここから、皇都までは馬で飛ばしても10日はかかる。頭領の連絡を待とうぜ」
「そうだな。たいちょ…副頭領もついてるしな」
「ああ」
(当たり、か?)
二人の男達の声が完全に聞こえなくなるのを待って、ジュードは下を覗き込んだ。丁度真下に、鍾乳洞の入り口がぽっかり空いていた。どうやら彼等はここから出てきたらしい。覗き込んでみたが、どうやら複雑に入り組んでいるらしく、人影は見当たらなかった。気配がないのを確認して足を踏み入れる。
あちこちの溶けた石灰岩から落ちる水滴が、感覚を鈍らせる。これだけ靴音が反響しているのに、水の音以外聞こえないのは相手に気づかれて様子を見ているからなのか、それとも更に奥にいて気づかないのか。
突然後ろに現れた気配に、しまったと悔やんでも遅い。首の後ろに強い衝撃を感じて意識が遠のいた。
張っていた結界に触れるものを感じ、リアナは顔を上げた。ブラシの腕を止めたリアナにどうした?と問うようにルークーフェルが服を引っぱった。
「ごめんね、ルー。今から飛べる?」
了解とばかりに翼を鳴らし、厩舎を出る。突然出てきたドラゴンに世話係は目を丸くし、リアナは彼にブラシを押しつけた。
「少し散歩に行きます。ルーだけ帰ってくるかもしれませんので、厩舎は開けておいてください。危ないから下がって!」
軽く地面を蹴って、ルークーフェルの首元へ跨る。それを合図に、ルークーフェルは大きく翼を振って飛び上がった。ぎりぎりで風圧を免れた世話係を確認して、リアナは声に出さずに行く場所を伝えた。
流石に人目につくのは不味いので、上空でルークーフェルから飛び降りる。空から人が降ってくるのも十分驚くべき事だが、そう空を気にする人間もいないだろうと判断。着地の際に風の力を借りて、衝撃を吸収した。
以前は倉庫であり、買収によって更地にしたそこに、フードを被った二人組が立っていた。地図と更地を睨めっこしている。ヴァリアスに声を届けてから、リアナは後ろから声をかけた。
「こんにちは。どうかされましたか?」
薄汚れた繋の作業服から、通りすがりだとでも思ったのだろう。片方の人影がマントの下で咄嗟に伸びた右腕は何も掴むことなく、柔らかな笑顔が振り返った。リアナの背の方が小さいので、フードに隠された顔がよく見える。方や長く伸びた前髪は海色をしており、もう片方は鮮やかな水色の髪が隙間からのぞいている。
「あ、ああ。いや、実はな、俺達道に迷ってしまったみたいでな?坊、良かったら教えてくれんか。この辺りに青い屋根のぼろい倉庫があったと思うんけど」
するりと手の平に小銭を握らされる。手の中の貨幣を見つめ、リアナは無邪気な顔で微笑んだ。泥で汚れていようと、その輝きが失せるわけもなく、男二人も例外なく美しい笑顔に見惚れる。
「うーん。前はここにあったんだけど、少し前になくなりましたよ」
「ここの場所に間違いないんだな?」
「はい」
がくりと双方の肩が落ちる。残念でしたねと暢気な声を出しつつ、そういえばと手を打った。
「お兄ちゃん達、余所の国の人?ですよね。この国は黒とか茶色とかが多いので。少し前なんですけど、あっちの方でお兄ちゃん達と同じ青い髪をした人達を見かけましたよ」
「本当か?」
「はい。あの、これくらいしか……」
「ああ、いいよ。助かった。ありがとな、坊」
いいえと首を横に振り、リアナは大きく手を振って別れた。
小柄な少年を見送った二人組は、指差した方をみやり視線を交わした。
「……気づいてるか?」
「はい。4,5人といったところでしょうか」
少し前から二人を取り囲む気配に気づいていた。確実に包囲網を狭めている。
「こっちから探す手間が省けたな。やれそうか?」
「問題ありません」
頷くのを確認して、どちらともなく二手に分かれる。一瞬躊躇した空気はすぐさま、別れて双方へと散っていく。少しでも追っ手を惹きつけるために、その場で男は剣を抜いて道を塞ぐ者達に対峙した。
「我々に危害を加える気はない。一緒に同行してもらおう」
しかし男は、何も口にせず斬りかかった。本当に危害を加える気はないのか、彼等が手にしているのは殺傷能力のある剣ではなく、ただの鉄の棒。舐められていると感じながらも、剣を受け止めるその腕は悪くはない。集団の連携もとれており、相手が素人でないことを知る。下手くそな尾行は罠だったのだろう。
焦りが産んだ僅かな隙を逃さず、一人が懐に入り込んだ。不味いと防御した時には遅く、背後から首元にちくりと何かを感じて男は意識をなくした。
外伝の方でも一話アップしました。内容はお遊び企画になっています。興味のある方はどうぞ。