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天と地と  作者: aaa_rabit
第三章
38/72

忙しなさの中で

た、大変お待たせしました。

 膨大な書類を抱えながら、リアナは王宮の一角を足早に進んでいた。この後は研究所に行き、薬の精製の進み具合を確認し、足りない原料を補充、及び手配を頼まなければならない。知らせが遅れたのは完全に公爵家の失態である。そちらの事実関係も含め、体勢の在り方を見直す必要もあった。


 スフェンネル公爵であるベイルも同様に王宮内を奔走し、リューグはできたばかりの特効薬を持って医師団と共に領地へと向かった。現地に着き次第、治療を行う体制を作らなければならないからだ。



 リアナの部下は現在薬の原料である植物を取りに行かせており、皇都にはいない。人手が足りず、リアナ自ら雑用の全てを一手に引き受けていた。加えてヴァリアスからは今回の責任者を任されており、連日王宮に詰めている状態だ。どれだけ体力があろうと身体は一人分しかない。猫の手すら借りたい現状で、一部の竜騎士たちが自粛しているのが救いだろうか。どうやら彼らも迷惑を掛けている自覚はあるらしい。


 身長を越える紙の束を持つために殆ど感覚で歩いていたのだが、突然視界が開かれる。目の前にいたのはジェラルドで、彼は自分のお付きたちに配分して、リアナの手元に残っているのは先程の10分の1程度だ。


「手伝うよ」

「いえ。皇太子殿下のお手を煩わせるわけには」

「そんなに持っていたら前も見えなくて危険じゃないか。それでこれはどこに持っていけばいいのかな?」

「ですから」

「お気になさらず、グルテア卿」

「困ったときはお互い様です」


 ジェラルドに付いていた侍従や近衛兵が次々に同意する。ありがたい申し出に、今度差し入れでもしようと決めて、素直にお願いした。リアナの腕前は王宮でも知られているので、彼らはリアナにジェラルドを任せて方々に散っていく。


「ありがとうございます、ジード様。ところで、政務はよろしいのですか?」

「丁度一段落終えて、昼食を食べるところ。リアナも一緒にどうかな?」

「申し訳ないのですが、この後はまだやることがありまして」

「ふうん。確か昨日の夜もそう言って断られたけどちゃんと食べてる?」

「……食べていますよ」


一泊あけて返事をしたリアナにジェラルドは微笑み返した。リアナの背に一筋汗が流れる。

「うん。じゃあ行こっか」

「え?そっちは研究所じゃ」


小脇に抱えた書類を奪われ、右手を取られる。ここは王宮で相手は皇太子。人気が無くとも、どこにめがあるかわからない。振り払うのも躊躇われ、引っ張られるままついて行く。


ジェラルドは侍従に言付けをして、リアナを自室に引っ張り込んだ。批難の視線を無視して強引に座らせる。


「ジード様、僕は…ん?!」


口の中に甘酸っぱい香りが広がる。食べながら話すのは行儀が悪いので、きちんと飲み込んでから口を開いて、また別のものが放り込まれる。


「今はこれしかないけど、用意させてるから我慢してね」


 我慢もなにも、食べる暇があれば他のことをしたい。不満が顔に出ていたのか、少し強めに頭を撫でられた。


「君がとても忙しいことは知っているけど、身体に気を配る事も大切だよ。倒れてしまったら、元も子もないだろう?」

「問題ありません。最低限の食事は摂取しています」


 限りなく人に近い構造をしているので、流石に食事を取らなければ死んでしまう。


「その割には痩せたみたいだけど?皇太子命令だ。毎食誰かと共に食べるように」

「そんな!」

「スフェンネル公も心配されていた」


 ベイルの名を出され、リアナは押し黙る。

 

 そこへ、廊下が騒がしくなった。ジェラルドがやっと来たかと呟くと同時に扉が慌しく開けられる。息を弾ませてやってきたのは、ヴァリアスだった。控えていた侍女から手拭いをもらうと、汗を拭くのもそこそこに、目を丸くしているリアナを引き寄せる。


「こいつは俺のだ!誰がお前にやるか」

「随分来るのが遅かったね」


 言いながら自分の隣にリアナを取り戻したジェラルドは、肩を竦めて見せる。


「あのな。こっちは庁舎にいたんだぞ?これでもまだ速い方だ」

「まぁ、ヴァリーが遅いのはどうでもいいけど「よくない!」これ、よろしく」


 詰め寄れば書類を押しつけられる。反射的に受け取ったヴァリアスは眉根を寄せた。


「……何だ、これは」

「君の仕事。もう用事は済んだから行っていいよ」

「お前なぁ、俺は忙し」

「定時に帰るくせに?」

「ああそうだ」


 その日に決められた仕事はきちんとこなしている。文句を言われる筋合いはない。


「ふうん。君の部下は食べる暇も惜しんで働いてるみたいだけど、上司である君は随分余裕なんだね?数日家に帰ってない部下もいるのに」


 ここで漸くヴァリアスはジェラルドが怒っていることに気づく。


「部下に上手く仕事を采配するのも上司の役目だ。その点、君は特定の人物に負担を与えすぎてるんじゃない?」


 ヴァリアスは押し黙る。ジェラルドが気にする人物といえば目の前にいる腹心に他ならないだろう。最近は集中できないことも多く、周りが見えなくなっている自覚はある。


「……リトル」

「はい」

「今日と明日は仕事はなしだ。休め」

「無理です!ヴァリーにも仕事があるでしょう」

「……この程度なら俺でもやれる」

「資料の場所は知ってます?」

「さ、探す」

「資料室に入ったこともないのに?」

「……お前の部下を借りれば」

「全員明後日まで帰って来ないですが」

「出来たものを運ぶくらいなら」

「それはジード様付の皆様がやってくれています」


 今度こそ沈黙してしまったヴァリアスに、ジェラルドはそっと息を吐いた。


「頼りすぎ」


 ヴァリアスは今更ながらに悔やんでいた。本人は来年には辞めると豪語しているが、現状でリトルがいなければ回らないのだから。後任の人物も今与えられている仕事で手一杯。


 リアナの見つけた後任は優秀なのだが、いかんせん一人で十人以上の働きをこなすリアナという異常がいるので、ヴァリアスにとってはリアナが普通となっていた。


「そういうわけなので、失礼します」


 立ち上がって頭を下げるリアナの上で、アイコンタクトが交わされる。


“癪だが今回は仕方ない。後は任せた”

“君のお願いなんて嫌だけど、リトルのためなら喜んで”


「殿下。昼食のご用意が整いました」


 丁度良いタイミングで侍女が告げ、ジェラルドはリアナの手を取って隣室へ導いた。


「うん。じゃあ、行こうか」

「いいか。二日間だけだからな」

「それはリトル次第、だろう?」

「え?え?」


 今だけ利害の一致した二人は、互いに挑戦的な笑みを浮かべ、別れる。取り残されたリアナは脱出を試みようとするも、やんわりと侍女に奥へと促され、断念する。

 それから二日間、至極ご機嫌な皇太子の傍らには不機嫌顔の竜騎士が控えていたとか。

リアナちゃん、ワーカーホリックの巻でした。医師団云々がないと今後の展開上判りにくいかなと思い付け足しです。

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