尋問
不審人物を捕らえてから早一週間。竜騎士の一人クレハから薬の結果を待って、今日ようやく尋問が始まる。
「あらぁ、リトル坊やじゃないの。あんたがここに来るなんて珍しいわね」
「僕が捕らえたので」
「坊やにはちょっときついかもしれないわよん?隊長がよくお許しになったわねぇ」
「初期段階なので許可が出たんですよ。僕としてはその先まできちんと見届けたいですけど、隊長の許可が下りませんから」
「そうねぇ。隊長はあんたのこと大切にしてるから見せたくないのよぉ、きっと」
女言葉で女顔だがこの人は歴とした男である。名前はチェルス。尋問担当官で城の牢屋の管理を任されている竜騎士だ。リアナにとっては女装癖のある変わった人という印象しかないのだが、衛兵達には恐怖の代名詞になっている。
リアナが牢屋に出向くのはこれで二回目。一回目は案内されただけなので、尋問に立ち会うのはこれが初めてだ。竜騎士として拝命したからには一度全ての部署に放り込まれるのが慣例なのだが、上の圧力によってリアナは闇の部分、つまり拷問や暗殺などの部署は遠ざけられている。
まだ幼いからという理由だが、例え成人してもリアナがそれらを実際に目にすることはないだろう。今回とて単に取り調べに同伴するだけで、それ以上は担当に任せることになっているのだから。当然参加することにヴァリアスは反対したが強引に頼み込んだのだ。
いつになく積極的なリアナにヴァリアスは訝しんでいたが。
「今回の相手は一般市民だしぃ。大丈夫だと思うけど、足手まといになるようだったら直ぐにぽいするからそのつもりでねぇ」
「判っていますよ、チェルスさん。今回は無理を言ってすみません」
扉を開けた時から尋問は始まる。その厳しさを知っているチェルスだからこそ、興味半分で来るなら戻れと言っているのだ。しかしリアナも退く気はない。
「……そ。じゃあ行くわよ」
「はい」
衛兵によって扉が開かれる。リアナは顔を引き締めてチェルスの後に続いた。数日前よりさらに憔悴した囚人の姿にリアナの心が痛む。チェルスは椅子に座ると机の前で頬杖をついた。
「うふふ。いい具合に窶れてるわねん。住み心地はどうだったかしら?」
「俺は何もやってない!」
「さぁ、それはあんたが判断する事じゃないわ。それより自己紹介しましょう。あたしは竜騎士のチェルスよ。あんたは?」
「…………フレイ」
「よろしくねぇ、フレイ。因みにどこの出身地なの?あたしはケリアシャ子爵領の出なの。ヨール山脈の麓にあって、ほとんど雪で覆われた地なの。これがまた交通の便がと~っても不便でねぇ。暖期にしか家に帰れないのが難点なのよぉ。雪なんて大っきらいだわ」
「……俺はスフェンネル公爵領の小さな村だ。年中花が咲いて、特に温期が綺麗なんだ。村中の花が咲いてまるで花の絨毯みたいになる」
「いいわねぇ花の絨毯なんて。うっとりしちゃうわ。南の方は暖かいから羨ましいわぁ。ここも北の方だから寒期になると結構寒いのよ。特に飛んでる時なんて最悪。冷たい風がもろ身体に当たるから凍えちゃいそうなの。冬の見回りはとってもきついのよねん」
「へぇ。でも空が飛べたら気持ちいいんだろうな」
「上空からの眺めは確かに最高よ~。というかそれ以外無いって言った方が正しいかもしれないけどねぇ。さてと、世間話はこれくらいにして本題に入りましょうかぁ」
緩んでいた空気がぴりっと引き締まるのを肌で感じた。少しでも緊張を解すために世間話をしたのかもしれない。相手は訓練を受けたわけでもないただの一般市民だから。
「教えて欲しいのは二つです。一つは遠いスフェンネル公爵領の人間が皇都まで何をしに来たのか、もう一つはあの薬は何なのか。教えてくれますか?」
「君は……いや、人違いかな」
横から口を挟んだリアナに初めて気づいたようで、驚いているフレイの姿があった。それには気づかないふりをしてチェルスは話を進めた。
「じゃあまず一つ目を教えてくれる?こっちだっていつまでもあんたたちに無駄飯を食べさせる余裕はないのぉ」
「わ、判った。言うよ。今俺達の村で変な病気が流行ってるんだ。最初はただの風邪が流行ってるんだと思ったんだけど、一週間しても治らない。さすがにおかしいと思って医者を呼ぼうとしたら、医者も同じものにかかっててさ。それどころか村のみんなも寝込んでるっていうじゃないか。父さんも母さんも歳だし、娘はまだ幼い。妻だって妊娠中なんだ。親方達が止めるのを振り切って村に行く途中で、山賊に会った。その山賊は病に効く薬を持っていると言った。荷物を指定された場所に持っていけば薬をくれると。半信半疑だったけどその時は藁にも縋りたかったんだよ。だから、俺と同じ様な境遇の奴等と皇都まで来たんだ。……本当だよ。頼むから家に帰してくれ」
最後は力無く項垂れる。チェルスにはフレイが演技ではないと思えた。ひとまず保留にして次を呼ぶ。そして、この日の尋問を終えた。
「彼等の証言は全て一致しています。スフェンネル公爵領の奇病に関しては現在エラディオさんに直接出向いて貰っています。公爵は皇都に滞在中なので」
エラディオは、スフェンネル公爵領一帯を担当している竜騎士だ。公爵不在の今は、代わりに竜騎士が対応することになる。
「そうか。初めからお前は彼等と知り合いだったんだな。だからあの時、後をつけたのか」
「……はい。ところで彼等の受け取った薬ですが、スフェンネル公爵領に自生しているドーラという植物が主成分だそうです。南であればよく目にする植物で特に薬草に使われているわけではありません。今回の症例は聞く限りでは風邪に非常に良く似ており、そちらで対応できないかクレハさんに要請中です」
「今は様子見、だな。被害もどのくらいか現時点では判らないが、万一の時には封鎖もあり得る。それでトートスの兵達の方は?」
「こちらはロードさんに確認中です。もし彼等の証言が事実であれば、直ぐにでも手を打たなければいけません。その場合、生き残りだという第七王子リケイの身柄を確保する必要があります。ぞろ目隊を動員していますが今のところ、報告はありません。トートスの兵達も居場所は知らないそうなので」
「引き続き捜索は続けてくれ」
「はい。それからこちらが三年前の資料です」
「助かる」
ヴァリアスは文字の羅列をなぞりながら溜息をついた。三年前に隣国トートスで猛威を振るった謎の奇病。当時の王族はこの病で亡くなり、民衆も相当数が命を落としたという。当時のディレイア侯爵、現国王と第一位の宮廷魔術師が特効薬を早期発見し、更には特効薬を安価に提供したお陰で病はあっという間に収束し、国王の外戚でもあったロクロ侯爵が民衆の支持を得て王位に就いたのだ。そして今まで問題なく外交を進めてきた。
しかし、今回捕らえたトートスの兵達からもたらされた情報は無視できない。この奇病事態が全て茶番で、今回スフェンネル公爵領で流行っている奇病は、バーリアス帝国を侵略するために故意に引き起こされたものだと聞いては放っては置けないのだ。早めに制裁措置を執るなりしなくてはならない。
「青海の山賊」
「リトル?」
「いえ。”三年前”と村人達の”山賊”が一致するなら青海の山賊かと思いまして。三年前にスフェンネル公爵領で活動するようになった山賊です。少し変わった山賊でトートスからの商人しか襲わないで、寧ろ村に降りては現れては農作業を手伝ったり村人達の手助けをしてくれるありがたい山賊なんですよ。被害に遭うのは悪徳商人ばかりなので、警備隊も動きにくくて。公爵様が形だけ年に数回、山賊退治を行ってました」
「それはまた随分とあからさまな山賊だな。その中心がリケイ王子ということか?」
「可能性は高いかと。……あの、僕も行っては駄目でしょうか?」
「故郷が心配なのは判る。だが、お前の役目は他にあるだろう?ジュードや公爵が動いているはずだ。我慢しろ」
「そう、ですよね。すみませんヴァリー。少しだけ頭を冷やしてきます」
ちゃんと笑えているだろうか?リアナは溢れてきた激情を少しでも抑えながら、執務室を辞した。