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天と地と  作者: aaa_rabit
第三章
35/72

天国か地獄か 後編

今回はリアナちゃんの部下にスポットを当ててます。


 日頃の行いが良かったのか、リックの担当部屋はジュードであった。竜騎士の中でもまともな部類に入るジュードの部屋は、個人の性格がよく表れている。実用的な物以外は置いておらず、唯一絵が一枚飾られているだけで殺伐としていた。上司に似るのか、部下も寡黙な人間が多く、黙々と仕事をこなす。


「失礼します。大掃除にやってきた0番隊の者ですが」

「入れ」


 どうやら主はいたようだ。ジュード様は地方を総括する竜騎士なので不在な事も多い。流石に勝手にやる訳にはいかないので、その場合は掃除しない。尤も隊長は全竜騎士の予定を把握しているので、そのようなことは一度もないが。


 口元に布を巻き、雑巾やブラシ、そしてバケツを持って入室する。相変わらず殺風景……いやいや、こざっぱりとしている。しかし今日は窓辺に一輪咲いた花が飾られていた。

 誰が用意したのだろう。不思議に思っていると、ジュード様がペンを止めて顔を上げた。


「それは妹が用意したものだ」

「ジュード様の妹君、ですか」

「ああ」


 花を見つめるジュード様の表情は軟らかい。ジュード様の妹を知らない者はほとんどいないだろう。なんせ、この部屋唯一の飾りである絵画の人物像が、その妹君だからだ。昨今有名な画家が描いたものだが、確実に本人の四割り増し綺麗に描かれているだろうと専らの噂だ。それ程にこの絵の人物は美しく、そして愛らしい。万人が完璧だと称する美しい顔立ちに、幸せな夢でも見ているのだろう、思わずこちらが頬を緩めてしまいそうな可愛らしい表情を浮かべて犬と眠っている。

 この絵を見つめる時のジュード様の目は優しく、余程妹を大切にしているのだろう。だが、リックはジュード様が隊長と会う時も同じ表情をしていることを知っている。リックが隊長の傍にいることが多いから気づけたのだろう、些細な変化だ。この絵の少女は隊長にそっくりで、なぜ誰も気づかないのか不思議だ。まぁ、実際に隊長がこんな柔らかい寝顔を晒すとも思えないので、別人だろうが。


 普段掃除をしない窓の桟や、部屋の隅の埃を取っているとノックがした。顔を出したのは隊長で、見回りに来たのだろうか。


「ジュード様。来期の予算について大体の数値が出たので報告に」

「ご苦労。確認するからそこで待っててくれ」

「判りました。……ああ、リックさんが担当でしたか」

「お疲れ様です、隊長。あの、それって」

「急いでいるようでしたから、片付けました。いけなかったでしょうか?」

「いいえ、助かりました。ですが、相当数あったはずですが」


 少なくとも数時間で終わるような量ではない。しかし隊長は笑顔を残して、お茶を淹れに席を立った。

 終わったのだと悟る。僕は自信喪失しそうだ。自分で言うのも何だが、僕は他の人間に比べて仕事能力が高いと思う。けれど、隊長を前にするとそれすらも傲慢な考えなのではいかと思うのだ。隊長の仕事ぶりは速いのに的確でしかも丁寧だ。両手でそれぞれ別の書類を書いているのを見た時はさすがに驚いた。なぜ出来るのか聞いたけれど、実際それを実行に移すのは普通の人間には不可能だろう。


「リックさんも休憩にしましょう。ヴァリアス様には内緒にしてくださいね」


 そう言って出されたのは、某有名菓子店の印の入ったお菓子だった。一口食べれば成る程、有名になるわけだ。ほんのり感じる程度の甘みが、疲れた身体に染み入る。淹れられたお茶も美味しい。


「ジュード様もどうぞ。サルンナの花茶です」

「俺の好きなやつだな。……美味い」

「よかったです。露店で見つけたんですけど、これはなかなか売ってないですから」

「いつもすまんな。毎年作っているのだろう?」

「ええ。でも楽しいですよ。お父様も喜んでいらっしゃるし」

「母上の大切な思い出だからな」


 隊長とジュード様は同郷だと聞いている。確か遠縁に当たるとか。そのせいかお二人は仲が良い。今もあの隊長が、年相応に頭を撫でられて嬉しそうにしている。新人辺りは見たら卒倒するだろうなと考えながらお茶を啜る。大半の者が忘れているようだが、まだ十四歳の少年なのだ。こうして隊長を子供扱いするのは、ジュード様とカラル様くらいだろう。


「ところでリトル」

「何でしょうか、ジュード様?」

「兄上から報告が届いている。いつから帰ってないんだ?」


 珍しいことに隊長が本気で困っている。剥がれることのない笑顔が若干引きつっていた。


「ちゃんと外泊許可は貰っていますよ」

「顔色も悪いな。事と次第によっては、騎士長に直談判せねばなるまい」

「ヴァリアス様は関係ありません!…あ」

「リトル」


 ジュード様が低い声で隊長の名を呼ぶ。傍観しているだけの僕ですら怖い形相だ。


「……リューグ様には言わないでください」


 顔逸らしても、ジュード様はかなりお怒りですよ?


 腕と腰を捕まえられているから逃げられないようだ。精一杯距離を取ろうとする隊長が、失礼だがかなり可愛い。


「俺の言いたいことは分かるな?」

「……はい」

「俺が起こすまでだ。見張っているから覚悟しろ」

「ジュード様の意地悪」

「兄上に報告を……」

「冗談ですよ、ジュード様」


 いつも丸め込んでいる隊長が、言いように手の平で転がされているのはなかなか新鮮だった。脇の下に手を入れて小柄な隊長を軽々持ち上げたジュード様はそのまま隣室へ消えていく。確か、竜騎士に与えられる個室だ。基本的に竜騎士には三つの部屋が与えられる。一つが執務室、そしてもう一つが待機室。待機室は竜騎士直属の部下の控え室みたいなものだ。そして最後が個室。竜騎士が仮眠をとったりすることが出来る場所で、厨房などちょっとした生活ができるようになっている。徹夜で待機なんてこともあるのでその為だ。


 お茶を飲み終えても戻ってくる気配はない。リューグ様と隊長に限ってまさかとは思うが、一体何をしているのだろう。

 その疑問は程なくして解消された。


 捲った袖を直しながら戻ってきたリューグ様が扉を閉めるまでに、遠目に隊長が眠っているのが判った。無垢な幼子のような寝顔が一瞬確認できて、僕は思わず見惚れてしまった。隊長が女と見まごうほど綺麗だったのだと、出会って久しく忘れていた感情を喚び起こされる。しかし、無情にも扉は閉められ、じっとリューグ様が見ていることに気づき、僕は慌てて掃除に戻った。

 ここでもう一度、彼がその絵を見ていたならまた違ったのだろう。だが、彼は重い空気に居たたまれず、手早く掃除をして部屋を出たのだった。




 0番隊の総数、500。内、皇都勤務50名。無事に生還した数、38。内訳:軽傷者8名、骨折等全治3週間以内の者16名、重傷者8名、意識重体2名、五体満足者4名。

 残り12名に関しては、至急救出求む。

小話を外伝部屋に移動しました。一部レイアウト変更されていますが、内容は変わらないです。

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