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天と地と  作者: aaa_rabit
第三章
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お茶会 後編

「……リー。ヴァリー!」

「あ?リトルか」

「リトルか、じゃありません!一体どうしたんですか、ぼやっとして。さっきから手が止まってますよ」


 手元を見れば確かに一枚も進んではいなかった。報告書の字を追っても、直ぐに思考は別へと飛んでいく。これ以上は仕事にならないと判断して、机に書類を放り投げた。


「珍しいですね。貴方が集中できないなんて」


 普段から何だかんだ言いながら、手際よく雑務を片づけていくのがヴァリアスだ。どうしても我慢できなくなると、有無を言わさず何処かへ出かけてしまうことはあれど、前回の出奔の時期から考えてまだ早い。彼の活動源でもある菓子も、先日買い揃えたばかりで切れているわけではない。はて何が原因かと首を傾げるリアナに、ヴァリアスは組んだ手に顎を乗せて溜め息をつく。


 脳裏からは先日の茶会の席で紹介された令嬢の姿が離れない。彼の令嬢はリトルの主家に当たるのか、とぼんやり見ていた。


 熱っぽい目で見られて、リアナはいよいよ調子がおかしいと額に手を当てる。熱、ではないようだ。季節外れの風邪か?いやいや、ヴァリアスの体調管理は万全の筈。起床から就寝、果ては夜の交友関係まで精通しているリアナは、体調も把握している。今朝迎えに行った時点で特に体調不良にも見えなかったのだが。


 先程から人の顔を見る度に溜息を漏らすのは止めて欲しい。気づかないうちに不興でもかったのだろうか?


「あの、ヴァリー」

「ん?どうした」

「僕の、どこがいけなかったのでしょうか」

「はぁ?」

「いえ。先程から僕に言いたいことがあるようなので、正直に言ってください。何処か気に入らないことがありましたか?」

「は……?いやいや、お前はいつもよくやってくれている」

「はっきり言ってくれて構いませんよ?納得できれば改善しますから」

「十分だぞ。これ以上ないくらいにな」


 実際リトルが居てくれなければ、満足に仕事も出来ないだろう。これもまたあと一年足らずかと思えば憂鬱になる。


 この山のような仕事をどうしろというのだ!


 リトルの連れてきた後任は、それなりに仕事は出来るのだがリトルと比べれば格段に劣る。更に彼はあくまで事務官であって、公私を分けた腹心とはいかない。それがまた頭痛の種だった。


 目の前の仕事が溜まってるのに集中できず、むしゃくしゃするばかりだ。例の令嬢とリトルの顔がぐるぐると頭の中で混じり合い……。


「お前、そっくりだな」

 指の隙間から覗くその姿に、どうして今まで気づかなかったのか不思議なくらいだ。


「誰がですか?」

「むしろお前の妹が、か?そういえば、あの娘もリアナだったな。いやまさか」


 ヴァリアスの顔色が変わる。スフェンネル公爵令嬢のリアナ。リトルの双子の妹。スフェンネル公爵遠縁のリトル。


 もしかして、という淡い期待。そもそもスフェンネル公爵子息であるジュードやリューグのリトルに対する過保護っぷりは少々、いやかなり目に余る。

 そりゃあ同じ顔が二つもあればどちらも可愛がりたくなるだろう。


 肝心な点でずれているヴァリアスは腕を組みながら納得したように何度も頷いた。人外美貌がこう何人も居ては堪らない。頭の中ではリトルの妹=公爵令嬢リアナの図が出来上がっている。


 どういった経緯か、リトルの妹は公爵家に養子に出された。そして共々公爵一家に可愛がられているとすれば全て丸く収まる。きっとこのことに悩んでいたのだなと自己完結したら少しすっきりした。


「誰だって同じ顔が三つもあれば気になるよな。お前も水臭いな。妹が公爵家の養子になってると言ってくれれば良かったのに」


 以前一日城下を引っ張り回してしまったではないか。道理で慌てていたわけだ。


「えーと?すみません。会話についていけないのですが」

「先日皇后殿下のお茶会でスフェンネル公爵令嬢とお会いした。あれはお前の妹だろう?」


 確信した問いに、舌打ちしたくなるのを抑えてリアナは言及を避けた。


「さて、次の仕事をお持ちしますね。それが終わるまで今日は帰しませんから」


 ヴァリアスの叫びを後に、リアナは極上の笑みを浮かべて部屋を出た。




 薔薇の甘い薫りを乗せて、風が生け垣を揺らす。すっかり冷めてしまったお茶を含みながら、自然と笑みが零れてくる。


「人が悪いですね、母上」

「あら、失礼ね。わたくしはいつだって息子のためを思っているのですよ。その母に向かって人が悪いとは親不孝な息子ね」

「でも、感謝しますよ。これも貴方と父上の狙い通りですか?」

「人の気持ちまで操作することは出来ませんよ。……けれど、欲しくなったでしょう?」

「ええ。彼女なら立派に務めを果たしてくれることでしょう」

「それだけ?その程度なら彼女の番人が許してくれませんよ」

「お分かりのくせに。ヴァリーが出来たんだ。必ず手に入れてみせますよ」

「期待しないで待っているわ。あの人も本気で動く様ですし、精々負けないように頑張りなさい」


 強敵の参戦に苦虫を噛み潰したように顔を歪める。一体何を考えているのか判らない。自分の後宮にでも入れるつもりだろうか?


「分が悪い勝負ですね。可愛い息子のために母上も協力して下さい」

「可愛い子には旅をさせろと言うじゃない。でもそうね。公平を期すために一年だけ、縁談は抑えておくわ。それからあの人の名誉のために言うけれど、娘にする手段はいくらでもあるのよ」

「……本人の意志は?」

「ないわ。けれどこれは決定事項。公爵もそのつもりで連れてきたのでしょうね。恐らくヴァリーに宛うつもりだったのでしょうけれど、わたくしもあの人もそれは望んでいないわ。だって気に入ったんだもの」

「強欲ですね」

「そうよ。だからね、ジード。本気で欲しければなりふり構わず攫ってしまいなさい。あの人はそうしたわ」


 懐かしそうに眼を細めるヴィエッタ。当時、母には婚約していた幼なじみがいた。相思相愛だったと聞く。今のヴィエッタとリュディアスを見れば二人の仲を疑うわけではないが、母はどう思ったのだろう。


「父上を、恨んではいないのですか?」

「どうして?あんなに情熱な人は他にいないわよ。……うふふ。心配しなくてもわたくしはあの人を愛しているわよ。ロジーのことは愛していたけれど、リュドの背負っているものを一緒に背負いたいと、そう思ったのはあの人だけよ」

「やっぱり君は私には勿体ない女性だよ、ヴィエリ」

「あなた!」


 少女の様に頬を染める母を、母にしか見せない優しい顔をした父が背後から抱きしめる。そのまま二人の世界に突入した両親から視線を外して、夕焼けに染まった薔薇を観賞した。


 あの時の白薔薇を手折ったのもここだった。甘い薫りが記憶を誘い、先日の柔らかな感触を思い出させる。


 人知れず微笑を浮かべる息子に、両親達は意味ありげに視線を交わしていた。



連続投稿でっせ。一時間後にもう一話予約入れてます。

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