冤罪で処刑された令嬢は、幽霊になり復讐を楽しむ
貴族学校のパーティーで賑わうホールにヴェルナー殿下の声が響いた。
「レティシア・ゲイル、お前との婚約は今、ここで破棄する!」
予期せぬ発言に驚いたが、それを顔に出さないように気をつけながら殿下の前に出た。
「理由をお聞かせ頂けますでしょうか?」
殿下は苦々しい顔をする。
「自分の胸に手を当ててみろ。お前が私の真実の愛の相手、ミランダに嫉妬し、行った悪行の数々、忘れたとは言わせないぞ!」
嫉妬なんてあり得ない。そもそも何もやってないし……。
それに、このミランダって誰よ。真実の愛の相手? 訳がわからないわ。
「私は何もしておりませんし、ミランダ嬢とも面識がございませんが、証拠はあるのですか?」
「ある! ミランダがそう言っている」
ミランダという女の嘘を信じているのね。騙されているのに気が付かないなんて情けないわ。
ヴェルナー殿下はまるで舞台俳優にでもなったかのように大きな声を上げ続ける。
「お前は毎日毎日、ミランダに嫌がらせを繰り返し、ミランダの心を傷つけただけでなく、破落戸を雇い襲わせたり、階段から突き落とし亡き者にしようとした。無事だから良かったものの、ミランダがどれほど怖い思いをしたか。死をもって償え!」
「ヴェルナー、私怖かったわ」
腕に胸を押し付けぶら下がっているミランダという女は、涙を浮かべ上目遣いで殿下を見ている。
「先程も申しましたが、私は何もしておりませんし、その方とお会いするのも今日が初めてです。本当にお調べになられたのですか?」
「義姉上、往生際が悪いですよ。ミランダを虐げた罪を認めなさい!」
義弟のコンラートも私をなじる。
「レティシア嬢、会ったこともないなんて嘘も大概にしたまえ! ミランダは辛く怖い思いをしたんだ。罪を認めて償え」
今度は公爵令息のフィリップか。側近達は誰も殿下を諌めないようだ。それどころか皆、男爵令嬢に傾倒しているのだな。
「何度も申し上げますが、私は何もしておりませんし、お会いしたこともございません」
殿下は私を睨みつけた。
「ええぃ、こざかしい! 黙れ! ブルーノ、こいつを城の地下牢に連れて行け!」
側近のブルーノが私のそばに来て憎々しそうに腕を捻り上げた。ギシッと骨が軋むような音がした。
ブルーノは騎士団長の子息で自分も騎士科にいて、卒業後は騎士団に所属する予定だ。それにしても、女性に手を挙げるなんて騎士の風上にも置けない男だ。あの清廉潔白な騎士団長の息子だとは思えない。
「罪を認めろ」
「何もしていないわ」
「嘘をつくな!」
ブルーノは私を縛り上げ、さるぐつわまでした。そして乱暴に担ぎ上げ、地下牢に運び、私は牢の中に入れられた。
今日は陛下や王妃殿下、宰相をしている私の父も騎士団長も、隣国の王太子の婚姻式に参列するために隣国に訪れていて城にはいない。きっとそれを狙ったのだろう。
殿下は本当に私を処刑するつもりか?
しばらくすると足音が聞こえてきた。殿下達だ。
「レティシア、少しは反省したか? 反省してももう遅いがな。あの世で懺悔するんだな。出せ!」
殿下はブルーノに命じ、牢に入ってきたブルーノは私の腕を掴んだ。
「死んで償え」
牢から引っ張りだし、また担ぎ上げた。
私は城の裏手にある処刑場に連れて行かれた。パーティーにいた生徒達が移動したのか、ギャラリーもいる。
さるぐつわをされたままなので喋ることができない。ジタバタしたが、ブルーノに押さえつけられ、そのまま断首台に固定された。
殿下がギャラリーに向かって宣言する。
「今から、悪女、レティシアの処刑を行う。こんな極悪非道な女を生かしておくことはできない。今は陛下が国を留守にしている為、王太子である私が代理で処刑を認めた」
ギャラリーは息を飲んでいる。まさかこんなに早く処刑されるとはだれも思っていなかったのだろう。
殿下の隣には男爵令嬢のミランダが口角を上げ、ニヤリとしている。黒幕はこいつだろうか。
殿下や側近はこいつに踊らされているのか。情けない。こんなやつが王太子だなんて。8歳で婚約してから、10年も全てを犠牲にして尽くしてきたのに。許さない。絶対に許さない。
「最後に何か言うことはあるか? ブルーノ、外してやれ」
殿下の命令でブルーノがさるぐつわを外した。
「私は無実です。こんなことをしてタダで済むとお思いですか? あなた方全員を許しません」
「黙れ! まだ罪を認めないか! 地獄に堕ちろ!」
殿下の言葉とともにギロチンの刃が降りて来る音がして、目の前が真っ暗になった。
私の魂は身体をするりと抜けたようだ。気がつくと目の前には薄い紫色のパーティードレスを着たままの身体と頭が離れ、血まみれになっている私が転がっている。
殿下や側近達は私が死んだことでご満悦なようだ。みんなで大笑いをしている。
悔しい。こんなの死んでも死にきれない。せめて、罪状どおり、男爵令嬢に嫌がらせをしたり、危害を加えたり、殺害未遂したい。殿下や側近達も貶め、精神的に追い詰めてやりたい。
絶対に許さない。
拳を握り締め、奥歯を噛み締めていると、聞いたことのない声が聞こえてきた。
「レティシア嬢、お迎えにあがりました」
白い服を着て背中に羽根をつけた若い男が私の手をとる。
「あなたは誰? どこに行くの?」
「私は神の使いです。天に行くのですよ。あなたは本当ならまだ寿命があるのですが、亡くなってしまったので天に行くしかありません。私がお連れしますので着いてきてください」
天?
「行かないわ。まだ行けないのよ。あいつらに復讐し終わるまでは行かないわ」
そうだ。このまま天に行くなんてとんでもない。復讐してやる。絶対許さない。
神の使いは困ったような顔をしている。
「亡くなってから35日以内に天に行かなければならないのですよ。それを過ぎるともう天には行けず幽霊としてずっとここにいることになってしまいます。それでもよろしいのですか?」
「構わないわ。復讐しないで天国に行っても悔いが残る。きっちり復讐を済ますことができるなら、このまま幽霊でいいわ」
「わかりました。それでは、一旦天国に戻り、神と相談してきます。私が戻るまでに、いや、できるだけ早く復讐を終えて下さいね」
神の使いは姿を消した。
私は、私の断罪と処刑に関係しているすべての人達に復讐する決意をした。
無実の人間を有無も言わせず、きちんとした取り調べも裁判もせずに処刑した。これは処刑なんかではない、殺人だ。
きっと陛下や父に連絡がいっていると思うが、すぐには戻れないだろう。陛下はきっと正しい判断をし、何かしらの裁きをされると思うが、息子可愛さに目が濁るかもしれない。まずは私が自分で自分の無念を晴らす。
ギャラリーの中には私を無実を信じ抗議している人達もいたが、殿下達が正しいと私を罵倒している者達もいる。その顔忘れないからな。
さて、だれから始めようか。
幽霊になっているので誰にも姿を見られず、何処にでも行ける。魔法使いより幽霊の方が有能だと初めて知った。
とりあえず、隣国の陛下や父のところに行ってみよう。意図するだけで行きたいところに行けるなんて幽霊ってほんとに便利だわ。
私が隣国の王宮の貴賓室のサロンに姿を現すと、ちょうど陛下や父が使者からの報告を受けているところだった。
「なんと馬鹿なことを!」
「レティシアを処刑したなんて……」
陛下は声を荒げ、王妃殿下ははらはらと涙を流している。
「私が国に残っているべきでした。そうすればレティシア嬢を保護できた」
騎士団長は拳を握りしめている。
陛下は眉間に皺を寄せる。
「ヴェルナーとくだんの男爵令嬢のことは貴族学校に配置している影達から報告を受けていたのだが、卒業までの関係だと思って放置していた。ヴェルナーがあそこまで馬鹿だったとはな」
「レティシアは無実ですわ。あの子はそんなことはしません」
「あぁ、レティシアは無実だ。レティシアがそんなことをしていれば影達から報告があるはすだ。まぁ、影などいなくともレティシアはそんなことをする人間ではない。それに、すでに飛び級で卒業していて、貴族学校には行っていないはずだ。毎日、王宮で王妃教育や執務をしている。少し調べればわかるはずだ」
確かにそうよね。貴族学校には影がうじゃうじゃいると聞いたことがあるわ。私の無実は証明できる。ヴェルナー殿下達は陛下が戻るまでの天下というわけね。
使者は顔を上げた。
「殿下は何の取り調べもせず、レティシア嬢を処刑されました」
「なんだと!」
「城のパーティー会場から殿下の命令でブルーノ様が担ぎ上げ、地下牢に入れた後、パーティーを楽しまれました。そして、パーティー終了後、地下牢から処刑場に身柄を移し、斬首台で……」
「断首だと!」
陛下は声を荒げた。王妃殿下は陛下の手を強く握り、顔を見ている。
「陛下、私はヴェルナーを許せません。レティシアはあんなに尽くしてくれていたのに。ヴェルナーなど廃嫡にいたしましょう。あの愚か者を次期国王になどできません」
王妃殿下は涙が止まらない。
「そうだな。元々レティシアが婚約者だったから成り立っていた王太子だ。レティシアがいないなら、ヴェルナーの王太子は無い」
あら、そうだったの? 私ありきだったとは知らなかったわ。
父が使者を見る。
「コンラートは何をしていたのだ?」
「コンラート様は殿下と一緒にレティシア様を断罪されておりました」
「なんだと!」
握りしめた拳から血が流れている。
「養子縁組を解消し子爵家に戻す。いや、平民に落とすか……」
騎士団長が、言葉を遮る。
「宰相、これは殺人です。平民に落とすとかそんなことで済ませるわけにはいきません。我が息子を含め、加担した者はそれ相応の罪に問わねばなりません」
さすがだわ。子育ては失敗したみたいだけど。
陛下も大きく頷く。
「そうだな。ヴェルナーにも罪を償わせる。まずはレティシアの名誉を回復しなければならない。その上で国葬を出そう」
いや、国葬までしてもらわなくてもいいわ。名誉を回復して、あの者たちにきちんと罰を与えてもらえればそれでいいの。
「とにかく戻ろう。今すぐ出立しても我が国に到着するまで10日はかかる。こんな時、魔法で移動できればな。私ももっと魔法を学んでおくのだった」
陛下はため息をついた。
我が国は基本、魔法が発達していない。伝達の仕事をしている者や暗部の者以外は訓練をしていないので、移動の魔法は使えない。
それを幽霊の私は簡単に使えているから、幽霊ばんざいという感じだ。
陛下に信書を託され使者は移動魔法で国に戻った。
陛下や父、騎士団長達の考えはわかったので安心した。もし、陛下が保身のためにヴェルナー殿下達を庇ったら、呪い殺してやるところだったわ。
さて、私も国に戻ろう。
母はどうしているだろうか。義弟が私の処刑にかかわっているのだから心を痛めているだろう。
我が家に戻るか。また瞬間移動で今度は屋敷に向かった。
家に戻ると母が義弟を追い出しているところだった。
「お前をこの家に入れるつもりはありません。義姉を助けるどころか一緒になって陥れるとは。そんなお前など我が家には要りません。養子縁組を解消します。子爵家に戻りなさい!」
「義母上、落ち着いて下さい。義姉上が悪いのです。処刑されても仕方ないのです。私と養子縁組を解消したら後継がいなくなります。義父上が戻ったら叱られますよ。困るのは母上ではありませんか」
なんて言い草だ。母を脅すのか。義弟はいつからこんな悪い奴になっていたのだろう。
「後継なんてどうにでもなります。夫は叱るどころか褒めるでしょう。誰かコンラートを子爵家に送り返して頂戴」
母はピシャリと扉を閉めた。コンラートは我が家の騎士達に羽交締めにされ、馬車に乗せられた。
馬車に着いて行ってみるか。幽霊は空も飛べる。めっちゃ快適だわ。
コンラートが乗った馬車が子爵家に到着した。使用人達は挨拶も無く無表情で、子爵の執務室にコンラートを連れて行った。
「戻ったか」
子爵の声は地を這うように低いわ。
「父上、私は悪くない。公爵が戻れば私が悪くないことがわかります。それまでこちらで……」
子爵はどうするのかしら? 私が姿を消し見ていると、子爵はいきなりコンラートを殴りつけた。
「護衛騎士! この愚か者を使用人部屋に監禁しておけ。逃げ出さないようにしっかり見張れ。食べ物は死なない程度にやればいい。私は公爵邸に行ってくる」
「父上」
「お前のような不忠義者は息子ではない。恩あるレティシアお嬢様に仇を為すとは何事だ! 誰が許しても私は許さない」
まぁ、子爵ったら良い事言うわね。確かに私は子爵領の特産物を作る時にアイデアを出し、色々お手伝いしたのよね~。そのおかげで子爵領はまぁまぁ潤っているわ。
「放せ! 放せ! 父上!」
コンラートは騎士達に捕らえられジタバタしていたが、すぐに部屋に放り込まれた。
コンラートに復讐するのはまだ後でいい。私もひとまず屋敷に戻ろう。
公爵邸の自分の部屋に戻るのは久しぶりだわ。今日はベッドでゆっくり眠って、明日から復讐を始めましょうかね。
大きなあくびが出た。公爵邸の自室に戻った私はベッドに入り、目を閉じる。昨日から色々あったなぁ。まさか、幽霊になるなんて夢にも思わなかった。
さぁ、明日から本格的に復讐開始だ。今夜はゆっくり眠って英気を養っておくとしよう。
*ブルーノ*
陛下が使者に託した文書には、なんの権限もないのに勝手なことをした、沙汰が下るまで4人をそれぞれの家で謹慎させよ書いてあったようで、4人は軟禁されているみたいだ。
ミランダは何のお咎めも受けてないようだ。義弟のコンラートは養子縁組を解消されて、子爵家に戻ったので、子爵家で軟禁されている。
3日後、陛下達は隣国の魔法使いの力を借り、移動魔法で我が国に戻ってきた。やはり生きている人間は魔法が使える方が便利だ。幽霊はなんでもありだけどね。
陛下は使者を通し、暗部と騎士団に捜査を命じていて、それらの調べで私が冤罪で殺されたことが立証され、殿下達のやったことが国中の知るところとなった。
私の名誉は回復されたのだが、復讐はやめない。だって無実なのに、問答無用で殺されたのだもの。腹の虫がおさまらない。復讐してもバチは当たらないわよね。
今はブルーノの部屋にいる。ブルーノももちろん謹慎中で自室に軟禁されている。父親の騎士団長が隣国から戻ってからすぐに、かなり殴られたようで、酷い顔だ。
私は毎日ブルーノの前に姿を見せた。最初は幻覚だ、気のせいだと言っていたが、さすがに毎日悲しい顔で姿を見せ、最近は喋ったり、触ったりもしている。その上、洗脳するように、取り憑いて呪ってやると囁いているので、ブルーノは恐怖に囚われているようだ。
今日は頭を手に持ち、血を流しながら、うらめしそうな顔をしてブルーノを見つめてみた。ブルーノは脳筋で、一見豪胆そうだが実は気が小さい。
復讐の一番手にブルーノを選んだのは、私に直接危害を加えたことと、気が小さいからきっと怖がるだろうと思ったからだ。せっかく幽霊になって復讐をするのだから、まずは手応えを感じたい。
私は部屋の隅に立ち、何も言わずにじっとブルーノを見る。
「レティシア……」
私に気づいて顔色が悪くなる。私はブルーノのすぐ傍に移動した。
「ねぇ、ブルーノ様、身体と頭が離れてしまった。あなたのせい?」
「ち、ちがう! 悪いのは殿下だ。殿下のところへ行ってくれ! 俺は殿下の命令でやっただけだ。来るな! 来ないでくれ!」
大声で叫んでいる。
「あなたに捻り上げられたこの腕、骨が折れたみたい。痛いわ」
「殿下だ! 殿下に命令されて仕方なかったんだ!」
「あら、そうかしら? 楽しそうにやってたじゃない? 呪っちゃおうかしら。ふふふ」
手に持っていた血まみれの頭をブルーノの膝の上に置く。
「ぎゃぁ~~~~~!」
あまりにも大きな叫び声をあげたので、何ごとかと、父親が慌てて部屋に飛び込んできた。もちろん父親の目に私は見えない。
「ブルーノ、どうした? しっかりしろ」
声をかけられ、ブルーノはぶるぶると震えながら父親にしがみついた。
「父上、レティシアが……レティシアが……」
「何を言っているのだ。レティシア嬢はすでにこの世にいないではないか。夢でも見たのか?」
ブルーノは首を振る。
「いるんだよ。そこに。ほら、頭を手を持って、血だらけになってそこに立っているんだ! 見えるだろ! ほら、そこ」
見えないわよ。ブルーノだけに見える設定なんですもの。
父親は情けない顔をしてブルーノを見ている。
「お前の良心がレティシア嬢の幻影を見ているのではないか? お前は、殿下に、陛下がお戻りになってから、きちんと取り調べをしてそれで罪を決めるべきだと進言するべきだったな。いや、レティシア嬢がそんなことをする訳がない。あの女に騙されているのだと言うべきだった。何のための側近だ。情けない」
「しかし、あれはレティシアが……」
「愚か者め! レティシア嬢は無実と証明された。さぞかし無念だっただろうな。無実の罪を着せられてお前達に殺害されたんだからな」
「違う! 違います! レティシアはミランダを虐めていたんだ!」
「馬鹿かお前は。相手は男爵令嬢、しかも庶子だ。もし、本当にレティシア嬢が虐めていたとしても、泣き寝入りするしかない。貴族とはそういうものだ。まぁ、あのレティシア嬢がそんなことをするわけがないし、そんなことをする時間もない。彼女は多忙を極めていて、貴族学校もすでに飛び級で卒業している。貴族学校でその男爵令嬢に会うことなどあり得ない」
父親の言葉にブルーノは目を見開いている。
「飛び級で卒業?」
「そんなことも知らなかったのか?」
本当に知らなかったのだろうか? 私は今年は1日も貴族学校には行っていない。なので、今年から編入してきた男爵令嬢と会ったのもあの場が初めてだった。
「そういえば、あの時レティシアはミランダと会ったことがないと言っていた。初めて会うと……」
情けない顔で騎士団長はため息をつく。
「そりゃそうだろう。男爵令嬢は今年から編入してきたし、レティシア嬢は去年で卒業していて、貴族学校には行っていない。学期末のパーティーには来賓として出席していたはずだ。出席させなければよかったと陛下が言っていた」
騎士団長の言葉にブルーノははっとしたような顔をした。
「それなら、ミランダは誰にいじめられていたのだ? レティシアにされたと言っていたのに」
「レティシア嬢のアリバイなら王宮の者や貴族学校の影達が証言している。それに少し考えればわかるはずだ。か弱い令嬢が階段から落ちて、かすり傷な訳がないだろう? お前の目は節穴か。情けない」
騎士団長は部屋から出て行った。
「ミランダが嘘をついていたのか?」
ブルーノはポツリとつぶやく。
「そうでしょうね。私はミランダ嬢と面識がないし、貴族学校にも行ってないわ。なんでちゃんと調べもせず私を殺したの?」
後ろから顔を覗きこんだ。
「ぎゃ~~~~」
ブルーノは飛び上がり、床にうずくまった。
「まさか、ミランダが嘘をつくなんて思わなかったんだ。ミランダはか弱くて……」
「か弱いふりをしていたんじゃないの?」
「俺のことを頑張っていると言ってくれた……。頼りにしていると言ってくれた……」
ハニートラップにコロリと引っかかったのね。
「でも、彼女は殿下を選んだ。あなたは騙されて利用されたの。そして私を殺した。許さない。呪い殺してやる~」
頭のない身体でブルーノの首を絞めるふりをした。ブルーノの首に血まみれの私の手がまとわりつく。
「ぎゃ~~~~、やめてくれ! 助けてくれ! 悪かった。俺が悪かった。呪わないでくれ!」
「許さない。絶対許さない。私と同じように断首にしてやる~。このまま締めて、頭と身体を切り離してやる~」
あら~。
ブルーノは泡を吹き、失禁をして気を失った。
まぁ、こんなもんか。あとは父親の騎士団長に任せて私は次に行くとしよう。
ブルーノ、楽しかったわ。バイバイ。
次はフィリップにしようかな。
ーフィリップー
フィリップは公爵令息。一人息子のせいか、両親に甘やかされていたからか性格が悪かった。
頭がいいこともあり、子供の頃からヴェルナー殿下のことを馬鹿にしていた。もちろん殿下は気が付いていない。殿下の前ではそんなそぶりは見せなかった。
私がいなければ殿下を傀儡にし、自分が影の国王になれると思っていたみたい。私が処刑されていちばん喜んだのはフィリップかもしれない。いや、案外処刑を計画したのはフィリップだったのかもね。殿下はそんなこと思いつかないだろう。
フィリップの屋敷に行くと、軟禁どころか、屋敷の中で普通に過ごしていた。変装して街にも出ている。国王にチクってやろうかしら。
公爵夫妻も「お前は悪くない。お前は殿下と婚約者のゴタゴタに巻き込まれた被害者だ」なんて言っている。こりゃ、フィリップだけでなく、この両親も懲らしめなきゃダメだな。
私は幽霊姿を公爵夫妻に見えるように設定して屋敷の中をうろうろすることにした。もちろん、血みどろのパーティードレス。手には断首されて離れ離れになった頭を持っている。
最初に気がついたのは夫人だった。
「まさか、レティシア嬢なの?」
私は何も喋らず恨めしそうな顔をして夫人を見つめる。
「気のせいよね? 幽霊なんているわけないわ」
小さな声で呟く。よし、引っかかったな。
「気のせいじゃありません。無実の罪で処刑され、悔しくて天に昇れないのです。私は私を陥れた者達を許しません。そしてその者を野放しにしているあなたも許しません。あなたや公爵、フィリップに取り憑いて呪い殺します」
血まみれの手で夫人の頬に触れてみた。
夫人は真っ青を通り越し、真っ白な顔になった。
「フィリップは悪くないの。悪いのは殿下よ」
「お諌めするのが側近です。フィリップ様は殿下よりミランダ嬢と親密だったとか」
これはブルーノから聞いた話だ。ミランダは殿下とフィリップの両方と深い関係にあったそうだ。殿下は気づいてなかったらしい。ブルーノはもう、私の犬みたいなものだから、なんでもペラペラ喋ってくれた。フィリップの事も色々と聞いた。
「ま、まさか、そんな」
「ミランダがフィリップの子を托卵し、ヴェルナー殿下に嫁ぎ、フィリップは側近として何食わぬ顔をして、王家を乗っ取るつもりらしいわ。これがバレたらこの公爵家はお取り潰しね。陛下の枕元に立ち、バラしてしまおうかしら。ふふふ」
夫人は色んな恐怖が重なり、固まっている。まぁ、そこまで考えていたかどうかわからないけど、冤罪には冤罪ね。陥れてあげるわ。フィリップ、ミランダ。
「あなた達がフィリップ達が無実の私を陥れたと新聞社にリークすれば許してあげる。謀反を企んでいたことは黙っていてあげるわ。フィリップを廃籍し、平民に落としなさい。さもなくば公爵家もあなた達も謀反の連帯責任でお取り潰しの上、処刑よ」
夫人はブルブル震えている。幽霊も怖いけど、脅された内容はもっと怖いわよね。
夫人はとりあえずこんなものでいいか。次は公爵ね。
夫人は公爵の執務室に走って行った。公爵夫人とは思えないバタバタとした走りっぷりだ。
「あなた、あなた、大変です。一大事です」
公爵は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「また、フィリップか。もう勘弁してくれ」
「そ、それが……レティシア嬢が……来たの」
夫人は私が話したことを公爵に伝えた。
「ばかな。夢でも見ているのか? レティシア嬢は亡くなったのだ。ここに来るわけがない」
信用しないなら、出ちゃおうかしらね。
「閣下」
私はまたいつもの身体と頭が離れた血みどろの姿で公爵の肩をぽんと叩いた。
公爵は呼吸をするのを忘れているようで、目を見開き固まっている。
「夫人が話した事は本当です。フィリップ達が無実の私を陥れた罪を認め、公開しなければ謀反の企てを陛下にお伝えしますわ」
「幻覚だ。幽霊などいるわけがない。それに枕元に立ったところで陛下がそんな戯言を信じる訳がない」
往生際が悪い。
「幽霊はいるのですよ。陛下は小さい頃から実の娘のように私を可愛がってくれていましたもの。信じるに決まっていますわ」
頭を公爵に持たせてみた。首からは血がドクドクと流れ落ちている。公爵の手は血まみれだ。
夫人はそれを見て腰を抜かした。
「レティシア嬢、ごめんなさい。ごめんなさい」
「謝罪より、ご子息が私を陥れたとリークしてください。そうすれば公爵家は助かります。あなた方が口をつぐんで、フィリップを野放しにしていたら、私は陛下に謀反をお伝えするし、あなた方に取り憑いて呪います。家を潰し、重い病? それとも四肢欠損の大怪我がいいかしら? あっ、そうね。そんなことしなくても処刑されるわね。まぁ、お好きな方を選んで下さいね」
それからしばらく、姿を見せるだけで何も言わずに公爵夫妻をじっと見つめることにした。
夫人はとうとう寝込んでしまい、公爵も精神的なストレスからか、食事が摂れなくなったようで随分痩せた。大切な息子を切り捨てるか、それとも謀反の罪で捕まるか? ふたりはどちらを選ぶのだろう。
公爵夫妻はフィリップを捨てた。
フィリップがミランダのハニートラップに引っかかり、深い関係になり、ミランダに言われて私を陥れたと新聞社にリークしたのだ。
その上で、フィリップを廃籍し、平民に落とした。
ただ、「息子はミランダに騙された。息子も被害者なのだが、レティシア嬢があんなことになったのも息子が馬鹿だったからだ。あんな息子、もう公爵家とは関係ない」と言ったようだ。
フィリップの私財はわが公爵家に慰謝料として渡すと言ったが父は断った。父は私財の代わりにフィリップの身柄を預からせて欲しいと言い、夫妻は二つ返事で簡単にフィリップを手放した。
溺愛していた息子より家を取った貴族らしい公爵夫妻だった。
「父上、母上、なぜ私を捨てるのです。私は悪くないと言っていたではありませんか! 廃籍など、どうして! 悪いのはレティシアです!」
「ええぃ、うるさい! お前があの女と共謀しなければ、私達もこんなことをせずとも済んだのだ。王家に弓引くような息子はいらん。お前のせいでこの歴史ある公爵家を失うわけにはいかんのだ。もう、お前は息子でもなんでもない。さらばだ」
父に足蹴にされ、フィリップは夫人に縋りつこうとした。
「母上……」
「大切に育てたのに、恩を仇で返すような息子は要りません。どこへでも行きなさい」
冷たい顔で、ピシャリと扉を閉めた。
フィリップは我が家が用意した馬車に乗せられ、王宮の地下牢に入れられた。私が入れられていた牢だ。
「くそっ、父上、母上、裏切りやがって。ブルーノだ。あいつがチクリやがった」
悔しがっているが、もう全てがあとの祭りだ。フィリップには姿は見せないでおこう。
さぁ、次はコンラートのところに行こうかしらね。
ーコンラートー
コンラートは実家の子爵家の使用人部屋に幽閉されていた。
下級使用人の部屋らしく、かなり狭い。部屋の中にご不浄や小さな水場があるので、狭いは狭いなりに上手く作られている。
コンラートは古く、ボロいベッドの上で膝を抱えて座っていた。
髪も髭も伸び放題。まぁまぁ、それなりに美男子だった面影はどこへやらだ。
「俺は悪くない。悪いのは義姉上なんだ。義父上も義母上も父上も母上も兄上もおかしい。あんなに優しくて清らかで美しいミランダに危害を加えたのは義姉上なんだ。処刑されて当たり前なんだ。これって逆恨みだよな。まぁ、きっと殿下やミランダが助けに来てくれる。それまでの辛抱だ。正義は必ず勝つ。頑張ろう」
独り言をぶつぶつと言っている。
「正義は必ず勝つのなら、あなたは惨敗だわね」
いつもの頭を手に抱えた血塗れの姿ではなく、普通の姿でコンラートの前に出てみた。コンラートは大きく目を見開き、口も開いたままだ。
「義姉上……生きていたのか……」
「まさか、幽霊よ。断首されて生きている訳ないじゃない」
コンラートはまだ固まったままなので勝手に話を続けてみた。
「誰も助けにこないわよ。ブルーノもフィリップも私が無実だったと認めたし、殿下も幽閉されているわ。ミランダは知らないけど」
フィリップは両親だけどね。
「フィリップが新聞社にリークしたの。国中があなた達5人が私を陥れたこと知っているわ」
リークしたのも両親だけどね。
私の言葉にコンラートの顔が青くなっていく。
「嘘だ! そんなの嘘に決まっている!」
「ふふふ、幽霊は嘘つかないわよ」
私はベッドに腰を下ろした。
「ミランダは殿下だけじゃく、フィリップとも深い関係だったみたいね。ブルーノやあなたにも粉かけてたんでしょ?」
「ま、まさか。ミランダはそんな子じゃない。本当に好きなのは俺だと言ってくれた。でも、殿下に好きだと言われたら断れないって。いつも俺を気にかけてくれていて、優しい子なんだ」
馬鹿だわ。甘い言葉にころっと騙されたのね。
「あなたはいつも頑張っているわ。無理をしないでね、とか言われたの? 公爵教育と側近の仕事で大変でしょう。たまには休んでね。とか?」
「そうだよ。優しい言葉をかけてくれた」
「バカね。それで信じたの? あなたのことを本当に思うなら立派な次期公爵になれるようにもっと頑張りなさいと叱咤激励するんじゃないの。あなたは頭が良くてうちの養子になったけど、努力が嫌いで心が弱かった。いつも楽な方に逃げようとしたわ。学ぶのが嫌なら、子爵家に戻ればよかったのよ。公爵にはなりたい、名誉やお金は欲しい。でも、しんどい事は嫌。楽をしたい。そんなのは無理よ」
「そ、そんなことはない! 俺は一生懸命やっていた!」
「あれで一生懸命? 価値観が違うわね」
コンラートは黙り込んだ。
「あなた、私の義弟なのに、私が飛び級で卒業して、貴族学校に行って無かったこと知らなかったの? ミランダは私に直に嫌がらせをされたと言ったのでしょう? どうして裏を取らなかったの? ミランダが嫌がらせをされていた時、私がどこで何をしていたか、ちょっと調べればすぐにわかることよね? そのあたりがあなたのダメなところね。王太子の側近も次期公爵もやっぱり無理だわ」
コンラートは何だかショックを受けている様な顔になった。
「忘れていた……」
「ミランダに美味しいことを言われて浮かれていたのね。あなたはやっぱり公爵の器じゃなかったわ。ごめんなさいね。父があなたを養子にしなければ、こんなことに巻き込まれることもなく、田舎の子爵家の三男としてのんびり暮らせていたのに」
コンラートは私が飛び級になったことを忘れていたことがショックだったようだ。
「義姉上は本当にミランダを害してなかったのですか?」
あらま、言葉遣いが変わったわね。
「いつ害する時間があるの? 私はずっと王宮にいたわ。それに貴族学校には影がうようよいるのよ。もし、私がそんな真似をしたらすぐに陛下に報告がいくでしょう。私のアリバイは影に聞けばすぐにわかるわ」
「確かに……」
「余程、ミランダが上手だったのね。単純な殿下やブルーノはともかく、フィリップやあなたまで騙されるなんて……」
「えっ?」
私の言葉にコンラートは顔を上げた。
「私やフィリップ様?」
「そうよ。あなた達は優秀だもの。まぁ、フィリップはミランダと共謀していたようだけどね。托卵して王家乗っ取りをするつもりだったらしいわ。彼は自分より無能な殿下が国王になるのが許せなかったみたい。ミランダが主犯かフィリップが主犯かわからないけど、あなたは素直だし、ブルーノは脳筋だからコロリと騙されちゃったのね」
コンラートは俯いて唇を噛んでいる。
「まぁ、それでも罪は罪よ。もう次期公爵にも、次期宰相にもなれない。実家の子爵家にも籍はない。罪を償った後は平民として生きていくしかないわね。生きていたらね」
「生きていたら?」
目を見開き私を見つめる。
「だって、罪もない公爵令嬢を陥れ殺害したのよ。死罪もありえるでしょう? それに。ミランダとフィリップは托卵して国家を乗っ取ろうとしたのよ。あなた達も共犯だと見られたら死罪だわね」
私はふふふと笑った。
「じゃあね。もうあなたのところには化けて出ないわ。自業自得、身から出た錆をしっかり味わいなさい。さようなら」
スッと姿を消した。
「義姉上! 義姉上!」
呼んだってもう出てやらないわ。処分が決まるまでその部屋で自分がやったことを悔いなさい。コンラートに絶望を与えられてよかったわ。
さぁ、次はミランダにしようかしら。殿下は最後にとっておきましょう。
私はまた公爵邸にある自分の部屋に戻り、ベッドに入りゆっくり眠ることにした。
ーミランダー
男爵令嬢のミランダはどこかの高位貴族の養女になる予定で探していたらしいが、陛下達が戻り、殿下達が謹慎になったこともあり、手を上げる家がないらしい。ヴェルナー殿下も廃嫡されそうだし、いまさら肩入れしても共倒れになるだけだ。
まあ、それだけではないだろう。私の冤罪は立証されたし、父は私を陥れた面々を許さないだろう。我がゲイル公爵家を敵にまわしたい家門はないと思う。
それに、フィリップの両親は托卵話や謀反話は新聞社に話さなかったが、ミランダが皆を騙したと話したそうで、世間は彼女を主犯扱いしているみたいだ。
どうやら男爵家はミランダを捨てたようだ。あんな庶子のせいで家に何かあったらと夫人がミランダを平民に戻したらしい。
今、ミランダは平民だった頃に母親と住んでいた家にひとりでいる。ただ、父は何かの間違いだとミランダを庇い、夫人に内緒でこっそり生活費を渡し、まだ貴族学校にも通わせていた。男達とは違い、特に幽閉はされていないようだ。
王宮の法務部に忍び込み、私がミランダにしたことが書かれている書面を手に入れた。あちらの言い分が書かれている書面だ。幽霊だから忍び込まなくても普通に入ったのだけど、誰にも見つからなかった。ほんとに幽霊凄い。
せっかくなので、書面に書かれている通りの嫌がらせをミランダにすることにした。だってそれで処刑されたのだもの。きっちりその通りやらせてもらう。やらないと損した様な気になるもの。
はじめは姿は見せずに声だけで。
「無実の罪で処刑されたなんて嫌だから、あなたがされたと言ったこと全てやらせてもらうわ。自分の言動には責任を持ちなさい」
「……空耳よ。空耳。あの女の声が聞こえるわけないわ」
ミランダは耳を押さえている。
「断首になるくらいの罪だから、かなり過激にやらなきゃね。ふふふふふ」
ミランダは頭を振り走り出した。もちろん足をかけて転ばせ、耳元で囁いた。
「まだまだこれからよ。あなたが言ったとおりの被害を受けたらどうなるか、楽しみにしておきなさいね」
頭の上から水を浴びさせた。水をぶっかけてやりたいと思ったら、急に水がいっぱい入った水差しが現れたので、ミランダに注いでやった。
やっぱり幽霊って魔法使いよりすごいわ。
毎日毎日、教科書やノートを破った。机に落書きもした。水をかけたり、転ばせたり、もちろん階段からも突き落としてやった。捻挫や骨折をしたようだ。本当に突き落とされたら怪我をするのよ。
ミランダは日に日にぼろぼろになっていく。皆が見ているところでミランダに危害を加えるが、皆には私の姿が見えない。勝手にひとりで怪我を負うミランダを見て、皆は眉を顰め、「レティシア様の祟りだ。この女が悪い。この女がレティシア様を陥れたからだ」と口々に言い、誰もミランダを助けない。ざまあみろと思った。
今日は頭と身体が離れた姿で、教室に現れミランダの前に立ってみた。もちろんミランダ以外には見えない。
「破落戸に襲わせる殺人未遂がまだだったわね。どちらも未遂だったわね。さぁ、どんなふうな未遂にしようかしら? 死ぬ寸前までなら未遂よね? 瀕死の重症いいわね」
ミランダは私が本当にやるだろうと思っているようだ。
「やめて……やめて……お願いよ。私が悪かったわ」
今更、ガタガタ震えられてもね~。
「ダメよ。罪状通りやらなきゃ私が死んだ意味がないでしょ? 逃げられないように足を切って、抵抗できないように手も切って、どれだけ血を流せば死ぬかやってみようかしら? 死ぬ寸前で止血するから大丈夫よ。ふふふ、目を潰しちゃうのもいいわね。喉も潰す? 未遂だから死なないだけで死んだ方がマシって感じにしてあげるわね」
私はミランダを見てニヤリと口角を上げた。
あらあら、失禁しちゃったのね。しかも泡を吹いて白眼を剥いているわ。全く呆れちゃう。貴族の矜持もないのかしらね。
殺人未遂はもういいか。どうせ、捕らえられたら死罪か無期懲役でしょうし、托卵して、王家乗っ取るって嘘か本当かわからない罪もでっち上げたし、このあたりでいいわね。
殿下や側近達をうまく騙したから、もっと邪悪かと思ったけど、意外と小物でつまらなかったわね。
ただ高位貴族の妻になって贅沢がしたかっただけなのかも。高位貴族の妻がどれほど大変か何もわかってないくせに、身の程知らずだったわね。
この事件は高位貴族の子息に粉をかけまくったミランダと、ミランダを利用して、私を排除し、王家乗っ取りを企んだフィリップが主犯か。間抜けなヴェルナー殿下、ブルーノ、コンラートはミランダのハニートラップに簡単に引っかかり、口車に乗せられて私を処刑したってことね。
私としてはフィリップとミランダは重い刑に、あとの3人は平民に落として市井に捨てればいいと思う。ブルーノとコンラートには復讐したし、殿下にはこれからガッツリやらせてもらうから、私の気がすめばそれでいい。
でも、ミランダとフィリップはただでは済まないでしょうね。
フィリップの両親には、乗っ取りの件は内緒にしてやると言ったけど、殿下への復讐が終わったら、陛下と父と騎士団長の枕元に立って、その件をバラしてやろうと思っている。ただ、悪いのはフィリップで両親も公爵家も知らない話だから、公爵家は咎めないで欲しいと言っておこう。嘘つきにはなりたくないもの。この先、フィリップの両親は王家と我が家に尽くせばいいのだ。
ミランダは精神に異常をきたしたようなので、これくらいにして、最後はヴェルナー殿下のところに行くとしよう。
きっと根性無しの殿下はすぐに音を上げるだろう。もう少し。もう少しで復讐も終わる。
私は実家の庭にあるガゼボに座り、咲き誇る薔薇を見ている。幽霊になっても美しいものは美しく見え、汚いものは汚い。いや、幽霊だからこそ、そう見えるのかもしれない。薔薇の香りに癒されながら、どんな復讐をしてやろうかと考えてニンマリしていた。
ーヴェルナーー
さぁ、最後は殿下ね。気合いを入れて怖がらせましょう。
私は王宮に忍び込んだ。殿下は自分の部屋に幽閉されている。窓の下や扉の前には護衛騎士が立っていて部屋から逃げないように見張っている。まぁ、怖がりなので3階の窓から逃げる事はあり得ないだろう。
殿下はとりあえず廃嫡されたらしい。そりゃそうだろう。陛下も妃殿下も、めっちゃ怒っていたし、勝手にあんなことをした殿下を支持する貴族はいないだろう。
次の王太子は第2王子のジークハルト殿下に決まったようだ。ヴェルナー殿下とはふたつ違い。確か今は王太后様の母国に留学していたはず。王太子に決まり、帰国すると王宮で噂になっていた。
ジークハルト殿下とは子供の頃、一緒に勉強をしたり、遊んだことがある。頭もいいし、強さと優しさの両方を持っていて、芯がしっかりしている。嫡男というだけでヴェルナー殿下を王太子にしようとしたが、我が国にとってはジークハルト殿下が国王になった方が絶対良いと思う。私が死んで良かったことはヴェルナー殿下が失脚し、次期国王がジークハルト殿下になったことくらいだろう。
私はヴェルナー殿下の枕元に立った。せっかく断首されたのだから、身体と頭を離して、手で自分の頭を持って枕元に立つ。もちろん血みどろ姿。これ、みんなめっちゃ怖がるのよね。小心者のヴェルナー殿下はそれだけで腰を抜かすかもしれない。
「殿下、痛いわ。あなたのせいで頭が離れてしまったの。元に戻してよ」
首の辺りから真っ赤な血を流し、血の涙を流しながら殿下に躙り寄る。殿下は真っ青になり、ガタガタ震えだす。
殿下にどんどん近づき、手を取りぎゅっと握りしめると、私の手から血が滴り落ち、殿下の膝やベッドを赤く染める。
「ひゃー」と声を上げた殿下は、私の手を払いのけ後退りする。
見開いた両目は血走り、歯がガチガチと音を立てるほど震えが止まらない。
「来るな! 私は悪くない! 悪いのはミランダだ! レティシアを消してと言ったのはミランダなんだ!」
あらあら、いきなりこれなの。真実の愛はどこに行ったのかしら?
「それに、早く消さないとレティシアのことだから、うまく逃げると言ったのはフィリップだ! 悪いのはミランダとフィリップだ。私は2人に丸め込まれたんだ!」
まだ初日よ。これからしばらく毎日毎晩、色んなバージョンで出没するのに、最初からそんなにびびっていたらもたないわよ。それにしても酷い顔ね。誰かに殴られたのかしら?
殿下に近づく。
「ミランダは真実の愛のお相手でしょう? ミランダの罪は殿下の罪よ。私が死んで2人は真実の愛を貫くのでしょう?」
「来るな! やめろ! やめてくれ!」
「フィリップは側近でしょう? 臣下の罪は主君の罪よね?」
やっぱり、今までの中でいちばんビビっている。これじゃあ。フィリップが傀儡にしたくなる気持ちもわからないでもない。見た目は麗しいけど、中身は空っぽ。今までもほとんど私に丸投げしていたのに、私を殺して、ミランダを王太子妃にして執務が滞らないと思っていたのかしら? ミランダが才女なら話はわかるけど、ミランダもきっと中身なしだわよね。中身なし同士、確かにふたりはお似合いだわ。フィリップに傀儡にされると思わなかったのかしら? 本当に危機感ゼロだわ。
私は手に持っていた頭をベッドの上に置き、殿下の後ろに回ってバックハグしてみた。殿下の首筋に私の首から流れている血が滴り落ちている。
「殿下~、許さないわ~」
「ぎゃー! 助けてくれ! 助けてくれ! 俺は悪くない。ミランダとフィリップだ! あいつらのせいだ!」
あらあら、私が俺になっているわ。素が出るほど怖いのね。
逃げようとベッドから飛び降り扉に向かって走り出した。
叫び声を聞き、護衛騎士が部屋に入ってきた。
「殿下、どうかなさいましたか?」
「た、助けてくれ! レ、レティシアが……」
「殿下、しっかりなさって下さい。レティシア様はもう、お亡くなりになっております。夢でも見たのですか?」
「夢ではない! ここだ! ここにいる。お前には見えないのか!」
護衛騎士に私は見えない。殿下にだけ見える設定だ。護衛騎士は困り果て、小さくため息をついている。私は殿下の頬を冷たい手で触ってやった。
「ぎゃー!」
またもや悲鳴。あらあら失禁しちゃった。床の上等なカーペットに染みが広がる。みんな失禁ね。護衛騎士はなんとも言えないような情けない顔をしている。
「メイドを呼んで片付けさせます」
部屋を出ようとした護衛騎士の腕を殿下が掴んだ。
「い、行かないでくれ。ひとりにしないでくれ」
頭を手に取り、口を殿下の耳に近づけて囁いた。
「ひとりじゃないわ。私がいるじゃない」
頬をぺろりと舐めてやったら、殿下は顔を青から白に変え、そのまま白目を剥き気を失った。
それから毎日昼夜問わず、殿下の傍に血みどろの頭と胴体が離れた幽霊姿で現れては、怖がらせて楽しんでいる。ある日、幽閉されている殿下の部屋に大司教が現れた。
「お呼びだそうで。懺悔でもなさいますか」
殿下は懺悔なんてしないわよね~。
「大司教! この幽霊を祓ってくれ」
「幽霊ですか?」
「レ、レティシアの幽霊だ。早く、早く祓ってくれ!」
祓えってか? まだ祓われるのは嫌だな。大司教は信頼のできる人だ。生前良くしてくれた。彼には同情を引く手を使ってみるか。
私は大司教の前に姿を現すことにした。殿下達が見ている私ではなく、美しい姿でだ。
この世のものとは思えないくらい美しい姿でキラキラを伴い出てみた。まぁ、この世のものじゃないけど。
「大司教様、私は悲しくて悔しくて死んでも死にきれません。罪もない私を陥れた方々が何の罪にも問われずのうのうと生きているなんて許されるはずがありません。大司教様、どうか、どうか私の無念をはらしてくださいませ」
涙を流し、上目遣いに大司教を見つめる。ミランダが殿下にしていた仕草を真似してみた。
大司教は膝をついた。
「レティシア様、私が留守にしていたばかりにこんなことになり、申し訳ございません。陛下も公爵も殿下達の罪を許しません。あとは私達がきちんと始末をつけますので安心して安らかにお眠り下さい」
そういえば、あの時、大司教も大聖国に行って国を留守にしていてわね。本来なら処刑は国王陛下か大司教の許可がいる。せめて大司教がいてくれたら、処刑を強行されることがなかったかもしれない。
もう、私を陥れた主要メンバーは叩きのめしたし、尻馬に乗って、私を害した人達のところにも個別に血みどろ姿バージョン&身体と頭離れてます姿バージョンで枕元に立ち、呪ってやると囁いて、びびらせたから気は済んだわ。
あとは大人達に任せてそろそろ天に行こうかしらね。
少しして、それぞれの刑が決まった。王太子は廃嫡の上、北の塔に生涯幽閉。死刑を免れ、平民にはならずに済んだようだ。ただ、ひとりぼっちで幽閉されるのは、案外死刑より辛いかもしれない。ミランダとフィリップは予想通り死刑、ブルーノとコンラートも廃嫡、廃籍され平民になり、労働刑となった。
もともとフィリップはブルーノ達と同じで労働刑だったのだが、私が陛下の枕元に立ち、托卵し、王家を乗っ取る計画を企てていたとチクり、怒り狂った陛下はフィリップを死刑にした。私の時とは違い、きちんと裏を取り証拠を揃えた陛下はさすがに国王だ。約束どおり、フィリップの両親は何も知らなかったということで、監督不行届で領地の1/3を没収されたが、降爵は免れた。フィリップをすでに廃籍していて、公爵家とは関係ないとしたことも功を奏したようだ。
それにしても口から出まかせで、托卵して王家を乗っ取るつもりだと言ったのに、陛下の調べで、本当にフィリップとミランダがそう計画していたとわかった。
いやぁ~、フィリップって本当に悪者だったのね。ミランダにそんな頭はない。主犯はフィリップだったのね。ミランダもそこまで背伸びしないで、裕福な子爵家か伯爵家あたりにしておけば、処刑なんてされなくて済んだのに。私も死ぬ事はなかったのになぁ~。
身の程を知るのは大事だと思うよ。
私の名誉は回復され、我が家は王家や側近達の家からかなりの賠償金をもらったが、父はそれらを全額各地の孤児院に寄附したという。さすがお父様だ。
幽霊生活最後の日、父と母に姿は見せず、お別れの言葉だけ告げた。
「お父様、お母様、全ての決着がつきました。私もそろそろ、天に昇ろうと思います。最後にお別れが言えなかったので、今日参りました。先に天に行くことをお許しくださいませ」
父は上に向かって腕を伸ばしている。
「レティシアか? 姿を、姿を見せてはくれぬか? コンラートやブルーノはお前の姿を見たと言っていると聞いた。私達の前にも現れてくれ。頼む。頼むレティシア」
父も母も涙を流している。姿を現したら別れが辛くならないかしら。でも、本当にお別れだしな……。まぁ、いいか。
私は生きていた頃と同じ姿で父母の前に現れた。
「お久しぶりでございます……」
父が私を抱きしめ、母も抱きつく。
「会いたかった。あの時、私がこの国にいたら、王太子でも成敗してやったのに、実は戻ってすぐ城に行き、部屋で幽閉されていた王太子をボコボコにしてやったが、それでも気がすまなかった」
ボコボコって、お父様ったら。それで、私が行った時、ヴェルナー殿下は微妙に顔が腫れていたり、傷があったのね。
「私も妃殿下に頼んで、殿下に会わせてもらい、顔を引っ掻いてやったわ」
お母様まで。全くふたりとも間違いなく私の親だわ。
「コンラートの父親は腹を掻っ捌いてお前に詫びると自死しようとしていたので、やめさせて、生きている限り、お前の墓守をしてくれと頼んだ。それでいいか?」
「もちろんですわ。子爵は何も悪くありませんもの。コンラートも罪を償ったあと、領地に戻り、一緒に墓守をしてくれるといいですね」
コンラートも根は素直な良い子だ。まだ、若いし、更生の余地はある。
「わかった。そうするよ」
「レティシア、まだ慌てて天に行かなくてもいいのでしょう? お祖父様やお祖母様もあなたに会いたがっているの。皆を呼んであなたのお別れ会をしましょう」
母が突飛もないことを言い出した。もう本当にお別れだし、あの時、誰にも挨拶ができなかった。まぁ、いいか。
「ええ。少しくらい遅くなっても大丈夫ですわ。みんなに挨拶をしてから旅立ちます」
結局、祖父母や叔父叔母達、それに友人達が屋敷に詰めかけ、大宴会となった。皆、幽霊なのに怖くないようで、生きている時と何ら変わりなく、いや、それ以上に私に優しくしてくれた。
朝、皆が寝ているうちに屋敷を出て、城に向かい、陛下と妃殿下にもお礼を告げた。
さぁ、いよいよお別れだ。私は天に昇る。
しかし、天に昇るにはどうすれば良いのかしら? とりあえず大聖堂の祭壇の前に行き、神の使いを呼んでみた。
「神の使いさん、そろそろ天に昇りたいのですがどうすれば良いでしょうか?」
私の目の前にあの日と同じ、白い服を着て、背中に羽根をつけた神の使いがふわりと現れた。
「レティシア様、魂が身体から抜けてから35日以内でないと天には行けないのです。私はあの時にそう申しましたよね?」
そういえば、そんなことを言っていたような……。
「では、私はずっと幽霊のままなの?」
まぁ、最悪幽霊のままでも、それはそれで楽しいかもしれない。私がそんなことを思っていたら、神の使いは首を振る。
「いえ、あの時、持ち帰って神と相談いたしました。レティシア様は元々の寿命がまだ残っておりますので、なんとかならないものかと皆で思案致しました」
このままずっと幽霊かと思ったが、そうでもないのかしら?
神の使いはファイルの様なものを広げ、私に見せてくれる。
「バーレント王国に病でもうすぐ儚くなる予定の姫様がおります。その姫様の魂が抜けたあと、身体に入り、その姫様として、本来の寿命の年まで生きるのはいかがでしょう? レティシア嬢であれば、他国の姫様となっても何の問題もありません。今度亡くなる時は幽霊になどならず、私が迎えに参りましたら、すぐに天に昇ってください。どうですか? それでよろしいでしょうか?」
他人になって生きるのか。それも楽しいかもしれない。ずっと王太子妃になるために全てを犠牲にして生きてきた。その姫になればやれなかったことがやれるかもしれない。わがまま姫になって暴れるのもいいな。
「神の使いさん、それでお願いします」
「承知致しました。その姫様の身体にレティシア嬢の魂が入る時、生まれてから亡くなるまでの姫様の記憶も共有できるようにしておくのでご安心くださいませ」
「ありがとうございます」
「それでは、今度は年老いたお姿でお会い致しましょう。そうそう、姫様の御名前はレティシア様でございます。同じなので馴染みやすいですね。では、ご武運をお祈りします」
神の使いはそう言うと煙のように消えた。ご武運って? 戦いに行くみたいね。名前が同じなら馴染みやすいわ。レティシア・バーレントはどんな人生を生きてきたのだろう。今度こそ寿命をちゃんと生きて年老いた姿で神の使いさんと会いたいもんだわね。
瞼が重くなってきた、目が覚めたらレティシア・バーレントか。どんな子なんだろう? 可愛い外見だといいな。そんなことを思いながら目を閉じる。
私は意識を手放した。
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