再会
天野と会わなくなって10年後。
離婚経験2回、しかも未婚のシングルマザーという恋愛や結婚に圧倒的に不利な条件だったが
そんな中でも、ゆかりは何人かの男性からアプローチを受けることが多々あった。
10歳以上年下から年上まで、彼らの年代も職業も様々だったが
共通することは、彼らは天野ではなかったことだ。
どうしても気持ちが動くことがなく、ゆかりは娘のむぎと二人で暮らしていた。
再婚なんてまっぴらだ。
最初はいくら愛し合って結婚しても、いつかその愛は冷める。
目が覚めるのは、きっと自分からだ。
そしてその冷めた刃はむぎに向くかもしれない。
そう思うと、再婚にも恋愛にも足を踏み出すことは出来なかったし
足を踏み出せてくれるほど魅力的な男性もあらわれなかった。
きっとそこに踏み出せる相手は…もう会えない。
ゆかり(私にとって、好きな人は天野さんだけでいい。
宝物みたいな思い出をくれた、大好きな人。
でも二度と会うことはできないから、そっと自分の宝箱にしまっておこう)
そんなささやかで平穏な日々を過ごす母子2人。
むぎ「ママ、むぎユニバに行きたい!ミニオンに会いたいの!」
ゆかり「そっかそっか。じゃぁ涼しい季節に行こうねぇ。」
ゆかりは5歳のむぎを連れて、大阪へ向かう。
大阪へは2時間半。
5歳の幼児を連れて、新幹線に乗り、一緒に駅弁を食べる。
ゆかり「むぎちゃん、そのお弁当美味しい?」
むぎ「うーん、むぎ、ママのご飯の方が好き!」
ゆかり「あはは、ありがとう。でもね、このお弁当も誰かがきっと作ってくれてるんだ。残さず食べようね。」
むぎ「はーい!」
お弁当を食べ終え、眠りにつくむぎ。
そのむぎの手にそっと手をかさねるゆかり。
むぎの手の暖かさを感じながら、新幹線の車窓から無言で外を見つめるゆかり。
何も考えてはいなかったが、ただひたすら無心で車窓の外を見つめていた。
新大阪駅に到着する。
むぎ「ママ!ひとがいっぱい!すごい!」
ゆかり「そうだね。都会だからね。さ、迷子にならないようにママと手をつなごうか。」
むぎ「うん!」
ホテルに新大阪駅近くのホテルにチェックインし、荷物を預けて1日目の目的地に向かう。
ゆかり「むぎちゃん、ママ、行きたいところがあって。お参りに行ってもいい?」
むぎ「うん!パチパチするところだね!」
御堂筋線に乗り、本町駅へ向かう。
本町駅で、中央線に乗り換え阿波座駅へ。
むぎ「新幹線と違って、お外真っ暗だね。」
ゆかり「新幹線は地面の上を走ってるけど、この電車は地面の下を走ってるからだよ」
むぎ「土の下なの?」
ゆかり「そうだよ!」
むぎ「すごいね!」
阿波座駅へ到着すると、改札を出て目的地へ向かう。
サムハラ神社。
天之御中主大神、高皇霊産大神、 神皇霊産大神を主祭神とした関西でも有数のパワースポットとして知られる。
無病息災・家内安全、そして金運・勝負運のご利益のある神社だ。
神聖で厳かな雰囲気の境内。鳥居の前でお辞儀をして神社内に足を踏み入れる。
ゆかり「むぎちゃん。ママがお金を投げたら、お手てを二回たたいて。
それから神様にお願いごとをするんだよ。」
ご縁を意味する5円玉を賽銭箱に投げ、むぎと並んで
二礼二拍手をする。
パンパンッ!
ゆかり(むぎが健康でいられますように。
お金に困らないように、私の営業成績がもっと伸びますように。)
それだけ願って目を開けようとしてゆかり。
だが目を閉じたまま、もう一つお願いごとを付け加える。
ゆかり(天野さんが元気で幸せでありますように…)
目を開け、まっすぐ本殿を見つめるゆかり。
ゆかり「ふぅ」
と一息吐き、むぎと共に一礼をして、社務所へ向かう。
サムハラ神社はお守りの指輪が有名だった。
初穂料として1万円必要だが、それでもご利益があるという噂だったし
なぜか”指輪”というものに憧れがあった。
ゆかり「むぎちゃん、ちょっと待ってね。ママちょっと御用があるからね。」
社務所で指輪のオーダーをしていくゆかり。
幸運が呼び込めるように、小指サイズの指輪をオーダーする。
ふと背後で遊んでいたむぎが声を上げる!
むぎ「ごめんなさい!」
男性の声「ハハッ大丈夫?名前はなんていうの?」
むぎ「むぎ!むぎっていうの。5歳!」
男性の声「ほんだら、まだまだ遊び盛りやな。しっかり遊べよ~」
ゆかり「…!?」
むぎの話し声に気づき、ゆかりは背を向けたまま驚く。
男性の目の前でつまづいて転んだようだ。
ゆかりが振り向かない、いや、振り向けないのには理由があった。
なぜならその声と笑い方に聞き覚えがあったからだ。
恐る恐るむぎの声のする方に体を向けるゆかり。
神社の境内の静寂の中、ゆかりの心の中は騒々しくなる。
少しふくよかになったが、雰囲気は何も変わらない
あの時の皇帝のようなオーラを纏った天野が立っていた。
むぎは天野にぶつかってしまったようで
むぎに視線を合わせるように、彼は両手を膝にあて中腰のポーズをとっていた。
ゆかり「むぎ!大丈夫?」
天野がゆかりの姿を見つける。
バチッ。
天野と視線が合うゆかり。
また、時間が止まる。
あの時のように。
ゆかり「あの、すみません、お転婆で…そしてお久しぶりです。
覚えてらっしゃいますか?堂本です。」
天野「……」
ゆかり「……お怪我ありませんか?スーツ汚れてたりしませんか?クリーニング代はこちらで負担しますので…すみません。」
天野「あの、そんなことどうでもいいんです!」
ゆかり「??」
天野「…そんなことより、僕はずっと伝えたかったことがあるんです。」
ゆかり「……」
天野「あの時、僕はどうしても踏み出せなかった。
会社の風潮とか、社長の反応
それから誰かの将来を背負うことが…僕は怖くて。」
ゆかり「私も、あの時はすみません」
天野「あの後、あなたがいなくなってから
世界から光が消えたようになってしまった。
どれだけ仕事で成果を出しても、どれだけ称賛されても
俺は心から喜べなかった。」
ゆかり「……え?」
顔を上げ天野の顔を見つめるゆかり。
天野は俯き、顔を赤くしている。
天野「俺、本当に好きでした。ゆかりさんのこと。
もし神様が味方して、俺たちをめぐり合わせてくれた時には
自分の気持ちを伝えようと思ってました。」
ゆかり「……っ!」
ゆかりの顔を見つめる天野。
天野の真剣なまなざしを、一心に大きな瞳で受け止めるゆかり。
その瞳に、涙が溢れてくる。
ゆかり「天野さん…私も、ずっと…」
口元を手で覆い、抑えきれない涙が何粒も零れてくる。
天野はゆかりの涙を人差し指で拭う。
天野「お子さん、可愛いですね。
積もる話もあるだろうし、これからご飯でも。」
そっとゆかりの肩を抱き寄せ、優しくゆかりを抱き締める天野。
ゆかり「はい…!」
むぎ「むぎ、お肉がいい!」
天野「ハハッ!むぎちゃんはママに似たんだな!」
ゆかりに手を差し伸べる天野。
そっと天野に手を添える。
天野は、ギュッとゆかりの手を握る。
今度は握手ではなく、恋人繋ぎで。
もう離さない、という意味を込める様に、力強くも優しくゆかりの手を握りしめた。




