恋の沼
あれから2週間が経った。
相変わらず天野からの連絡はない。
ゆかり(やっぱり天野さんからの歩み寄りとかはないよね…脈、なくなっちゃったよね…)
そんな不安をかき消すように、仕事に励むゆかり。
仕事に集中している時間は何も考えなくていいが
帰宅するとどうしても天野の事を考えてしまう。
テレビからの音がノイズにしかならない。
ゆかり(天野さん…何してるのかな。)
夏の間は、恋愛をすることがとても楽しかった。
ドキドキの裏のワクワク。
思い人との約束の日を心待ちにする感覚。
こんなに心が躍った恋愛は、ゆかりの生きてきた31年間の中で初めての経験だった。
天野の無邪気な笑顔に吸い込まれそうになることも
天野に見つめられて顔が赤くなったことも
そして自分からデートに誘ったことも
ゆかりにとっては、他の男性では経験できなかった心の動きだった。
きっと自分から送れば、何かしらの返事は来るだろう。
でも自分から誘うのも、先日のデートが天候都合でキャンセルになったことでとてもナーバスな考えになってしまう。
ゆかり(天野さん…私のことどうでもいいと思ってるのかな、やっぱり他にいい子いるのかな)
天野が意図してか意図せずか、ゆかりの脳内に作った”大きな余白”。
この余白の中をどうしても埋めたくなる衝動。
SNSを徘徊し、天野を探し始めるが、彼の姿はどこにも見つからない。
ため息を吐く。
頭の中の余白が、心の靄で覆われていく。
ゆかり(私、こんな人間だったっけ…気持ち悪いな、自分。)
既に退職してしまった部下の中で
「彼氏に振られてしまったので、今日休ませてください」
と申告してきた部下の顔を思い浮かべる。
ゆかり(ああ、あの子もこんな気持ちだったんだな。会社休むのは話が違うけど、今なら気持ちがよくわかるな)
顔を覆い、シャワーを浴びる。
気分を切り替え、ベッドに横たわる。
自分の気持ちと距離を置きたいと思っても、それができない自分が悔しい。
ゆかり「自分が…嫌いだ…」
布団の中に潜り込み、無理やり眠りについた。
後日。
朝日が溢れてくるオフィス。
シフトがしばらく合わず、しばらく会話のなかった元木がゆかりに話しかけてくる。
元木「堂本ちゃん、天野さんのことどないなったん?」
ゆかり「それが…2回ほど台風でダメになっちゃって。彼からリスケもないし、疲れちゃって。もうダメかなって。」
元木「え!?後悔するで?もう1回頑張ってみなって!」
断りたい気持ちでいっぱいいっぱいだったが、”後悔”の二文字が心に深く突き刺さる。
ゆかりは頬杖を吐き、思いを巡らせる。
ゆかり(そうだな…子供が亡くなったときも、自分の父が亡くなったときも、祖父母が亡くなったときも…そのたびに私、後悔はしたくない、やりきりたいって思ったんだったな。)
ゆかり「そうやんな。後悔しないほうがいいよね。分かった、今日連絡してみるよ!」
元木「頑張れ!私はいつも味方やからな!」
帰宅して天野にメッセージを送ってみる。
(ゆかりからのメッセージ)
【天野さん、元気ですか?
久しぶりにご飯行きませんかー?】
少しして天野から返信が来る。
通知が鳴り、慌ててスマホを確認する。
(天野からのメッセージ)
【お久しぶりです!元気ですよ!
また行きましょうか!
11/10なら行けそうです!】
思ったより早い天野からのメッセージ。
そして次の約束が記載されていることに、ホッとするのと同時に目の前がパッと明るくなる。
ゆかり「勇気出して誘ってよかったーーーー!!!!」
(ゆかりからのメッセージ)
【ええ!いんですか!?ぜひその日に行きましょう!】
わくわくする気持ちが抑えられない。
次こそは楽しい時間にしたい、そう強く、心の中で願うゆかりだった。




