天野の誕生日
翌日。
早出出勤で元木とオフィスで顔を合わせるゆかり。
元木はにやりとした笑顔を思い浮かべ、ゆかりに寄り添ってくる。
元木「堂本ちゃん。昨日どうやったん?」
ゆかり「ん~こんなこと言われたんだけど…僕は家事は出来るけど料理ができないとか…」
元木「え!!!それどない返したん!?」
ゆかり「そうなんですねって」
元木「はぁ!?なんでごはん作りにいきましょうか?って言わんかったん!めちゃくちゃ熱いボールやん!」
ゆかり「え!!だって付き合ってもないし…いきなり家は早いかなって…」
元木「そんなん気にせんとガンガンいかんと!はよ次の約束取り付けんと!」
ゆかり「ふむ。恋愛ってそういう感じなのか。で、握手されたんだけど…」
元木「えー!何それ!めっちゃ可愛いやん。でも脈しかないからガンガン行き!」
今まで自分からアプローチをしたことがないゆかり。
いつも男性からアプローチを受けていた。しかも熱烈に。
なので自分主体での恋愛の進め方がいまいちわかっていなかった。
退勤後、天野にLINEメッセージを送る。
(ゆかりからのメッセージ)
【天野さん、また飲みに行きましょう♪今月とか行けたりしますか?】
(天野からのメッセージ)
【すみません、今月は経営発表会の準備で忙しくて…9月なら!】
ゆかり(9月…。天野さん誕生日だな。一か八か言ってみる?)
誕生日に一緒に過ごすなんて、非常に大胆だ。
しかも日曜日なので、日曜日が休みの天野からすると”仕事帰りに飲みに行く”という流れが作れないため、かなりハードルが高い。
少しだけLINEメッセージ送信する前に、深呼吸をして送信ボタンを押す。
(ゆかりからのメッセージ)
【9月は天野さん誕生日ですね!よかったら一緒に誕生日お祝いさせてもらいたいです!】
(天野からのメッセージ)
【誕生日はちょっと…。9/10ならいいですよ!】
ゆかり(やっぱ誕生日は無理だよね~。でも代替案きた!うれしい!!)
(ゆかりからのメッセージ)
【9/10ですね、OKです!時間作ってくれてありがとうございます!】
ゆかりと天野は用件がない限り、ほとんどメッセージのやりとりをしない。
天野は帰宅後、発売されたばかりのモンハンに熱中しているという話を聞いていた事と
仕事が激務の天野の負担を少しでも軽減したかった為
ゆかりからはメッセージを送らないようにしていた。
やり取りはなくても、なんとなくだが繋がっている気がしたし、寂しさはなかった。
むしろ、次会える約束が出来た事で、天野に負けないように頑張ろうと思えた。
後日、営業周りで各課長に世間話をするゆかり。
女性の課長から
女性課長「ねぇ、堂本さんって…誰か好きな人いるでしょ?」
ゆかり「えっ!何でですか!?」
女性課長「キラキラ感が違うから。クスクス」
ゆかり「でも私…仕事はどうしたらいいか分かるんですけど…
好きな人はいるんですけど…
恋愛の仕方がわからないんです!」
女性課長「えーーーー、何それ!めっちゃ可愛い!」
ゆかりの仕事ぶりは、研ぐように自分のスキルを磨いたものを、部下に落とし込んでいく。
落とし込まないといけないものはたくさんあるが、厳しくも愛情深く人材育成をしていくことができた。
このようなゆかりの性格の相まって、部長・課長始め、ゆかりへの目のかけ方は同業他社よりも深いものがあった。
クライアントからのゆかりへの期待と信頼は絶大で、営業成績はどんどん上がっていっていた。
9/10
ゆかり(よし。今日やっと天野さんに会える!ムダ毛の処理もしたし…色々、準備万端!!)
急いで天野との待ち合わせ場所に向かう。
今日は天野の誕生日を盛大に祝いたい…そんな気持ち一つで足早に歩を進める。
予約していたお店に着くと、店内スタッフに一つ確認事をすると、案内された席に着席する。
天野がお店に到着する。
いつも二人で会う時はフランクな天野だったが
今日はバリアを張ったように仏頂面だった。
ゆかりと目を合わさず、無言で席に着く天野。
何かを睨むように、鋭い視線で左方向を見つめていた。
ゆかり「天野さん、お久しぶりです!もしかして…疲れてます?」
天野「いや、仕事で色々あって…」
話題を出すが、あまり会話が弾まない…。
なんとか会話の糸口を掴もうとするが、天野のテンションが上がってないのが目に見えてわかってしまう。
ゆかり(天野さん。なんか違う?もしかして誰かできたのかな?)
入店から1時間半ほど経過して、お店の証明が急に薄暗くなる。
ハッピーバースデーの音楽とともに、ゆかりがお店にお願いしていた
天野への誕生日ケーキがサーブされる。
ケーキの上にはパチパチとはじけるパーティースパークが刺されていた。
天野「……!」
驚く天野の表情がやっと綻ぶ。
その表情にホッと安心するゆかり。
天野の笑顔を見て、とびきりの笑顔で天野にお祝いの言葉を発する。
ゆかり「天野さん、誕生日おめでとうございます!これ、ささやかですが、プレゼントです」
天野「え!ありがとうございます!」
子供のようにその場で包み紙を開ける天野。
その表情はとても無邪気で屈託がない。
まるで誕生日プレゼントを開ける子供のようだ。
天野「タンブラー!ビール飲むときにめっちゃええやん!ありがとうございます!」
ゆかり「天野さんお酒好きだから~(笑)家で飲むとき使ってくださいね。」
天野「高頻度で使います!」
ゆかり(可愛いな。天野さん…)
22時。
ラストオーダーの時間になり、退店する。
前の別れ際は名残惜しそうに握手してくれたが、この日の天野は帰り際も
不愛想で急いで帰路に着く。
天野「じゃぁ僕こっちなんで。お疲れ様です。」
天野の背中を見つめながら
その態度にギュっと胸が痛くなるゆかり。
ゆかり(あ~、天野さん誰かいい人できたのかなぁ…もう脈ないよね…)
帰宅して天野にお礼のメッセージを送るゆかり。
もう脈ないし、贈る言葉をテーマに文章を作る。
(ゆかりからのメッセージ)
【天野さん、忙しいのに時間取ってくれてありがとうございました!
体調に気を付けてくださいね。
遠くから、これからの天野さんのご活躍をお祈りしています!】
あえて”また”という文章を入れなかった。
今日の天野の態度から、その言葉を入れてしまうと重荷になってしまいそうで。
きっといい人ができたんだろう。幸せになってほしい。
ただ、その願いを込めてLINEメッセージを送信する。
(天野からのメッセージ)
【いえいえ、こちらこそタンブラーありがとうございました!大事に使います!
また飲みに行きましょう!】
ゆかり(えっ!)
天野から”また”のメッセージが加えられていたことで、少し希望の光が灯る。
まだ自分の可能性があることに安堵のため息を吐く。
ゆかり(でも、社交辞令かもしれない…)
素直になりたい自分と、自分を守りたい気持ち。
そんな複雑なしこりが、心に残ってしまった。




