なにわ淀川花火大会の日
8月になり、天野の会社は完全退職し、本業の会社で業務に励んでいた。
一度退職した会社だが、出戻りという形の為、顔見知りがたくさんいた。
復帰した常駐しているクライアント先は95%が女子社員という、いわゆる女性の職場だ。
よく一緒に喫煙所にタバコを吸いに行っていた元木(女性社員)の隣で業務を行うゆかりに、元木が話しかけ来る。
元木「堂本ちゃーん、堂本ちゃんてさ。恋してる?」
ゆかり「えっ?」
元木「私さ、再婚することになってさ。高校生みたいな恋愛してんねん。なんかどうしていいかわからん、みたいなさ。」
ゆかり「あ~わかる…それめっちゃわかる。」
元木「どうもっちゃん。あんた、今好きな人おるやろ?」
ゆかり「んー、まぁ…いますね(笑)」
元木「どんな人?」
ゆかり「クールなんやけど、少年の心持ってる人(笑)」
元木「デートとかしてんの?」
ゆかり「じつは、今日飲みに行くねん…」
少し恥ずかしそうに俯くゆかり。
元木「まじで!今日花火大会やん!めっちゃロマンチックやん。今度話聞かせてや!」
ゆかり「いや、花火は見んのよ。退勤時間的に間に合わんくて。ぜひ聞いておくれ…もうどうしていいかわからんのよ…。今日も集中できなくて…」
元木「いや、仕事には集中しよ!じゃぁこれ電話していこっか~」
ゆかり「了解!」
胸のざわざわをかき消すように、仕事に集中するゆかり。
退勤時刻が近づくたびに、少しだけ指が震える。
でもワクワクする気持ちは抑えきれなかった。
退勤時刻になり、走って駅へ向かうゆかり。
電車に乗ると天野にメッセージを送る。
(ゆかりからのメッセージ)
【今電車に乗りました!】
(天野からのメッセージ)
【すみません、今日遅くなるかもしれません。多分20時くらいになるかと。先に飲み食いしてもらって大丈夫です!】
(ゆかりからのメッセージ)
【はい!待ってます!】
19:30に約束のお店に到着する。
一人でお店に入り、天野の到着を待つ。
花火大会の日なのに、お店にはほとんど客はいなかった。
天野の会社を退職したため、上司と部下という関係性はなくなった為
今回は完全プライベートでの会食だ。
どうしてもソワソワしてしまうゆかり。
メニューを見たり、スマホを見たりして、ため息を何度も何度も吐く。
ゆかり(久しぶりな気がして…くぅー。ドキドキする…)
スマホが震え、天野からのメッセージが届く。
飛びつくようにスマホを確認する。
(天野からのメッセージ)
【お待たせしてすみません!もうすぐです。】
時刻は20時前。
外からドーン、ドーンという花火の音が聞こえる。
最終の花火だろうか。
天野が到着する。
いつものように緩いパーマを綺麗に流し、おでこを出して、皇帝のような雰囲気を醸し出している。
天野はゆかりの姿を確認すると、ゆかりの対面に着席する。
そして…ワイシャツのボタンを上から二つほど外す。
天野「お疲れさんです。遅れてすんません。・・・・あっついな・・・」
天野は熱を逃すため、ワイシャツのボタンの隙間に指を通し、風を通すようの上下に動かす。
意中の男性の胸元が見える。
なんだかフェロモンが出てるみたいで、さらにドキドキしてしまうゆかり。
ゆかり(これは…なんかあかんやろ…)
ゆかり「天野さん、お疲れ様です。とりあえずビールいっときますか?」
天野「ですね!」
ドリンクが運ばれてきて、小さく乾杯をする二人。
中ジョッギの生ビールをグビグビッと喉を開かせて、一気に飲み干す天野。
天野「はぁ~うまい!」
ゆかり「あはは、8月は大変な時期ですよね。経営発表会もありますしね。」
天野「そうですね。今回も僕一人で色々やらされてますわ(笑)
でも明日からお盆休みなんでやっと休めます!
とは言うても明日は朝からお坊さんが来るんですけど」
ゆかり「お父さんの?」
天野「そう、おやじが小さいときに亡くなってるんで。
まぁ拝んでもらったらすぐ帰りますけどね(笑)母親も再婚してるんで、僕一人で対応せなあかんのですよ。」
ゆかり「再婚かぁ。私ね、離婚したじゃないですか。
しかも2回目…。もうバツ2なんでもう恋愛とか無理かなって思ったりしてるんですよね~」
明るい話し口調だが、かなり重いボディブローを繰り広げてしまうゆかり。
しまったと思って、天野の顔を見ると
両手の指先を、それぞれ自分の両肩に置いて話し始める。
この仕草は天野が何か、大事な事を開示するときの合図だった。
天野「僕はね。37年間、今まで生きてきてずっと結婚したことがないんですよ。
今まで僕は…誰かの人生に対して責任を負うって事が怖かった。逃げてきた…
だから、僕はフリーの人より彼氏がいる人の方が魅力的に見えるし
フリーの子よりも結婚してる人の方が魅力的に見える。
でも今の堂本さんは、結婚してた時の魅力もあるし、法的な制約もないから…
僕にはすごく魅力的に見えます!」
ゆかり「・・・・・・?
あ、ありがとうございます!そう言ってもらえるとお世辞でもうれしいです。」
ゆかり(天野さんって絶対女の子からモテるもんね。リップサービスだよね)
天野の変化球交じりのボール。
力いっぱい投げたんだろうが、見事に見逃してしまうゆかり。
ハハッと俯きながら、天野なりの自己開示のポーズをして話を続ける天野。
天野「僕はね、今、実家に一人で住んでるんですよ。
僕の家は3LDKで築年数は古いけど、結構綺麗にしてて、部屋が余ってます。」
ゆかり(え!なんの話…!)
心の中でツッコミを入れるが、天野の言葉を遮らないように耳を傾ける。
俯きながら話す天野の様子を、じっと見つめるゆかり。
天野「この前話した通り、父は小学生の時に亡くなったし、妹は結婚して家を出て今子供が二人います。
母は2年前に再婚して、家を出ていきました。
僕はね、一人が長いから、ある程度の家事は出来る。
掃除も出来るし、洗濯も出来る。
でも僕は料理だけは出来へんのですよ…」
ゆかり(……?そういえば天野さん、私の作ったお弁当結構見てたな。
これって、家でご飯作ってほしいってことか?
いや、そんなはずないよな。まだ敬語の段階やで。)
天野のボールが変化球なのかストレートなのかもわからない。
とにかく段階飛ばしすぎて意図が分からない。
バットを振っていいのか分からない。
ゆかりからの反応がいまいちないことをチラッと確認すると話を続ける天野。
天野「でもね。」
ゆかり「はい。」
天野「家に調味料はあるんですよ。
いつか使ってやらなあかんと思ってる。
でも僕は…料理だけは出来へん…」
ゆかり(いくら天野さんと言えど、さすがに家はまだ早いやろ。)
ゆかり「……?そうなんですね…」
ゆかりのリアクションの薄さに、笑顔のまま少し頭を垂れる天野。
だがさらに言葉を続ける。
天野「僕ね。スーパーとかも行かへんから。
だから二人でスーパーとか行くのもいいなって思ってるんですよねぇ。」
ゆかり(スーパー行って家に連れ込むつもりなんか?まだ早いやろ)
ゆかり「あはは。そうなんですね。天野さん、結構かわいいとこありますね(笑)」
天野は黙っていても女性が寄ってくる容姿だ。
今までこういう話を出せば女性は喜んで乗って来た。
思った通りの反応を目の前のゆかりから得られずに、ガクッと肩を落とす。
ストライクゾーンに投げた若干変化球交じりのボールが
全て、”あえての”見逃し三振をされてしまう。
天野の中では暖簾に腕押しのような、糠に釘のような手応えだったんだろう。
お酒のせいか、羞恥心からか、顔を赤くして俯く天野。
そこから話題を提供するゆかり。
ゴルフやゲーム、競馬などの趣味の話や仕事の話。
だんだん話のネタが尽きてきた頃、時刻は22:00すぎ。
いつもこの時間には解散している。
ゆかりは天野に促す。
ゆかり「天野さん?こんな時間だし、明日も和尚さん来るから早いでしょうし
もうそろそろ帰りますか?」
天野「いや、まだ全然!大丈夫です!」
ゆかり「そうですか!じゃぁもう一杯いっときましょか(笑)」
お互いアルコールを進ませながら、あまり手札のない会話のネタを引っ張り出す。
しかし元々手札が少ない。
時刻は23時を過ぎていた。
ゆかり(うーん。もう会話のネタがない。どうしよ。)
ふと天野の方を見ると天野は…
とても優しい微笑みでゆかりを見つめている。
ゆかり(え…)
その天野の視線から目が離せなくなる。
時が止まる。
ゆかり(これ、本当に天野さん…?こんな優しい笑顔、今まで見たことない…)
温かい視線でゆかりを見つめる天野。
合わせた視線を外せないゆかり。
ゆかりの脳内では、天野の背景に花が描かれているように見えた。
まるで少女漫画の一コマのようだった。
そのまま5分ほど時が過ぎる。
ハッとしたゆかりは視線を反らす。
天野の笑顔が印象的過ぎて、自分の顔が今どうなっているかもわからない。
きっと真っ赤になってるだろうけど、そんな事も気にならないくらい
天野の甘い視線に酔っていた。
時計を見ると23:20前。
ゆかり「天野さん。終電大丈夫ですか??」
天野「あー。あと少しなら!」
ゆかり(……?これ、終電逃そうとしてる?いや、毛の処理してないし今日はちょっと…)
と鉄壁の心で貞操(?)を死守することに専念するゆかり。
変に意固地だ。
なんとかお互いに会話を紡いでいく。
23:45。
ゆかりは怖かった。
天野と今夜一夜をともに過ごすのが。
離婚してまだ数か月、まだその覚悟がなかったし
彼女は女性として自信がなかったからだ。
特に夜の事となると…。
ゆかり「天野さん、私、明日早くて…そろそろ。」
天野「あ、すんません!じゃぁ帰りましょうか。」
我に返る天野。
お店を出て、触れるか触れないかの絶妙な距離感で並んで歩く二人。
悔しそうに下を見ながら、両手を腰に当てて無言で歩く天野に、ゆかりは告げる。
ゆかり「天野さん。体に気を付けてくださいね。私、天野さんが倒れたら、すごく辛いです。」
天野の心に光が灯り、俯きながらもクシャッとした笑みを浮かべる。
駅の改札に着き、別れの時が来る。
ゆかり「また飲みに行きたいです!」
天野「ぜひ!また行きましょう!」
ゆかりが手を振ろうとすると、天野が…手を差し伸べてくる。
そしてゆかり手をギュッと握る。
握手だ…。
ゆかり(……あ、握手?恋人繋ぎとかじゃなくて、握手!?)
クスクスと口元を押さえながら天野の手の暖かさを感じる。
胸のドキドキは続いていたが、天野が与えてくるこのドキドキは
なぜか、とても心地いい。
そんな二人を引き裂くように、駅構内に終電のアナウンスが流れる。
天野「やべっ。終電やばいんで!また行きましょ!じゃぁ気をつけて帰ってください!」
ゆかり「はい、また!」
走っていく天野の後ろ姿を、見つめるゆかり。
その表情はとても幸せそうな笑みが浮かんでいた。




