2回目の…デート…?
6月末。
ゆかりがフルタイムで出勤する最終日だ。
7月については引継ぎの為、週1で出勤する予定だ。
天野の奔走により、派遣だったがなんとか引継ぎ相手の事務員が決まり
次の仕事に向けて、ゆかりはやり残したことや思い残すことはなくなっていた。
退勤時刻になり、終礼ミーティングで挨拶をするゆかり。
ゆかり「皆さん、7月もまだお世話になりますが、本日でフルタイム勤務は終わりになります。皆さんならお客さんからの信頼を得て、素敵なお家を売りまくることが出来ると思います!私も新天地で頑張りますので、お互い負けずに頑張りましょう!」
営業メンバーから笑い声が上がる。
店長の安西が言葉を返す。
安西「ははは!そうですね!僕らも頑張らないといけんですね。堂本さんに負けないように頑張ります!」
安西「送別会は7月の日にしましょう!」
ゆかり「そうですね。お気遣いありがとうございます!」
帰りの電車でスマホがブルッと震える。
天野からだ。
(天野からのメッセージ)
【今日は店舗に行けなくてすみません。。。一旦お疲れさまでした!7月もよろしくお願いします!】
スマホの画面を見つめながら、ふふっと口元がにやけてしまうゆかり。
周りの目を気にして、無理やり平静を装う。
(ゆかりからのメッセージ)
【いいえ、こちらこそ採用等お手間かけてしまって…そしてお気遣いありがとうございます!
7/26楽しみにしています!】
そして。
7月26日。
ゆかりは新天地に移り、各課での研修や業務配分を考えながら
自身の業務スキルの習得と、これから入社してくる予定の部下に落とし込む研修カリキュラムを作成していたが
睡眠不足と過労の為、血尿が出る時期もあった。
なぜなら、仕事を持ち帰り徹夜で作業に集中するくらい仕事が楽しくて仕方なかったからだ。
健康状態が良くないため、天野との約束の日までにしっかり休養を取り、英気を養っていた。
仕事が珍しく残業になってしまい、最寄り駅まで小走りで向かう。
ハイヒールの為走ることが難しいが、天野を待たせては申し訳ないと思い
最高速で足の回転を速める。
電車に乗り込み、天野にLINEメッセージを作成し始める。
(ゆかりからのメッセージ)
【天野主任お疲れ様です!今電車に乗ったので少し遅れるかもしれません…すみません汗】
(天野からのメッセージ)
【大丈夫です!僕もう着いたんで、入口で待ってます!】
(ゆかりからのメッセージ)
【ええ!申し訳ない…あと20分くらいかかります…】
(天野からのメッセージ)
【気にせんといてください(笑)転ばんように来てくださいね!】
(ゆかりからのメッセージ)
【ありがとうございます!急ぎますね!】
早足で予約していたお店に到着すると
お店の待合席でリュックを大事そうに抱えて座っている天野。
ゆかりを見つけると、屈託のない無邪気な笑顔を向ける。
ゆかり(ふぇっ。何この、犬みたいな笑顔…)
ドキドキと胸が高鳴るゆかり。
平静を装うため、ぎゅっと握りこぶしを作る。
ゆかり「お待たせしたすみません…」
天野「ううん、全然待ってないですから。さ、はいりましょか。」
二人で店内に入り、カジュアルなダイニング居酒屋の半個室に通される。
いつものようにアルコールを頼み、ビールをぐいぐいと飲み干す天野を微笑ましく見つめるゆかり。
いつものように料理を頼み、運ばれてきた料理をナチュラルにとりわけ、天野に手渡す。
そしていつものように、顔を赤らめ頭を下げ、後頭部を掻く仕草を見せる天野。
先日のセクハラ相談はプライベートの話が無く、仕事の話ばかりだったので仕事の話からジャブを打ち始めるゆかり。
ゆかり「皆さん、元気にやってますか?」
天野「大丈夫ですよ!堂本さんがしっかり引継ぎしてくれてるので事務関係は盤石ですが、営業がポンコツなんでね(笑)」
ゆかり「そこは私の力では難しい、かも(笑)」
以前はプライベートの話はなく、ゆかりのセクハラ相談だけでほぼ終わったが、この日の天野は少し違った。
仕事の話から少しずつシフトチェンジしていく天野。
天野「送別会か。僕ね、実は…加瀬さんが結婚するってなったときにね、サプライズしたんですよ(笑)」
ゆかり「え?どんなサプライズです?」
目をキラキラさせて過去の楽しい思い出を滑らかに話し始める天野。
天野「ちょっと下ネタ含むんですけど…。結婚するからね、エッチなお店のお姉ちゃんたちをみんなで通って懐柔したんですよ(笑)中野と安西さんとか他の男性社員総出でね(笑)」
ゆかり「えーーーーw」
下ネタは苦手ではなく、どちらかというと大好物のゆかり。
いきなりのカミングアウトに驚きながらも、天野の話に興味津々だ。
天野「で、エッチなお店のお姉ちゃんたちを懐柔してね、加瀬さんが結婚する前日に安西店長にそのお店に加瀬さんを誘い出してもらってね」
ゆかり「ふふっ」
天野「安西さんやからさ、加瀬さんも安心しきってて(笑)アイツめちゃくちゃ鼻の下伸ばしながらお店来よったんですよ(笑)」
ゆかり「あはは!加瀬さんらしい!ふふ」
天野「ハハッ!でしょ?ほんで懐柔しているお姉ちゃんに接客してもらって気持ちよくなってる時に、うちの会社の男性社員が全員ぞろぞろ入ってきてね、クラッカー鳴らして色紙送ったりました(笑)」
ゆかり「やだー(笑)加瀬さん(笑)」
天野「アハハ!あいつごっつい驚いてました(笑)そら驚くわな(笑)」
ゆかり「ふふっ、天野さんシナリオ書きすぎです(笑)本当知能犯というか孔明っぽいとこありますよね(笑)でもそうやって手間暇かけて相手をサプライズしようとするなんで愛情深いですよね、天野さん。」
ゆかりの誉め言葉に俯き耳を赤くする天野。
天野「花火はね、昔よく行ってたんですよ。大阪より琵琶湖の方が迫力ありますよ。」
ゆかり「え!詳しいんですね!意外です!」
元カノはどんな人なんだろうとふんわり思い浮かべるゆかり。
いつか私も天野主任と…なんて淡い期待を浮かべる。
天野「僕、元々滋賀なんです。今は母の実家が近い京都ですが。小学生の時に父が交通事故で亡くなってから京都に引っ越したんですよ。」
過去の重い告白になんて返していいのかわからなくなる。
頭の中で天野の幼少期時代の苦労が、手に取るように思い浮かぶ。
天野の所作や面倒見の良さ、そして書く文字の美しさ、
恐らく父親を失った不安と厳しい躾があったのだろう。
長子で妹の面倒を見るような場面も多々あったのだろう。
返す言葉がなく、少し涙ぐんでしまうゆかり。
天野「でもね、僕、年々真っ黒になっていく気がするんですよ…」
ゆかり「えっ?」
突然のカミングアウトに驚くゆかり。
天野「お金とかで繋がってる相手とかもいてて、そういうところでしか見えなくなったりとかするから。ほら、俺この36歳で結婚できてないから、自分に自信なくて。
本当、真っ黒になっていってる。
この前ね、甥っ子と姪っ子連れてドラえもんの映画見に行ったんですよ。
思いのほか友情に熱い映画で…俺、涙が溢れてきてね。自分でも驚きました(笑)」
ゆかり「……」
天野の苦悩と純粋さに言いたい言葉が出ない。
ゆかりには天野は、煤にまみれてしまったダイヤモンドに見えた。
きっとその煤を落とせば…
その石を磨くことができれば…
きっと少年のように純粋な天野の心が見える気がする。
そんな言葉が脳内を堂々巡りするが口に出せなかった。
22時。
ラストオーダーの時間を機に、二人で店内を出る。
2件目の話が出るかと思いきや、普通に駅に向かう二人。
ゆかり(あ、二件目はないのかw)
少し暖簾に腕押し感を感じたが、ゆかりは天野が自分に対して自己開示をしてくれたことが何よりうれしかった。
天野との別れ際。
ゆかり「天野主任、無理しないでくださいね?で、また飲みに行きたいです!それとこれ、たくさんご迷惑おかけしたので、よかったら食べてください。」
ゆかりは百貨店で購入した高級チョコレートの紙袋を天野に差し出す。
驚きと嬉しさが入り混じる表情でお辞儀をしながら受け取る天野。
天野「え!すんまへん!いただきます!」
そんな様子を温かい視線を向け、その日は駅まで一緒に向かい、解散した。
一人で帰る帰路。
ゆかりは星空を見上げる。
ゆかり(私どんな形でもいい。天野さんの理解者になりたい!)
電車に乗り込むと天野にメッセージを送信する。
(ゆかりからのメッセージ)
【天野主任、今日はお時間作っていただきありがとうございました!また飲みに行きましょ!】
天野もスマホを見ていたようで、すぐに既読がつき、返信が来る。
(天野からのメッセージ)
【いえ、僕も楽しかったです!また行きましょう!チョコもありがとうございました!めちゃくちゃうまいです!!!】
(ゆかりからのメッセージ)
【え!?今電車の中ですよね?もう食べたんですか?】
(天野からのメッセージ)
【ええ、今電車の中で、バクバク食べてます!】
カッコつけの天野が電車の中でチョコレートをおいしそうに食べる姿を想像すると
自然と表情がほころぶ。
ゆかり(どうしよう…この人、可愛るぎるんだけど…キュンキュンする…)
スマホをぎゅっと握りしめ、胸を押さえるゆかり。
その胸の中には、天野の笑顔で満たされていた。




