初めての…二人きり?
翌日。
何気なく、いつものように店舗に出勤するゆかり。
ゆかり「おはようございます!」
安西と川田は元気よく挨拶を返してくれるが、加瀬は知らんぷりするようにスルーする。
ゆかり(本当にこの人…)
喉元まで来ている言葉をグッと堪え、今日天野に全部ぶちまけようと頭を切り替えるゆかり。
いつものように明るく振る舞う。
朝の掃除が終わり、事務仕事を始める。
スマホを確認すると天野からLINEメッセージが到着していた。
(天野からのメッセージ)
【今日はそちらに行けそうにありません…
お店、また予約したら送るのでよろしくお願いします!
元気が出るものでも食べに行きましょう!】
そのメッセージを見て心が躍りだす。
先ほどの加瀬のごみを投げつけられたような対応が水に流される感覚だ。
(ゆかりからのメッセージ)
【お手数おかけしてすみません(汗)
元気が出る食べ物って…何でしょう…?】
(天野からのメッセージ)
【肉です!(笑)】
くすくすと笑いそうになるのを堪えるが、少し笑みが零れてしまう。
天野のクールな言動の反面、ギャップとして際立つ少年みたいな愛らしさがとても輝いているように感じる。
夕方17時頃に天野からのLINEメッセージが届く。
(天野からのメッセージ)
【ここ19時に予約したのでよろしくお願いします!】
メッセージと共に肉バルのお店のURLが一緒に添えられている。
ゆかり(マジで肉やん。)
と心の中でツッコミを入れながらも、やはり笑みが零れてしまったようで
加瀬「堂本さん、なんかあった?」
と言いながらゆかりの髪を触ってくる加瀬。
ゆかり「あの、マジでやめてもらっていいですか。」
ヒュッと手を引っ込め、無言で自席に戻る加瀬。
この卑怯な感じが溜まらなく、怒りの感情を沸き起こさせる。
ゆかり(もう、どうなっても知らんぞ。)
退社時間になり、天野の予約してくれていた肉バルに早足で向かうゆかり。
向かう途中でスマホがぶるっと震える。
(天野からのメッセージ)
【すんません、少し遅れそうなので先に入っておいてください!】
(ゆかりからのメッセージ)
【はい!】
夕暮れの雲を見つめながら、この後の展開を想像してしまう。
始めて社外で二人きりになるゆかりと天野。
天野はどんな対応を取るのだろう?
あくまで部下として?
それとも少しは女性として脈のある言動をとってくるのだろうか?
無言で頭を横にぶるぶると振り、気持ちを立て直す。
ゆかり(今日の本題は加瀬のセクハラ相談!ラブいことなんてないっしょ)
先に到着したゆかりは、天野の指示通りに先に入店し、席に通される。
そして天野に話すことを頭の中で整理整頓し、組み立てていく。
そうしている内に、天野がお店にやってきた。
相変わらず、スリーピースのスーツに深い深紅のネクタイ。
色合いも完璧な装いで、王子というか…皇帝のような雰囲気を纏う天野の姿に
店内の空気がピリッと電流が走るような感覚がした。
ゆかり「天野主任、お疲れ様です。すみません、今日はお時間作っていただいて。しかもお店まで…何から何まで、すみません。」
天野「いいえ、そんなことないですよ。取り合えずうまいもんでも食べますか。」
メニューをゆかりに手渡す天野。
ゆかり「え、いいんですか…?」
天野「言ったでしょ?うまいもの食べて元気出しましょって。
元気が出る食べ物と言えば、肉でしょ!笑」
クシャッと爽やかに笑う天野の笑顔。
眩しくて、尊くて、心とは裏腹にすぐに俯いてしまう。
ゆかり「は、はい!天野主任は飲みますか?
じゃぁ、バランス考えてこのサラダとローストビーフと…」
天野「僕は、ビールさえあればいいんで(笑)」
ゆかり「ふふふ…。ちゃんと食べてくださいね?」
オーダーしたドリンクが運ばれてくると、軽く乾杯をする。
いつも誰かほかの人がいるのに、天野との二人きりの空間は別世界にいるような感覚だった。
ゆかり(あまり時間取らせちゃだめだしな。早速本題に入ろう…)
唇にぎゅっと力を込める。
ビールをグビッと口に注ぐ天野。
天野がビールジョッキを机に置くと同時に、口を開くゆかり。
ゆかり「あの、加瀬係長なんですが…」
射るような真剣な目つきでゆかりの話に耳を傾ける天野。
ビジネスモードの天野そのものだ。
ゆかりは加瀬から受けていた
髪や体を軽く触られること、そして不機嫌な時はモロにゆかりに不機嫌をぶつけてくること等を天野に話し始める。
天野「あのオッサン…ほんまに…」
とボソッと黒い声のトーンでつぶやく天野。
天野「堂本さん、話してくれてありがとうございます。実は我々の会社は若い女性社員というのが非常のレアキャラなんですよ(笑)」
ゆかり「え、レアキャラ?え?笑」
ゲーム用語が急に飛び出したことに、驚きと笑いが隠せない。
慌てて口元を手で押さえるが、どうしても笑いが堪えきれない。
ゆかり「くすくす…レアキャラって(笑)あ、サラダ。ありがとうございます。」
会話の最中に店員よりサーブされてきたサラダをナチュラルに取り皿に取り分けて、天野に差し出す。
天野「あ、すんまへん。」
頭を掻きながら、サラダに箸をつける天野。
ゆかりとあまり視線を合わさず、手元のサラダをフォークで綺麗に食べることの集中するように視線を下に向けたまま話し始める。
天野の丁寧で綺麗な食器の扱い方に、視線が奪われてしまう。
天野「でもそうでしょ?うちは高木と社長夫人ラインの絆が強固すぎるんで、若い女子社員はほとんど採らないし、辞めてくことが多いんですよ。」
ゆかり「ちょっと…高木さんと社長夫人ラインって(笑) 表現の仕方ですよ(笑)」
天野「ハハッ!だからね、若い女の子入ってくるほとんどないし、店舗は社長の目もないから。だから加瀬さんみたな考えなしのアホがつけあがるんですよ(笑)」
ゆかり「アホって…くすくす」
言葉尻は厳しいものがあるが、見事に本質はついている。
天野の汚めの言葉遣いとは裏腹に、フォークや食べ方は反比例して美しい所作だ。
その振る舞いにじーーーっと天野を観察するように見つめてしまうゆかり。
ゆかり(ほんと、天野主任って不思議な人だな。話し言葉はオッサンなのに、字とか姿勢とかテーブルマナーとかすごく綺麗なんだよな。)
ゆかりの視線に気づいたのか、照れるように俯く天野。
天野「ほら、堂本さんも食べて。いっぱい食べて悪口言いまくってもらっていいんで(笑)」
ゆかり「あはは、そうですね。いただきます!」
天野「ほら、肉食べましょか。何なら店舗のメンバー全員の愚痴言ってもらっていいですよ!」
サーブされてきたローストビーフ。
またまた自然と天野のお皿に取り分けるゆかりの手元や指先を見つめる天野。
お酒のせいか天野の頬も赤い気がする。
ゆかり「店長はいっぱいいっぱいになりすぎてて、一休さんみたいです。」
天野「ハハッ!頑張ってとんち利かせてるでしょ(笑)安西さんそういうとこあるからな~(笑)」
ゆかり「ほんと、毎日ギリギリなんだなって。社長の言動に威圧されて、部下たちの事よく見られてない気がします。」
天野「うん、器用じゃないですからね。」
ゆかり「川田君は頑張ってると思いますよ。彼が一番余裕があるんじゃないですか、今。」
天野「確かに、川田は頑張ってますね。」
ゆかり「でも…私が一番気になってるのは…」
息を吸い込んで、右下を見ながら肩を竦めて話し始めるゆかり。
ゆかり「皆、社長も中堅社員も、天野主任に頼りすぎです。私はそれが気になってます。もっと自分の力でやれることあるのに。」
ゆかりのその言葉に、目を丸くし、ゆかりの方を見つめる天野。
天野は俯き、一拍置く。
そして、右手の指先を右肩に、左手の指先に触れさせて、ゆっくりと話し始める。
天野「僕はね、しんどかったんですよ。ずっとこれでやってきた。でも堂本さんが入ってきてからだいぶ助かってます。ありがとう」
相変わらずゆかりと視線は中々合わせようとしないが、俯きながら話す彼の姿に心がじんわりと温かくなった。
ひとしきり話し終え、二人でお店を後にする。
スマートに会計を済ませる天野。
天野「じゃぁ、僕こっちなんで。気をつけて帰ってください」
拍子抜けするゆかり。
ゆかり(こういうのは別々なんだ(笑))
ゆかり「今日は時間作ってくれてありがとうございました!」
駅の方に向かう天野の後姿を、一頻見つめた後
自分の帰路に就くゆかり。
ゆかり(駅まで送ってくれなかったし、これは線引きされてるんだよね。脈なしだよなぁ…)
セクハラ相談という本題だったはずだが…
ゆかり(これじゃぁ私下心あるように思われちゃったかな…やばい。で、天野主任は今回の事をどう動かすんだろ?)
雲が多く、星が見えない夜空を見上げ
フゥと息を吐くゆかりだった。




