桜
4月1日。
入社式---。
今年度は男性社員1人と女性社員1人が入社した。
フレッシュな風が、昭和体質の企業に舞い込んでくる。
本社での入社式を終えた後、研修を行う。
労働分配率などから基づいての人事考課制度の変更や
人間学に基づいた研修を履行する。
研修を終えた後、全社員で桜を見に行く予定だった。
お花見だ。
この会社でのお花見は遊覧船を貸し切って、川から桜を見るのが毎年の恒例行事らしい。
遊覧船乗り場の近くのコンビニでアルコールなどのドリンクを各自購入する。
男女の境界がはっきりしているため、男性は男性社員と群れ、女性は女性社員と一緒に歩を進める。
ゆかりはパートの女性社員の保坂と一緒に缶ビールを購入する。
保坂とは20歳くらいの年の差があるが、保坂の優しく包み込まれる雰囲気から
母親というかお姉さんのような、居心地の良さを感じていた。
ゆかり「遊覧船ですか!私乗ったことないんですよ、風流ですね!」
保坂「でしょ。今日は満開ではないけど、きっと感動するよ。」
ゆかり「楽しみです~」
明るい笑顔で元気いっぱいのゆかり。
明と離婚してから、毎日よく眠れるようになった。
以前のように溌溂とキラキラしたエネルギーを放っている。
遊覧船乗り場に、控えめに開きかけている桜のつぼみ。
七分咲きくらいだろうか。
店舗のSNSに掲載しようと、桜の写真をスマートフォンに収める。
雨上がりの夕暮れの薄暗さを背景に、緑の葉と少しだけ開花した桜の淡いピンクの花びらに
きらりと雨粒が輝く。
哀愁と切なさが漂う、淡い淡い、カラーバランスとコントラスト。
保坂「堂本さん、ほら、行くよ~!」
ゆかり「はーい!今行きます!」
写真撮影しているゆかりを呼ぶ保坂の元に、早足で駆けていく。
保坂「足元気を付けてね。濡れてるし、乗ると揺れると思うから」
ゆかり「はい!」
保坂に言われた通り、ゆっくりと船上に乗り込んでいくゆかり。
仕事着はスーツだが、この日はタイミング悪くいつものパンツスーツではなくスカートタイプのものだったので
下着が見えないように船に足を踏み入れると、船体が少しグラッ揺れる為、バランスを崩さないように態勢を整える。
ゆかり「ふぅ」
船に乗り込むと、保坂の姿を探して隣に座る。
ゆかり「なんとかこけずに行けました(笑)」
保坂「あはは、じゃぁ、飲もうか。あ、おつまみに柿ピーあるよ。一袋どうぞ。」
ゆかり「ありがとうございます。いただきますね」
保坂から柿ピーを受け取るが、実はゆかりは柿ピーが全く好きではない。
どうしたものかと思いながら悩んでいると、遅れて船に乗り込んでくる安西店長と天野。
安西は迷わず保坂の隣に座る。
天野はキョロキョロと周りを見渡し、安西の隣に座る。
つまりゆかりの目の前の席だ……。
安西「お二人さん、手前の席、いいですか!?」
保坂「あはは~いいですよ~」
安西の声掛けに、俯きながらクシャッと笑う天野。
2:2で合コン?みたいなノリだ。
安西「じゃぁ、乾杯…いいですか?」
保坂・ゆかり・天野「乾杯!」
声を合わせて笑顔になるゆかりと保坂。
スタートは4人での会話だったが、船の進路が進むにつれ、保坂と安西店長が二人で話し込みだした。
なので、ゆかりと天野はなんとも言えない沈黙に陥っていた。
ゆかりは思いついたように、保坂からもらった柿ピーを天野に差し出す。
ゆかり「天野主任?よかったら柿ピー食べます?」
天野は後頭部に手を当て、照れ笑いを浮かべながら、頭を縦に振る。
天野「あ!すんまへん!いただきます!」
ゆかりの差し出す柿ピーの袋に指を突っ込み、柿ピーを口に運び、ビールをグイッと流し込む天野。
その様子を、微笑ましく見守るゆかり。
ゆかり「桜、まだ満開じゃないけど、川から見る桜って綺麗ですね。」
天野「僕にとっては…目の前の人が花です。」
ゆかり「……!?ん!?あ、ありがとうございます。そ、そうでもないですよ(笑)」
天野「いや、花です!」
ゆかり「あはは、上手ですね~」
ほんのり赤くなる頬を隠すゆかり。
また顔と体が熱くなる。
いつも話題がポンポンと出てきて、会話には困らないゆかりだが
思考が停止しどうしていいか分からなくなってしまう。
二人の間に沈黙が訪れる。
ゆかり(なんか喋んなきゃだけど…)
天野の顔をそっと見上げるゆかり。
天野は周りの様子を窺っていてたため、ゆかりとは視線が合わなかった。
ゆかり(んー?天野主任の言動の意味がわからない。やっぱり私そんな好かれてないのか…?)
ゆかりはとりあえず、川沿いの桜を楽しもうと天野とは反対方向の桜を見つめる。
その日はそれ以降、二人の視線が合うことはなかった。




