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相思相愛未遂  作者: ゆー
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防災訓練

忘年会の明の行動依頼、ゆかりは明といる時に限り、不眠と食欲不振に陥っていた。

明と暮らす自宅に帰り道、明に胸倉を掴まれたこと、その時の暴威に満ちた瞳そして過去のトラウマ等が毎日毎日フラッシュバックする。

ただ、仕事では見せないようにいつものように明るく振る舞うようにしていた。


いつものように明るく出勤する。


ゆかり「おはようございます!」


安西・加瀬・川田「おはようございます。」


安西「堂本さん、今日は一つお願いがあるんですけど、入居ビルの防災訓練に参加してもらえませんか?」


ゆかり「承知しました。時間は何時からですか?」


安西「助かります!13時からなのでよろしくお願いします。」


ゆかり「13時ですね。承知しました。」



店舗が10時にオープンして、すぐに珍しく天野がやってくる。

年明けから、天野は新規プロジェクトが開始したためそのフォローの為、店舗から足が遠のいていた。


天野は無言でお辞儀をして事務所に入室する。



ゆかり「天野主任お疲れ様です!」


天野「お疲れ様です。今日は特に何もないんですけど、時間ができたんで堂本さんの分からない所をフォローしようと思って…」


ゆかり「ありがとうございます。何かあればよろしくお願いしますね(笑)」



明るく笑うゆかりだが、その目の下には大きなクマが出来ていた。



天野「・・・・・」



天野は何か言いたげな表情だったが、いつものようにキャメルのコートを丁寧にハンガーにかけ、ゆかりの隣の川田の席を陣どる。

無言でゆかりの隣に座り、ゆかりの仕事ぶりを観察している。



安西「天野。ちょっといいか?」


天野「はい。安西さん、どうしました?」


安西「この件、社長に報告しないといけないんだが、資料をまとめてくれないか?」


天野「ああ、はい、わかりました。」




ゆかりの向かいの席に共用のデスクトップパソコンを操作し始める天野。

ゆかりが時間を見ようとふと顔を上げると、天野と視線が合う。


バチッ



視線を反らさず、射るような瞳でゆかりをじっと見つめる天野。

ゆかりは思考回路が停止し、顔と体が熱くなるのを感じる。

視線を外せず、心の声が漏れる。



ゆかり「え・・・・・な、なんですか・・・?」



慌てて視線を反らす天野。

ゆかりの投げかけに返答はなかったが、作業に没頭し始める。


ゆかりはコーヒーを一口飲み、化粧室へ向かう。


一人になり、鏡に映る自分を見つめるゆかり。

動悸が治まらない。

熱くなってる胸に手を当て、ギュッと服を掴む。


ゆかり「ちょっと…もう…ドキドキする…」



手を洗って、呼吸を落ち着けて事務所に戻る。

天野はちらりとゆかりを見るが、先ほどのようには見つめては来なかった。


ランチタイムになる。

いつも手作り弁当を作ってくるゆかりだが、体調不良からお弁当を作らず外に食べに行っていた。

一人になる時間。

頭を整理しながら、昼食を口に運ぶ。

食欲はなかったが、仕事に影響は与えたくないため無理やり飲み込む。



ゆかり「ふぅ。寝たいけど、コーヒー飲んで仕事しなきゃ。」



昼食を終え、化粧室でメイクを整えてそのまま防災訓練に参加するゆかり。

ビルの駐車場で開催されていた。

駐車場の隅に喫煙所が設置されている。

ビルの管理責任者から、防災訓練の説明が始まる。

本日の訓練内容は、心肺停止状態の人への救急対応だった。



ビルの管理責任者「では、僕が見本を見せますので、一人ずつ演習をお願いします。」



ビルの管理責任者が人工呼吸や心臓マッサージなどの人命救助のお手本を見せている間に

天野がそれとなく、タバコを吸いに喫煙所にやってくる。

心拍数を示す医療機器の音が静かな駐車場に響き渡る。



”ピッ、ピッ、ピッ、ピーーーーー”




その心拍音がトリガーとなり、ゆかりの最大のトラウマがフラッシュバックする。

10年前。

昼寝から起きると、動かなくなっている生後2か月の乳児。

そうゆかりは1人目の旦那との間に子供がいた。


ゆかり「え?美子ちゃん?起きて?」


トントンと優しく肩を叩いても、いつもと様子が違う。

顔が青白い。

ゆかりは耳を近づけ、我が子の呼吸や鼓動の有無を確認する。



ゆかり「え…?嘘。息してない…?心臓も動いてない…美子?美子!」


動揺を抑えながら、震える手で119に電話をするゆかり。


ゆかり「あの、子供が息をしていなくて」


電話口で対処方法を教えてもらい、その通りに実行していくが、息を取り戻さない赤子の美子。

救急車が到着し病院に運ばれ、医師たちによる救命措置が行われるが、医師が心臓マッサージをしている手を止める。


”ピーーーーー”


鳴りやまない心停止音が響いていた。



その記憶が鮮明によみがえるゆかり。

明との関係も重なって、心の真っ暗な闇の中に沈んでいく。

ただ周囲の人にばれないように、ただただ息を整えていた。


その様子を遠くから見つめていた天野は、タバコを吸い終え、事務所へ戻っていった。



防災訓練が終了し、気分の悪いゆかりは化粧室で少し息を整えて事務所へ戻ったが

やはり気分が優れず、希望の社員だけが取れるお昼寝休憩を申請することにした。

ただ取得している社員は、店長の安西とゆかりくらいのものだが…。


ゆかり「店長、お昼寝休憩とってもいいですか?」


安西「いいですよ。休んできてください」



モデルルームで15分ほど休憩するゆかり。

明に胸倉を掴まれた時と同様に、自分で自分を抱きしめ、腕をさする。



ゆかり「ふぅ…ふぅ…ふぅ…」


深呼吸をし、気持ちを落ち着ける。

いつもおしゃべりで言葉数の多いゆかりの口は、今、息を吸って吐くことしかできない。

休憩の15分で必死で気持ちを宥めた。



事務所に戻ると、全員、いつものように仕事をしていた。

ゆかりの隣の席に座っていた天野はゆかりの顔色を窺う。



ゆかり「戻りました、休憩ありがとうございました!」



無理やり笑顔を作り、仕事に戻るゆかり。

天野がゆかりに顔を向ける。



天野「大丈夫ですか?顔色悪いですよ。無理せず早退してもらってもいいんで…」



天野の一言に、元々大きい目をさらに大きくするゆかり。

その目には光が宿りだす。



ゆかり「ありがとうございます。でも、大丈夫です!皆頑張ってるんで!」



その笑顔に視線の逸らす天野。



天野「しんどかったら、無理せんといてくださいね」



それはいつもゆかりが天野にかけていた言葉だった。

その言葉の暖かさに、土砂降りの雨が降る真っ暗な心に、蝋燭の灯りが灯った気がした。

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