職権濫用…?
12月1日。
毎月1日は、全社員が本社に出社し、月1のプロジェクト報告を行う日だ。
各プロジェクトの進捗報告が終わった後
岡田主任が忘年会の座席配置について考えている。
そこに兄貴分の天野がやってくる。
天野「おー、忘年会の座席か。ちょっと見せて」
岡田「あ、はい。社長の隣行きます?」
天野「やめてくれ(笑)ふーん、もうほぼ決まってねんな。」
口元に指を手を当てて、少し考える天野。
天野「俺、ここの席にしといて。ほんで川田と中野はここな。」
岡田「え、権力行使ですか?」
天野「ハハッ!俺いつも面倒見てやってるやん!」
岡田「しゃぁなしですよ」
その様子を横目で確認しながら、仲の良いパート社員たちと言葉を交わすゆかり。
田村「堂本さん、店舗も始まったときはどうなるかと思ったけど、やっと形になってきたね」
ゆかり「営業さんみんな頑張ってるんで。特に川田くんが頑張ってますね。」
田村「そうねぇ。川田君は1年目に1件も取れなかったからね。最近は意欲的になったよね」
ゆかり「そういえば、忘年会ってどんな感じですか?」
保坂「毎年ちょっといいお店に行って、お酒飲んで帰る感じかな。男性社員達はその後2件目とかに行ってるみたいよ(笑)」
ゆかり「そうねんですね、楽しみ~。しかし、不動産業界の冬休みって早いんですね。」
田村「そうなのよ。結局営業しても周りが休みだから、物件案内も出来ないしね。」
ゆかり「前はほとんど長期休暇とかなかったので、ありがたいです。」
年末に向け、今年最後の追い込みに入る営業達。
もちろんその追い込みに対し、業務量が増えていった為残業が続くゆかり。
明との夫婦関係は冷え込んでいたし、家で顔を合わせても言葉を交わすことすら少なくなっていた。
明が迎えに行くこともほとんどなくなっていた。
12月25日。
今年最後の営業日。
この日は早めに営業終了し、店舗のメンバー全員で一緒に忘年会会場へ向かう。
御堂筋のイルミネーションがキラキラと煌めいている。
頬を刺すように冷たい風が心地よい。
この日、天野は年末最終日の為本社出勤だった。
この頃になると、店舗の動向が安定してきたため
天野が店舗にやってくるのは週に2回ほどにまで減っていた。
一緒に歩く、安西店長に話しかけるゆかり。
ゆかり「私、入社したときどうなるか不安でしたけど
今年この会社と出会えてよかったです。毎日がとても楽しいです。いつもありがとうございます。」
安西「あはは、そうですか。なら僕たちはもっと頑張って堂本さんのお給料上げていかないといけないですね(笑)」
ゆかり「お互い様ですよ!皆で頑張りましょう!」
川田「僕も今仕事が楽しくて。」
ゆかり「川田君は元々努力家じゃないですか。当然の結果だと思いますよ。」
川田「そうですね。今店舗が黒字化してるといっても開業資金は取り返せてない状況ですからね。まだまだやりますよ。」
ゆかり「加瀬さんも頑張りましょう。みんなで一緒に」
安西「加瀬、お前頼むぞ!」
加瀬は契約はまだ2件ほどしか取れておらず、唯一、中々伸びることができていなかった。
加瀬「そうだね、頑張りましょう。」
忘年会会場に到着すると、席に社員の名前が書かれていた。
店舗のメンバーは一番乗りで、上着をハンガーにかけてそれぞれの席に着席する。
ゆかり(そういえば天野主任は席決めしてる時に岡田さんになんか指示してたな…)
続々と到着する各プロジェクトの社員たち。
そして堂々と入店してくる社長。
やはり社長が登場するとともに、ゆかりの頭の中ではダースベイダーのテーマ曲が流れる。
ゆかりの隣には、川田と天野と仲の良い中野係長。
本社からやってきた中野に声をかけるゆかり。
ゆかり「中野係長、お疲れ様です。今年1年ありがとうございました。」
中野「いやー、店舗に奴らが中々結果ださんかったからヒヤヒヤしましたわ(笑)でも堂本さん、仕事捌くからね。だから店舗もやってけてるんやで。お疲れさんです。」
ゆかり「えへへ。それは恐縮です。」
そして天野が遅れてやってくる。
天野は丁寧にキャメルのコートをかける。
きっちりと歪みなくコートを架けるその所作から、天野の几帳面さが垣間見える。
この日も天野は、ゆるいパーマをかけた髪をばっちり整え、スリーピースのスーツに色遊びを考えたコーディネートで決めていた。
天野の独特の風格というか色気というか、そういうものが感じ取れる天野のセンスの良さが光る。
天野「えーっと。俺の席は…ここか」
自分で岡田に席を指定していたにも関わらず、わざとらしく席を探すフリをする天野。
そして・・・・・天野が着席したのは、ゆかりの正面の席だった。
天野が岡田に指定したのは、川田と中野係長そして天野自身の座席についてだったことを思い出すゆかり。
ゆかり(………わざわざ指定した席って。で、私の隣にこの二人を配置してる…?なんで?なんか囲まれてないか?)
心の声が漏れないように、俯きながら着席する天野に声をかけるゆかり。
ゆかり「天野主任、お疲れ様です。今年1年ありがとうございました!」
射るような瞳でゆかりを見つめるゆかり。
バチッと目が合った瞬間
そのまなざしの強さに時間とゆかりの思考が一瞬だけ停止する。
一息おいて、天野が口を開く。
天野「堂本さん、いつもありがとうございます。堂本さんが入社してくれて、僕は大助かりです。」
言葉を言い終えた後、俯いてクシャッと笑う天野。
ゆかり「・・・・・あ、はい。そういっていただけるともっと頑張れます!ありがとうございます」
全員そろったため乾杯の音頭が始まる。
今年の乾杯の音頭は、中堅社員と呼ばれる係長クラスで一番数字を挙げた中野係長だった。
中野「皆さん、今年も1年お疲れ様でした。今日はパーッと飲みましょ!乾杯!」
中野らしいカジュアルの乾杯の音頭に周囲の表情もほころぶ。
各自隣席の相手とお酒を注ぎ合ったり、談笑する。
ゆかりは周囲の中野や川田に料理を取り分ける。
中野「ありがとうございます!」
川田「すんません、いただきますー」
分け隔てなく、対面の天野にも鍋の具材をバランスよく取り分けるゆかり。
天野は顔を真っ赤にして俯き、2度ほど頭を揺らして感謝の意を伝える。
天野「すんまへん、ありがとうございます」
中野や川田からの感謝の言葉とは若干違和感を覚えるが、気にしないふりをするゆかり。
天野は取り分けられた料理を口に運び始める。
遠目からその様子を見ていた人物が声を発する。
社内でお局的存在の高木だった。
高木「天野が食べてる!?あんた、私が取り分けても食べへんのに、堂本さんがよそったら、あんた食べるねんな」
天野は俯き、クシャッと笑っている。
色黒の天野だが、赤面しているのが分かる。
何も知らない周囲の人間からもわかるくらいに。
ゆかり「そ、そうなんですか。高木さん、きっと天野主任おなかペコペコなんですよ!」
何も言わず、笑みを浮かべながらただただ頷き続ける天野。
そんな様子を見て、社内で一番天野の理解者である中野係長が助け舟を出す。
中野「天野さん、ビール注文しまひょか?今日は飲みますよね?店員さんー!」
近くの席の安西も助け船を出すように天野に話しかける。
安西「天野、いつもありがとな。いつも仕事投げっぱなしですまんな。」
天野「安西さん、当然ですよ。僕はみんなが結果出してくれたらそれでええです。」
少しクールダウンしてきた天野の様子にいつもの飲み会の様子に戻っていく。
ゆかりは違和感を覚えながら、でも冷静に周囲の様子に気を配りながら忘年会を楽しんでいた。
2時間後。
社長の締めの挨拶の後、解散する全社員。
会社の体質として、男女の境界線をきっぱり引く社風がある。
男性社員たちは二次会へ。
女性社員たちはそれぞれの自宅に帰宅する。
帰り道、一人になったゆかり。
天野の今日の様子、今までの言動、そして周囲の言葉を反芻し、頭の中で情報を整理する。
ゆかり「噓でしょ…」




