近すぎる距離感
ピンポーン
飛び込みでお客様がやってくる。
今日は安西店長と川田は物件紹介で店には不在だ。
ゆかり「加瀬係長、新規のお客様お願いします!」
加瀬「よし、取ってくるわ!」
ゆかり「うんうん、大丈夫。加瀬さんなら出来る!背筋伸ばして頑張ってきてください!」
先日のコンサル会社でのミーティングで意気消沈していたが、気持ちを切り替えて
明るく振る舞う係長の加瀬。
だがその背中には何か弱弱しい雰囲気が漂う。
ゆかりにはその加瀬の明るさが何か空元気のように感じた。
ゆかり(大丈夫かな、加瀬係長…)
そこにやってくる天野。
天野「お疲れさんです。天野さん接客しとるやん!」
ゆかり「そうなんですよ。他の2人が物件紹介に行ってるので…加瀬さんしかいなくて。」
天野「だいじょぶかなぁ~加瀬さん。そろそろ決めんと…」
荷物を置き、喫煙所に足を運ぶ天野。
ゆかりは再び事務所に一人になる。
そこに接客の合間で、意気揚々と事務所に戻ってくる加瀬。
加瀬「堂本さん、この物件カード作ってもらっていいです?」
3物件ほどゆかりに物件カードの作成依頼をする。
ゆかりが作成しているところをマジマジと見つめる加瀬。
加瀬「堂本さんて、あんまり悩みなさそうやね。」
ゆかり「そんなことないですよ。それより、もうそろそろ決めていってくださいね。頼みますよ!」
加瀬はゆかりの目を見つめ、髪をさらりと触ってくる。
背筋がゾクリと凍り付く。
加瀬は既婚者で子供もいるのだが…。
ゆかり「物件カードできたんで、早く接客に戻ってきてもらっていいですか…?」
加瀬「そうやね、ありがとう!頑張ってくるよ!」
ヘラヘラとした笑みを浮かべ接客席に向かう加瀬。
事務所から退出した加瀬の背中を見つめ、ため息をつくゆかり。
一服し終えた天野が、タバコの残り香を漂わせ事務所に戻ってくる。
天野「加瀬さん、いけんのかなぁ~。そろそろ決めんと…ほんまに」
ゆかり「1件取れたら、なんか開きそうな気がするんですけどね…」
天野「ほんでね、堂本さん。作ってほしいもんがあってね。呼び込み用の文章を考えてほしいんです。これ、1枚もらっていいです?」
そういって、ゆかりのデスクにある紙を一枚拝借し、フリクションという消せるボールペンで文字を書き連ねる。
整っている、天野の書く文字。
とても美しい。
ゆかり(天野さんって、こんな綺麗な字書くんだ…いつも整理整頓されてるしお母さんが厳しかったのかな…)
スラスラと言葉をつなげていく天野。
その文字を書く所作すらも、ゆかりの目には美しく映る。
天野「こんな感じでね、メールの文面とブログに書いてほしいんですよ」
天野の文章を読むゆかり。
即興で書いたものとは思えない、綺麗な文章。
そこには家を買うことによって
未来が楽しみになるような文面が綴られている。
ゆかり「天野主任って…字も綺麗だし、この文章一発で書くことができるって…すごく頭良いですよね?」
天野「え?ハハッ…そうでもないですよ…」
少し恥ずかしそうに俯く天野。
ゆかり「じゃぁ、これを見本に文面考えてみます!これよりいい文章浮かばんかったらこれ使わせてもらいます!」
天野は仕事とプライベートはしっかり分ける天野。
だが、少し天野の生い立ちが見えた気がしたゆかりだった。




