嵐の前触れ
盛り上がった飲み会が終わり、ゆかりはスマートフォンを確認する。
旦那の堂本明からメッセージが到着している。
明はゆかりよりも6つ年下の25歳。
ゆかりと明は結婚5年目だ。
つまり明は21歳の時にゆかりにプロポーズをした。
明はゆかりの行動を把握しておかないと落ち着かない性格の人間だ。
過去、ゆかりが女性ばかりの職場で働いていた際も、連絡なしに仕事の帰りが遅いと
会社に帰宅したか確認の連絡が来る事もあった。
明【飲み会終わった?迎えに行くよ。】
ゆかり【終わった!いいよー、遠いし、電車で帰るよ。】
明【夜遅いし、今から迎えに行く。淀屋橋駅近くのコンビニで待ってて。】
ゆかり【分かった!じゃぁコンビニのイートインでドリンク飲んで待ってるね。】
明はいつもこうだ。
ゆかりが送迎を不要と断っていても、送迎をしようとしてくる。
前の会社の女性だけの飲み会でも、ゆかりを迎えにいくついでに同僚女性の殆どを送り届けるようなことまでするほど、妻の送り迎えに熱心だった。
足早に淀屋橋駅の高層ビル近くのコンビニに足を運ぶゆかり。
まだ宴席の余韻が残っている。
レジでアイスコーヒーを注文し、イートインの席に疲れた体を預ける。
ゆかり「ふぅ、コーヒーもブラックで飲めるようになったなぁ」
入社したばかりの頃は、苦くて飲めなかったコーヒー。
だが、毎日香ってくるコーヒーのいい香りに誘われ、飲むようになった。
口に入れる前の香ばしい何とも言えない香り、苦みの中の奥行きと隠れた酸味のバランスが何とも言えない味わいだ。
アイスコーヒーを口に含みながら、ほくほくしながらスマートフォンを操作する。
スマートフォンを操作していると明からメッセージが来る。
明【着いたよ。】
ゆかりはそのメッセージを受け、慌ててアイスコーヒーを手に取りコンビニを後にする。
明の乗っている白のセダンの高級車を見つけると、手を振って近づく。
ゆかり「お待たせ!迎えに来てくれてありがとう。」
明は左手に唇に人差し指と中指を当て、ちらっとゆかりを見る。
ゆかりはその様子に気づかず、ルンルン気分で旦那である明の車の助手席に乗り込む。
ゆかり「飲み会楽しかったー!」
明「お前、酒臭いわ。車の中ににおいが充満しとる…」
ゆかり「え、ごめんごめん!でね、飲み会なんだけどね、中野係長が加瀬さんのこといじりまくりでさー
」
明「へぇ、全員男?」
ゆかり「う、うん。不動産だし」
明が貧乏ゆすりを始める。
助手席のゆかりにも明のイライラが伝わってくる。
ゆかり(あ…やばい…)
危険を感じ取り、話題を変える。
ゆかり「今度さ、アウトレット行きたいな。お休み合わせていこうよ!」
明「そうやな。最近出かけてないし行くか。ほな水曜日にでもいこか」
少し明の気分が上向く。
実のところ、明とゆかりは結婚5年目にしていまだに子供が出来なかった。
男性である明側に不妊の原因があったからだ。
夫婦関係がそこそこあればまだ妊娠も望めるのかもしれないが
営みは1年に1度もない状態。
いわゆるセックスレス状態だ。
夫婦仲は良かったが、ゆかりから誘っても断られる日が多かったため、ゆかりは内心寂しさと諦めがついていた。
ゆかり(明とは夫婦仲はいいし、夜の生活は私の性欲が強すぎるんだし。私が我慢しなきゃ…)
明の仕事の疲れもあり、内心でグッとこらえていた。
夜の御堂筋線を法定速度を超え、スピードをだす明。
順調な夫婦関係……その行先には月の姿はなかった。