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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編(未商業)

婚約者に裏切られた花嫁は、初恋の終わりに黒のドレスを身に纏う。

作者: 辺野 夏子

 深夜。

 ユミーリアは石畳の上を一人、ふらふらと頼りない足取りで歩いていた。

 喪服のようなローブですっぽりと体を覆っているとはいえ、その体つきは華奢な少女そのもので、夜道とはいささか不釣り合いだった。


 何かに呼び止められような気がして、ユミーリアは立ち止まる。いつの間にか教会の前まで歩いていたようだった。


 ユミーリアは明かりが消えた教会を見上げて、ぐっと唇をかみしめる。


 明日は彼女の結婚式がこの教会で執り行われる。


 しかしユミーリアの表情は険しく、幸福を確信している花嫁の顔どころか、顔は青ざめ、まるで死人のようだった。

 

「こんな夜更けに、女性の一人歩きは感心しないな」


 ぼうっと立ち尽くしていると背後から落ち着いた声が聞こえ、ユミーリアは驚いて振り返った。


 視線の先には神父の恰好をした男が立っている。


 暗がりではよく顔が見えないが、声の様子からすると青年と言ってよい年頃だ。彼の姿をどこかで見かけたような気がしたが、今のユミーリアには判別がつかなかった。

 

「教会の近くとは言え、夜は危険だ。こちらに」

「いえ。私なんて……もう、どうなっても、いいんです」

 

 ユミーリアは投げやりに答えて、うつむいた。


「そうはいかない。ここで迷える子羊を回収するのが俺の仕事だから」


 優し気な声はユミーリアのささくれだった心をほんの少しだけなだめた。


「迷える子羊……ですか」


 ただ迷っていて、帰る所があるならばどんなにかいいだろうとユミーリアは思う。


「そうだろう。何があったかは知らないが、温かい茶でも飲んでいくといい」


 青年はユミーリアに手招きをした。どうやら、裏口から案内をしてくれるようだ。


「私は……」


 いくら聖職者の格好をしているとは言え、相手は見知らぬ男性だ。自暴自棄になっていたのは確かだが、いざ危険が身に迫ると、ユミーリアは怯えを感じた。


「どうなってもいいんだろう? なら、少しだけ付き合ってくれたまえ」


 からかうような口調に、ユミーリアは一つ深呼吸をしてから青年の後をついて行くことを決め、案内されるがままに教会に近寄って──扉の前に立ってから、あっと声をあげた。


 眼前には「開かずの扉」があったからだ。


 ──国で一番の歴史ある古い教会には、誰もが知るおとぎ話がついて回る。


 豪奢な教会は普段から一般に開放され賑わっているが、たった一つだけ、誰も開いているのを見たことがない扉があり、それが何処に繋がっているのか誰も知らないのだ。


 幼いユミーリアは父に連れられて何度も扉が開放されていないことを確認したし、友人同士でその扉について話し合ったりもした。


 けれど、誰も扉の中に何があるのか、知らなかった。


 開かずの扉が開くとき。


 それは真に困難に見舞われた人を救うためだけに開くと言われている。


 今、開かずの扉は扉は閉ざされておらず、ユミーリアを誘うようにあたたかい光が漏れている。


「ようこそ、迷える子羊よ」


 この不思議な青年は、秘められた扉の中からさまようユミーリアを発見し、声をかけてきたのだった。


 ユミーリアは好奇心に抗うことができず、おずおすと室内に足を踏み入れた。中には簡素な机とテーブルがあり、ごく普通の休憩所──と言った様相で、ユミーリアは少しあてが外れたようにきょろきょろと辺りを見渡した。

 

「さて、羊ちゃん。俺の名前はアルフレッド・ゼーガンと言う」

「やはり……ゼーガン伯爵様でしたか……」


 どこか見覚えがあると思ったのは、ユミーリアの思い違いではなかったようだ。アルフレッド・ゼーガン伯爵──同じ伯爵位と言っても、ゼーガン伯爵家は歴史が古く、歴史上の重役にずらりとその名を連ねており、ランス伯爵家とは天と地ほどの格差がある。


「きみもどこかの令嬢とお見受けするが」


 すまないね、あまり社交界には顔を出さないものだから、とアルフレッドは言った。本人の言うとおり、アルフレッド・ゼーガンという人物には謎が多く、ユミーリアも遠くからちらりと顔を見たことがある程度で、何をしている人物なのかは不明だった。


「私はユミーリア・ランスと申します。ランス伯爵家の娘です」

 

 ユミーリアがフードを外すと、艶のある豊かな栗色の髪がランプの光に反射してきらめいた。


「伯爵令嬢ならば、ますますこんな所にいてはいけない。婚約を破棄されて、家を追い出されたとかでもない限り、ね」

「……破棄はされていません」


 興味がないと手出しをされないなら、どんなにいいだろう。とユミーリアは思う。


「なら、なぜなんだい。僕ではなく、神に愚痴るつもりで話してみたまえ」


 アルフレッドは立ち上がり、ユミーリアの前に温かい茶を注いだカップを置いた。



「私は明日……初恋の人と結婚します」


 たちのぼる湯気を見つめながら、ぽつりと呟いたユミーリアの声は震えていた。


「結婚が楽しみすぎて、一足早く会場に到着してしまいました。という訳ではなさそうだ」


 ユミーリアはそのままぽつぽつ、自分の話を始めた。


 ユミーリアはランス伯爵の一人娘で、唯一の相続人だ。母を病気で亡くしたあと、伯爵は若い後妻のクリスティナを迎えた。

 

 クリスティナはユミーリアと一回りしか違わない、ユミーリアとはまったく違うタイプの派手な女性だった。しかしクリスティナはユミーリアによく気を遣い、特にいさかいも起きず、ユミーリアに悪いからと子供も作らなかった。

 

 だから、油断しきっていた。


「でも、私、知ってしまったんです。お母さまとダミアンが、私を殺して財産を奪い取ろうとしていることを……」


 伯爵が存命時から屋敷には様々な人物が出入りしていた。そのうちの一人、父とポーカーで知り合ったという舶来品の生地や宝飾品を取り扱う貿易商のダミアンは美男子で、男爵家の三男だと言った。

 

 ユミーリアより八歳年上のダミアンは常に洒落た舶来品を身に着けていて、少し気障で、優しかった。幼いユミーリアはすぐに彼に夢中になり、恋心を抱くようになった。

 

「ユミーリア。ぼくは三男で、行き場がないんだ。よかったら僕をもらってくれない?」

 

 ユミーリアが十六になってダミアンが結婚の申し入れをしてきたとき、ユミーリアは天にも上りそうな気持ちになった。

 

 付き合いが長く、信頼できる人だと思っていた。継母で、年の離れた友人のように思っていたクリスティナも大丈夫だと太鼓判を押してくれた。

 

 だから、不都合な真実に、今夜までは気が付くことがなかった。

 

 けれど結婚式を明日に控えた夜、寝付けずに水を飲もうと寝所を抜け出したユミーリアは目撃してしまったのだ。


 ユミーリアのために誂えたウェディングドレスの前で、クリスティナとダミアンが睦み合っているのを。

 

  「いけないことだと思いながらも、ドアの隙間からその様子を見ていました。暖炉の光が、そんなわけもないのにまるで焼けるように熱くて……」



「なあ、ちゃんと準備してくれてるんだろうな、お母さま」

「もちろんよ」


 クリスティナとダミアンはくすくすと楽しそうに、いかにユミーリアが無邪気で愚かで気の毒なのかを語り合っていた。


 この国では財産の相続権があるのは十七歳になった実子か配偶者で、実子が居る場合には後妻には相続権がない。


 だから、二人は計画を立てていたのだ。


 ユミーリアがその年齢になったらすぐにでもクリスティナの愛人のダミアンがユミーリアの婿に入り、結婚式の夜に、ユミーリアは屋敷を襲った暴漢によって殺害され、ランス伯爵の相続人はダミアン一人となる。


 ──ランス伯爵家は、乗っ取られる。誰も私のことを愛してはいない。


 その事実に気がついた時、ユミーリアは足元ががらがらと崩れて、自分が奈落の底に落ちてしまうのではないかと思った。


 二人はそんなユミーリアに気がつく様子もなく、語り続けた。


「ねえ。殺す前にあの子で楽しもうだなんて思ってないでしょうねぇ」

「もちろん。あんな乳臭い娘に手を出すものか。うんざりしているんだよ、鳥みたいに喋りまくってさ……」


 二人のこのような言い草を、ユミーリアは初めて聞いた。悪夢だと信じたかったが、全身から嫌な汗が噴き出していて、壁に食い込みそうな指は痛いほどで。


 これが自分に突きつけられた現実なのだと、ユミーリアは認識するしかなかった。


「あーあ。私だってあんな中年男じゃなくて、こういうドレスを着て、豪勢な結婚式を挙げたかったのに」

「ユミーリアのドレスは、明日には真っ赤に染まる。幸福な花嫁の白は、クリスティナ。君のものさ」

「やぁだぁ。それじゃ、白い結婚じゃなくて、真っ赤な結婚ってわけ」



「二人は、とても楽しそうに、笑っていました……」


  ユミーリアはそれ以上言葉を紡ぐ事ができず、うつむいた。

 

「ふうん。それで結婚式は明日、君の寿命はそこまでと言うわけだ。それで、今夜の内に死んでしまえば誰にも相続させずにすむと?」

「わからないです……。何も考えられなくて」

 

「ひとまず情報を整理しよう。君は死にたいか?」

「いいえ」

「婚約者のことを愛しているか?」

「いいえ。もう、彼の事を愛していません」


 ユミーリアはキッパリと口にした。クリスティナとの不貞を目にして、ユミーリアの中からダミアンに対する恋慕の情は完全に消え失せていた。


「継母を助けたいか?」

「いいえ」

「二人に、やり返したいか?」

「それは、もちろん」


 単純な問答にはユミーリアはすらすらと答えることができた。いつの間にか、この教会に足を踏み入れて自分の思いを語るうちに、ユミーリアの心には悲しみではなく、怒りの感情が湧き上がっていた。


「先ほどはどうなってもいいと言いましたが……こうして話してみると、このまま死を待つことはできません。けれど、私は無力です。証拠を探すための時間ももうありません。せめて結婚式を中止させるために、ここに匿っていただけないでしょうか」

「いや。どうせなら、もっと派手にいこう。俺も手伝うから」


 自信満々のアルフレッドを見て、ユミーリアは少し躊躇った。政敵ではないが、かと言って一肌脱いで貰うほどの親交があるわけでもない。


「けれど」

「これも仕事だ。ユミーリア、君にゼーガンの仕事をお見せしよう」


 アルフレッドはユミーリアの殺害計画、それに伴う財産着服計画があるのなら──調べれば、必ず証拠があるはずだという。正式な婚姻が結ばれるまではユミーリアは安全だ。ならば結婚式を執り行い、その間にゼーガンの手のものが屋敷に立ち入って証拠を探す。


 最悪、結婚式をブチ壊すだけならどうとでもなる。というのがアルフレッドの意見だった。


「開かずの扉は困難に見舞われた人を救うために開く。それが当家の仕事だ」

「私を……助けてくださるのですか?」

「もちろん手助けはするが、実行するのは君だ。令嬢としての君には今後、ケチがつく。それでもやるか?」

「はい」


 ユミーリアはしっかりと頷き、アルフレッドの計画に耳を傾けた。

 

 

「ユミーリア、どうしたのよ、そのドレス!」

 

 一夜明け、結婚式の控室。ユミーリアはこの日のためにあつらえた純白のドレスではなく、見覚えのない真っ黒なドレスを身にまとっていた。

 

 この作戦のためにアルフレッドによって急遽用意された、ユミーリアを守るためのドレスだ。


「気が変わりました」

「気が変わったって……あんなにこだわって作ったドレスなのに、わがままはよしなさい。結婚式に黒だなんて」


 顔をしかめたクリスティナを、ユミーリアは心の中で笑った。

 

「本当はね、お母さまが、あのドレスを着たいんじゃないかと思って」

「そ……そんな訳、ないじゃない? どうして私が……」


 今までに見たことのないようなユミーリアの強い眼光に、クリスティナの声は震えた。


「いいえ、どうぞお召しになってください。私にはもう、あのドレスは必要ありませんから」

 

 ユミーリアは立ち尽くすクリスティナを置き去りにして、式場へと向かった。その足取りはしっかりとしており、迷いや不安は感じられなかった。

 

 式場に現れたユミーリアを見て、ダミアンもまた、不安そうな表情を浮かべた。


「ユミーリア、どうしたんだい? そのドレスは一体……なにかあったのかい?」

「いいえ」

「実は気に入っていなかった?」

「気に入っていたわ、とっても」


 ドレスはとても気に入っていた。けれど、もう不要だ。


  ──私は、あなた色には、染まらないから。


 ユミーリアは決意を秘めながらも、しずしずと真っ赤な絨毯の上を歩いていく。彼女のまるで喪服のような黒のドレスを見て招待客たちは眉をひそめたが、ユミーリアはただ、真っ直ぐに前を見つめながら進む。視線の先には祭壇と神父──澄ました顔のアルフレッドが立っていた。


 本職の神父ではないだろうに、若いアルフレッドの立ち振る舞いは堂々としたもので、年の若い青年が結婚式を執り行っていることに、来賓達は違和感がないようだった。


「ユミーリア。そなたはダミアンを夫とし……」


 おごそかに、アルフレッドの口から結婚の誓いを求める言葉が流れ出て、ユミーリアは真っ黒なヴェールの中で口を開く。

 

「──誓いません」

 

 ユミーリアのきっぱりとした言葉に、会場はますますどよめく。

 

「ど、どうしたんだい、ユミーリア。僕になにか気に入らないことでもあった?」


 さすがにこれは様子がおかしいと、ダミアンの額には脂汗が滲んでいた。

 

「ユミーリア。こちらへ」


 アルフレッドはユミーリアに自分の後ろに立つように促したが、ユミーリアは指示通り祭壇にのぼりながらもアルフレッドの前に立ち、ヴェールを脱ぎ捨ててダミアンをにらみつけた。


「ダミアン。あなたは私に結婚を申し込んでおきながら、父の後妻のクリスティナと密通していましたね」


 ダミアンは動揺した表情を隠せず、視線を左右に彷徨わせた。


「ど、どうしたんだい、急に。僕がそんなことをするはずが……」

「証拠はあるわ」


 不義密通の証拠はまだ、なかった。けれど堂々としろ、と言うのがアルフレッドが出したただ一つの指示だった。


「私、ユミーリア・ランスは、告発します。ダミアン・クロフォードは私の義理の母、クリスティナ・ランスと密通し、私の殺害計画を立て、ランス伯爵家の乗っ取りを企てております」


 その言葉に会場中が驚き、ざわめきがより一層大きくなる。


「一体何を考えているんだ、ユミーリア。僕たちの間にそんなことがあるはずないじゃないか……」


 ダミアンは必死に言い逃れようとするが、その声は震えていた。クリスティナも蒼白な顔で口を開けたまま、立ち尽くす。


 自分がずっと信じて、世界の全てだと思っていたのは、こんなにもちっぽけな人たちだったのか、とユミーリアは手袋をはめた手をぎゅっと握りしめた。


 沈黙、あるいは内緒話の中で、アルフレッドがゆっくりと口を開く。


  「私、アルフレッド・ゼーガンはランス伯爵令嬢からの通報により、容疑者二人の調査を開始した。式の前には、すでに逮捕状が発行されている。……つまり本日は、結婚式ではなく、審判の場である」


 アルフレッドが身分を明かした事で、招待客達は一斉に疑念を確信に変えた。ゼーガンの名というものは、それだけの説得力があったからだ。


「な……!」


 アルフレッドの発言を受け、ダミアンが逃走を試みようとユミーリアに背を向けて走り出した所で式場の扉が開き、衛兵たちがなだれ込んできた。


「ダミアン・クロフォード、そしてクリスティナ・ランス、お前たちを謀反と殺人容疑の罪で逮捕する。……逃げられると思うな。神はすべてを見ている」


 ダミアンは最後の抵抗を試みようとするも取り押さえられ、力なく膝をついた。一方、親族席のクリスティナはユミーリアに駆け寄り、すがりついた。


「ユミーリア、ごめんなさい。私、ダミアンがあんな男だと気が付かなくて……いえ、私、あの男に脅されて……私、無理矢理、体を……!」

「わかっているわ」


  ユミーリアは深呼吸をして、クリスティナを、そしてダミアンを見た。かつて愛したはずの人と、信じていた家族が裏切り者であった事実に胸が締め付けられるのは事実だった。けれど別れの時が来たのだと、ユミーリアははっきりと認識していた。


「さようなら、二人とも。牢獄へ、面会には行かないわ」


 裏切り者ははっきりと切り捨てる。拒絶の言葉に、式場はしんと静まり返り、クリスティナはぺたりと床に座り込んだところを衛兵に取り押さえられた。


「さて。これにて式は終了です。ご来賓の皆様がたには、大変ご迷惑をおかけいたしました」


 ユミーリアはきっちりと礼をして、背を向け、裏口へ入ってから──うずくまって、泣いた。



 さんざん泣きはらした後、ほんの少しだけ気まずそうに、アルフレッドがやってきた。


「よく、頑張ったな」


 差し出されたハンカチを、ユミーリアはありがたく受け取った。


「アルフレッド様。お仕事は……」

「現場は他に任せてある。俺はここの総監督だから」


 アルフレッドはユミーリアの隣に腰掛けて、小さくため息をついた。

 

「さて、ユミーリア。今回のことは、その……非常に、お気の毒としか申し上げられないが」

「ぎりぎり間に合って、よかったのです。アルフレッド様、昨夜私に声をかけてくださって、本当にありがとうございました」


 散々泣いたあとのユミーリアの表情はさっぱりとしたものだった。


「その心意気だ。良い子にはクッキーをあげよう」


 アルフレッドが差し出してきたのは日曜日に教会前で配られているなんの変哲もないクッキーだ。ローブの中に色々なものが入っているのだと、ユミーリアは感心する。


「ありがとうございます。お腹がぺこぺこです」


 昨晩から何も喉を通らなかったユミーリアだが、クッキーをかじって、やっと体が正常に動き始めてきたのを感じた。


「少し話でも?」

「はい。お願いします」

「ゼーガン伯爵家は国民の声を広く聞くために、王家から教会の管理を任されている。夜、ああやって開かずの扉の中に詰めていると、必ず困った誰かがやってくるのさ」

「それで、アルフレッド様は毎日あの場所に潜んでいるのですか?」

「たまたまさ。本当に、偶然。俺だって伯爵令嬢が釣れるとは思ってなかったから」

「私、もう簡単に釣られたりしません」

「そうなのか……困ったな」


 どうして困るのだろう、とユミーリアはアルフレッドを見つめた。この件が終わってしまえば、もうアルフレッドと会うこともないだろうと思うと、名残惜しいような、もっと悲しいような──不思議な気持ちだった。


「ユミーリア。傷心の君に、こんなことを言うのは気が引けるけど」

「別に何を言われても、この半日より酷いことはないと思います」

「そんな君には特別に、ちょっとだけ……うまい話があるぞ」

「クッキーよりもですか?」

「それはどうだろうか……ええと、君さえよければ、今回限りの関係ではなくて、一緒に仕事でもしないか、と俺は言いたいわけだ」

「仕事……」

 

 ユミーリアが無駄遣いしなければ普通に暮らせるだけの財産は残っている。けれど、屋敷に一人でいるのはあまりにも孤独がすぎる。

 

「それはこのような、悪人をやっつける仕事……ですか」

「もちろん」

「……でも……アルフレッド様。もしかして毎回、そんな感じで傷心の女性に声をかけているのではないですか」

「おやおや。純真だったユミーリアは辛酸を舐めて、ひねくれてしまったか」」

「ふふ」


 アルフレッドの軽口に、ユミーリアは少しだけ笑った。腫れ物扱いよりはその方がずっと気が楽だった。


「お仕事、是非私にも手伝わせてください。亡き父もきっと喜びますし、アルフレッド様に恩返しが出来たらと……」

「まあ、実際、君にはもっとぴったりな仕事があるのだが。この場でそれを言うのは少し性急がすぎるというか」

「あら、なんですか? 私にできることなら……」

「いや。これ以上軟派な男だと思われても困るから」

「はあ……」


 アルフレッドは不思議そうに目をぱちぱちとさせるユミーリアに向かって微笑んだ。


「ちなみに開かずの扉のことはゼーガン伯爵家の秘密で、他言無用だ。それを誓えるかい?」

「誓います」

 

 ユミーリアは教会で、誓いの言葉を口にした。

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