第9話 八咫烏のリーダー
「どうだった、鳥町くん、やっぱり、君の思った通り今回も————」
「……セーテンの名前が出たっス」
「うん、やっぱり、そうか……」
《異能》犯罪対策室に戻ってきた鳥町と兜森を、千は神妙な面持ちで出迎える。
鳥町も今日初めて会った時から比べると、テンションがものすごく低い。
駄菓子コーナーからチロルチョコを鷲掴みにすると、自分の席に戻り、デスクの上に双六でサイコロを投げるかのように転がす。
「あの……室長、その『セーテン』っていうのは?」
兜森は戻ってくる前に鳥町に一度訪ねたが、鳥町は何か考えているようで答えてくれなかった為、千に尋ねることにした。
唐田から『セーテン』という名前を聞いてから、鳥町は急に無口になったし、何かあるのは間違いない。
「ああ、そうだったね。セーテンについての説明がまだだった。まぁ、とりあえず疲れただろうから、お菓子でも食べながら聞いてくれたまえ。あ、これ食べる?」
「は、はい、いただきます」
千はチュッパチャップスのラムネ味を兜森に渡した。
(これ、さっきも食べてなかったか……?)
実は千がずっとパッケージを開けるのに悪戦苦闘していたあのチュッパチャップスだ。
ずっとクルクル回っているだけで、どこにも引っかかりがなく……こうなるとハサミを使うべきなのだが、兜森も爪だけでなんとかしようと試みる。
千はキャスター付きのホワイトボードをガラガラと運んできて、今度はどこかの塾講師のような喋り方で『セーテン』について説明を始める。
「御船百合子が教祖となっている真日本人教の派生団体は、確認できているだけで四つある。日本人だけで構成された『純血協会』、御船百合子に異能を付与された外国人だけで構成されている『新生世界異能協会』、真日本人教の初期メンバーの一人が独立して作った異能に目覚めていながらその力を隠して生活している者の保護を目的とした『ヒノモト』……そして、真日本人教信者の子供、孫世代が中心となっているとされている『八咫烏』。この八咫烏のリーダーとされているのが、セーテンという男だ」
真日本人教が世間に広まり始めて二十五年。
両親が共に異能者である場合、生まれた時点ですでに異能に目覚めている者や小さい頃から御船百合子によって異能を目覚めさせられた子供というのが存在する。
その一部の若者たちが作ったのがこの八咫烏だと言われている。
リーダーと言われているセーテンは、異能者による犯罪が多発している現在、唐田のような若い異能者に接触。
八咫烏は様々な事件に関与していた。
「セーテンという男は、顔も身元も不明で、若い男であるということだけはわかっているんだ。以前、八咫烏がテロを起こしたこともあったが、その目的も不明だった。でも、鳥町くんには、そのセーテンに心当たりがある」
「え?」
「鳥町くんが子供の頃、近所に自分を御船百合子の孫だと言っていた少年がいたそうだ。本名かはわからないが、御船聖典という名前だったのだとか……そうだね、鳥町くん」
千は鳥町に語りかけた。
兜森がホワイトボードから鳥町の方に視線を移すと、鳥町はチロルチョコを上に重ね、無駄にタワーを建設しながら答える。
「そーっス。あーしが知ってる、あの御船聖典が八咫烏のセーテンと同じなら、とても厄介なんスよ」
「厄介?」
「聖典の異能は、覚り————他人の心を読む能力を持っているんス。あーしら人間は、どうしたって頭ん中で色々考えてしまう。作戦はダダ漏れで、捕まえるのは困難。仮に捕まえたとしても、よほど精神的に強い人間じゃないと相手になるのは無理っスよ」
鳥町はチロルタワーに最後の一個を乗せると、すぐに崩した。
「あーしら《異能》犯罪対策室の目標は、とりまアイツをとっ捕まえることっス。八咫烏が関わっている犯罪者とできるだけ多く接触して、とにかく情報を集めるしかないんス。なんで、兜森さんもそのつもりで捜査に臨んでください」
「……そのつもり?」
「八咫烏が関与しているような、若い異能犯罪者は、罪の意識がないんスよ。異能者はこれまで、科学的に証明されないことを理由に数々の罪から逃れてきました。知ってるんス。異能者による犯罪は、等しく法のもとに裁かれないってことを————」
だから、平気な顔で犯罪を繰り返す。
異能を利用して起こした犯罪は、本人の自供なしには罪を問うことができないのだ。
「あいつらに普通の尋問は通用しないっス。さっきの透明人間みたいに助けようなんてしたら、いつか逆にやられるっスよ?」
鳥町は次々とチロルチョコの包みを開けて、口いっぱいに頬張りながらそう言った。
【Case1 全国爆破予告事件 了】