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トリカブト〜警視庁刑事部《異能》犯罪対策室〜  作者: 星来香文子
Case6 幽霊屋敷死体遺棄事件

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第52話 親心と好奇心

「は……?」


 いつもなら野球中継をやっている間は、CMが入らない限り絶対に視線を画面から逸らさない敬だったが、流石にその質問には動揺した。

 圭が自分の母親について聞いてきたのは、小学生になって初めてのこと。

 龍平と虎太郎ともめた時だって、圭は自分の母親についてなにも聞いてはこなかった。

 小学生になる前に、一度、生まれてすぐに病気で死んだと伝えて、それっきり聞いてきたことはない。


「どうしたんだ? 急に……」

「いや、その……どんな顔してるのか、気になって————」

「……だから、どうして、気になった?」

「その……これ……」


 圭に渡された一枚の似顔絵。

 敬はそれを見てぎょっとする。

 あまりに似ていた。

 圭の母親に。

 死んでいることになっている、あの女に……


「慧留がさ、俺にこの人の生き霊がついているっていうんだ」

「いき……りょう?」

「慧留がさ、見えるんだって。生き霊とか、幽霊とか……そういうの」

「慧留くんが?」


 圭は敬に慧留が書いた似顔絵があの家で見つかった死体の女の写真とそっくりだったこと、その女の霊が恒子に取り憑いていたこと、商業施設でもう死んでいると言っていた女の子が本当に死んでいたとニュースで知ったこと、全部話した。


「……だから、慧留の言っていることが本当か確かめたいんだ。母ちゃんの写真と、この絵が同じだったら……————本当に生き霊ってことだろ? 生き霊ってことは、生きてるってことじゃん? 俺の母ちゃん、生きてるの? 死んだんじゃないの?」


 ずっと、母親は死んだものだと聞かされてきた。

 死んだのなら仕方がないと、子供ながらに割り切って過ごしてきた。

 けれど、それが、生きているというなら、話は別だ。

 どうして、生きているのに、この家にいないのか。

 どうして、生きているのに自分に会いにきてくれないのか。

 自分は、母親に捨てられたのか。

 いらない子供だったのか。


 悪い想像ばかりが膨らんで、急に怖くなって、泣きそうになった。

 真実を知りたい。

 本当に、母親が生きているなら、どうして、いなくなったのか。

 その理由を正しく知りたいと圭は思った。

 それに、どうして嘘をついたのか、納得がいく理由が欲しい。

 家族に嘘をつかれていたのが、とても悲しかった。


「————ごめんな、圭。もう少し、圭が大人になってから話そうと思っていたんだが……」


 敬はテレビを消して、圭と真剣に向き合う。

 ソファーの上で正座をして、何もかも全て話した。


「俺が引き離した。お前はまだ、小さくて、お前の母ちゃんはそんなお前のことより、世界がどうとか、人類が滅亡するだとか、そんなことばかり言っていたんだ。神様や宗教的なものを信じるなとは言わない。この家だって仏壇がある仏教徒だし、神棚もあるし、神社の夏祭りだって毎年行ってるから神道でもあるし……でも、お前の母ちゃんは、異常だった」

「異常……?」

「そうだ。どんな神を信じたって、別にいい。信仰は自由だ。でもな、俺は自分の子供より、実在するかどうかもわからない、本当に起こるかもわからない予言とか、都市伝説とか、オカルトとか……そういうものを優先するような女に、俺の大事な息子を育てさせるなんて無理だと思った。だから、離婚した」

「…………それって、俺は捨てられたの?」

「残念ながら、そうとも言える。少なくとも、俺の目にはそう見えた。だから、死んだことにしたんだ。そうするしかなかった。もっと大人になって、自分で何が正しいか判断できるようになってから、本当のことを言おうと思っていたんだ。じいちゃんもばあちゃんも、俺がそうするように頼んだから、何も言わなかっただけだ」

「…………」

「……圭?」


 少し沈黙した後、圭は納得したのか静かに頷くと、慧留が書いた似顔絵を真っ二つに破いた。


「わかった。それじゃぁ、俺についてる黒い女の人は、悪いものなんだな」

「わ、悪い?」

「悪いじゃん! 息子の俺より、なんとかって神様を選んだってことだろ!? 母親なのに……母ちゃんなのに、最悪じゃん!!」


 まるで怒りをぶつけるように、原型がなくなるまで紙を破ると、ぽいっとゴミ箱に投げ捨て、そして言い放つ。


「明日、慧留の家に行って、お祓いしてもらう!!」

「お、お祓い!?」

「とにかくもう、なんかめんどくさい!! そして、気持ち悪い!! もういい、俺、寝る!!」


 予想外の圭の発言に、敬は驚いて何も言えなかった。

 圭はドスドスと大きな足音を立てながら自分の部屋に戻って行く。

 キッチンで息子と孫の様子を見守っていた恒子は、圭が部屋に戻ってすぐに敬に「大丈夫なの? 今の話」と尋ねる。


「た……多分」


 ところが、返ってきたのは、頼りない返事。

 恒子は心配で、眉間に深いしわを寄せた。



 そして、その日の翌日。

 圭は朝から慧留の家を訪ねて、母親の話をした。


「うーん、なるほど。お祓いするのは別に構わないんだけどさ……もう二度と会えなくなるかもしれないよ?」

「会えない? え? なんで? つーか、会う気もないんだけど!!」

「生き霊だからさ、糸をたどれば、その先に本人がいるわけ。本当に、会わなくて後悔しない? 一度でいいから、見てみたいとかは? 今どうしてるか知りたいとか、そういう気持ちはない?」


 圭はあんな母親に会いたいだなんて微塵も思っていなかったが、そう言われると、なんだかもったいないような、一度くらいは顔を見ておいた方がいいような気がしてくる。


「お祓いはいつでもできるし、ちょうど今は夏休みだし……たどってみない?」

「たどる……? その、生き霊から出てる糸を?」

「うん、ちょっとした冒険にはちょうどいいじゃん。暇つぶしにもちょうどいいよ?」

「冒険……!?」

「どうする……?」


 それは少し、魅力的な言葉だった。

 まだ夏休みは始まったばかりで、時間ならたっぷりある。


「……行く、か」


 好奇心には勝てなかった。




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